《第二章》機械少女と大学生活の交わり
第7話
大学生活が始まってから一か月ほど経った。
入学当初からあらゆるイベントが怒涛の勢いで押し寄せてきたが、このところようやく落ち着いてきた。
今日は日曜日で、特に予定もない。
さて、何をしようかと思いながら朝食を食べていると、何気なく見ていたテレビに、花畑が映った。
中継のリポーターが「見てください、この満開の花を! 綺麗ですね~」とか話している。
つい窓の外に目をやると、薄雲浮かぶ、淡い青空が広がっていた。
暑くもなく寒くもない、外出に適した麗らかな日和だ。
なるほど。
「サイカ」
「はい、なんでしょうか」
傍に控えていたサイカが返事をする。
「今日、たまには外に出ない?」
「私と、ですか?」
「うん。天気良いし、花でも見ながら散歩しようぜ」
「あら。意外と風流ですね」サイカは意外そうに口許へ手を添え、目を丸くした。
「『意外と』ってなんだよ」
笑い飛ばした俺に、サイカが「かまいませんよ」と微笑みを返す。
「どこか近くに、良い場所あるかな?」
「そうですね――」
サイカは一瞬沈黙する。
「最寄りのバス停から一〇分ほど行った先に、この辺りでは有名な公園があるようですよ。ちょうどよく、いくつかの花が見頃を迎えているそうです。入場料も無料ですし、気楽に散歩するにはうってつけかと」
「おお……。さすがの検索能力……」
「恐縮です」
サイカは自慢げにするでもなく、澄まし顔のままだ。
「じゃあ、そこにしようか。準備したら行こうぜ」
「承知しました。お弁当の用意はよろしいでしょうか?」
「あー……。いいよ、腹減ったらその辺で何か買えばいいし」
「凡夫さま?」
サイカがじとっとした目を向けた。
「お金がもったいないですよ。余裕がないわけではないですが、避けられる余計な出費は避けるべきです」
「でも、面倒くさくない? しかもサイカは食べないみたいだし。いや、いつも頼り切りな俺が言うのもなんだけどさ」
「私のお役目ですから」
サイカは真摯な眼差しで答えた。
「……じゃあ、お願いしようかな。凝らなくていいから、出来るだけ簡単なもので」
「かしこまりました」
サイカは恭しく頭を下げる。
サイカにばかり負担をかけて悪い気もするけれど、本人が用意すると言っているんだし、まあいいか。
俺は朝食を終えると、外出する準備を始めた。
「別に温度は感じないので不要でしたのに」
「いや! 頼むから着て! 俺が困るから!」
現在俺たちは家を出て最寄りのバス停にいる。
サイカが不要と言っているのは、メイド服の上から着ているプルオーバーパーカーのことだ。
俺とサイカは身長差があるので、かなりオーバーサイズになっている。
ひざ上くらいまであるので、メイド服は完全に隠れ、絶対領域すら露出していない。
カチューシャも外してもらった。
当初、サイカはメイド服のまま行くと主張した。
しかし近所をちょっと歩くならともかく(正直それもどうかと思うけど)、行楽地のように人が多いところをその恰好で歩くなんて、注目を集めて仕方ない。
(見た目)女子高生にドンキ産メイド服を着せて連れ歩く男子大学生、ヤバいと思います。
サイカはなぜか着替えることを嫌がっていたが、何度も何度も頼み込んだ結果、渋々従ってくれた。ふぅ。
――しかし、さすがに美少女なだけあって、何を着ても似合う。
萌え袖になっているあたり、彼氏に借りた服を着ている感じになっているのもグッド。
あれ? よく考えてみたら、今から俺はそんな子を連れ回すことになるのか。
先ほどとは違った意味で注目を集めそうだ。
ギリギリ
バスに一〇分ほど揺られると、予定通り目的の公園に到着した。
それなりに人はいるが、開園した直後だけあって、まだ混雑しているというほどではない。
これならゆっくりと見られそうだ。
公園の中はまるで別世界だった。
まず一面に広がる色とりどりの花が真っ先に視界に飛び込んでくる。
赤、黄、青、ピンク、白、紫など、花の名前はわからないが、形の違ったものが種類様々に咲いていた。
その間を砂利の敷かれた道が貫いていて、園内を歩いて回りながら観察できるようになっていた。
この公園は比較的標高が高いところにあり、ビルや街並みなど、邪魔になるようなものが目に入ることもない。
事前に携帯端末で確認した画像の何倍も鮮烈だった。
無意識に感嘆の声を上げた。
「おぉ……めっちゃ綺麗」
「本当ですね」
言葉は淡泊だが、サイカも圧倒されたように目を見開いている。
「あまりこういうの見たことない?」
「……初めてです」
「そっか」
なら、提案してみてよかったな。
微笑ましいような気分になりながら「行こうぜ」と歩き出す。
すると、サイカは半歩後ろをまるで付き従うように粛々と着いてきた。
「いやいやいや」
一旦立ち止まると、サイカも合わせて歩みを止める。
振り返ると「なんですか」とでも言いたげに見上げてきたので、黙って手をとった。
サイカは不思議そうな顔でたった今繋がった手を見ていた。
「よし、行こうぜ」
笑いかけ、そのまま歩き出す。
今度はさすがに、自然と横に並びになった。
サイカに視線をやるとなにか言いたげにこちらを見たが、気づかないフリをして道脇の花に目をやる。
「これ、何の花かな」
花の前で屈み、じっと見る。
オレンジや黄色が鮮やかで、小さいながらボリュームのある花だ。
どこか見覚えがある気もする。
「マリーゴールドですね」
「あー、そういえば小学校の頃、学校の花壇で育てたような」
その後も園内をあちこちサイカと回った。
サイカは意外と興味深げにあちこちを見回していて、俺の方まで楽しい気分になった。
サイカは博識なのか、その場で検索していたのか知らないが、俺が訊ねるたびにあれこれと花の名前を教えてくれた。
俺が分かったのはチューリップくらいで、サイカには「もう少し、日頃から関心を持った方がいいですよ」と言われてしまった。
仰る通りです。
中でもサイカは特にネモフィラが気に入ったようで、珍しく足を止めてじっと目に焼き付けるように見ていた。
最初俺が「これは知ってる! オオイヌノフグリだろ」と自信満々に言ったのだが、「ネモフィラです」と即訂正されてしまった。
感動を阻害してしまっていたら申し訳ない。
けれど、行こうとしても「もう少しだけ、見ていてもいいですか」と言われたので、多分大丈夫だと思う。
サイカがこんなことを言うなんて、珍しいこともあるもんだ。
結局、サイカの気の済むまで数分ほど、空と地面が一体化したような一面のブルーを眺め続けた。
サイカの視線に郷愁のようなものが含まれているようにも見えたが、さっきこういうところに来るのは初めてだと言っていたから、気のせいだろうか。
まぁ、以前にどこか街中ででも、見かけたことがあったのかもな。
お昼時には、芝の上にレジャーシートを敷いて、サイカの作ってくれたサンドウィッチを食べた。
挟まっていた玉子が厚焼き気味で、甘い味付けがされており、非常に美味しかった。
少しずつ好みが伝わってきているような気がする。
せっかく外で食べる貴重な機会なので、サイカにも食べるように薦めてみたが、サイカは「量に限りがありますし、凡夫さまのために作ったものですので」と固辞されてしまった。むぅ。
こんなことなら先にサイカの分も用意するように言っておけばよかった。
次回からの反省にしよう。
本当は、俺が作れればいいんだけどな。
習おうとしたら教えてくれるんだろうか。
そこまで広い公園ではないので、ゆっくり歩いても全体を見るのにそれほど時間はかからず、夕方になる前には家に帰ることになった。
帰りにも、もう一度ネモフィラを見るか聞いてみたが、それは「先ほど十分見ましたので」と断られた。
まぁ、サイカがそういうのなら別にいいか。
また、別の機会に来ればいいんだし。
今度はきっと、違う花も咲いているだろう。
今日は突発的なお出かけだったけど、なかなかゆったりと楽しく過ごせた。
サイカに訊いてみても「楽しかったです」と言ってくれた。
いつも家にいるのも気詰まりだろうし、たまにはサイカとこういう時間を作るのも悪くないな、と俺は思った。
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