第18話 雪景色と嘲笑

 成り行きを理解できないダンは、ザッカリーの上から腰を離し、フェンリルの一匹がいた辺りの雪をどかしてみた。が、積雪量はたかが知れている。狼が雪の下から出てくることはなかった。


「なんだ? ……なんだ?」


 そのまま立ちすくみ、視線を泳がせるダン。しかし、やがて状況を把握し出すと、再びその顔に怒りが灯った。


「……お前がやったのか、アモス」


 その通りであれば、息子は命を救った恩人に他ならないハズである……のだが、父親の仕草に『感謝』を示すものはひとつもなかった。


 アモスは委縮しながらも、小さく首を縦に振る。


「何故だ……何故、お前が魔道を使える?」


 魔道を使える、魔道士になるということは、邪な術に身を売ったことを意味した。それに対する許せない気持ちが、命を救ってもらった恩義よりも優先されたのだろう。


「すまない。俺が教えた」


 こうなれば、もはや言い逃れは出来ない。ザッカリーは素直に打ち明けた。


 さらに何発か殴られる覚悟であったが、ダンの反応は意外と冷静であった。彼はザッカリーの告白に対し、何も言わぬまま射抜くように魔道士を一瞥する。そして息子の手を静かに取ってこちらに背を向けると、無言のまま村に向かってゆっくりと歩き出した。


「あ……」


 親に手を引かれながら、アモスはこちらを振り返る。が、ザッカリーはあえて見つめてくるアモスから視線を外した。


 もはや手遅れであった。師弟は共に国から罰せられる対象となる。


 アモスは村から追放される。これは決定事項だ。ただ、彼自身はまだ子供であるから、おそらくは親兄弟も一緒に追い出されるはずだ。


 そしてその肩には、魔道が使えなくなる『破門の焼印』が押され、神からも悪魔からも見放された存在となるだろう。そうなれば例え死んでも、天国はおろか地獄にも行けぬ身となる。永遠をこの世かハザマで彷徨い続けるしかなくなるのだ。


 これは魔道を教える際、最初に説明した部分であった。アモスをそれを承知したうえで魔道を学んだ。そうである以上、これは彼自身の責任として負ってもらわざるを得ない。家族に至ってはとばっちりとも言えるが、そもそも家庭内暴力を放置していた彼らが悪いという言い方も出来る。ザッカリーとしては、彼らに同情する気にはなれなかった。


 と、


「……?」


 ザッカリーが魔道に関する処分に思いを巡らせていると、不意にダンが足を止め、こちらを振り返った。


 口元が歪む。どう見ても嘲笑であった。


 真意をつかみ兼ね、何か声をかけようとすると、ダンは正面に向き直って歩き出した。やがてアモスもこちらを見るのをやめ、親子は静かに南の森へ消えていった。


(なんだ、今のは?)


 自身が最初に堕ちた時のような、言いようのない喪失感がザッカリーを支配する。何を言えば良いのか分からなくなり、空を見上げると、雪が再びゆっくりと落ちてきていた。


 白いヒラヒラしたものが目の前を舞う。しかし、それに心を奪われる余裕はなかった。


 昼前だが気温はなお上がらず、かじかむような寒さであった。ザッカリーはそんな中、いつまでも思案顔でそこにただずむ。誰を呪ったら良いのか、まるで分からなかった。

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