第16話 バレーボール大会

 杏の北海道2年目の7月のできごとです。つまり第11話「位置情報アプリ」より前になります。



 北海道の夏は短い。だから道民はその短い夏を目一杯楽しむらしい。我が札幌国立大学の物理でも、その貴重な夏には各種行事が行われる。大学構内で行われるバーベキュー大会、観光バスをチャーターしての支笏湖ハイキングなどである。

 

 冬は雪に閉じ込められるからスキーくらいしか楽しみがない。そう言えば研究室でスキーに行ったとき、あまりに気持ちよくスキー場までドライブした私は他の参加メンバーの車をすべて置いてけぼりにしてしまった。スキーに行く前のある日父が突然来道し、勝手に車を例の怪物自動車にもちこんだのだ。戻ってきた車は明らかに車高が高くなっていた。

「このほうが雪道は運転しやすいから。雪がなくなったらスプリングをかえて、車高を落としてダンパーのセッティングを変えればいいから」

などとわけのわからないことをいっていた。しかし父の言う通り、車高の上がった車は姿勢変化がわかりやすく、滑り出しもおだやかでとても運転しやすくなっていた。その車で気持ちよく走っていたら、あとでみんなに「聖女様はスキー場に着く前にすでに滑っている」と言われた。雪道だから常に滑っているのは当たり前なのではなかろうか。


 冬のことはともかく今は夏である。物理のみんなでバレーボール大会をやることになった。みんなというのは学部3年生から院生、教官、はては事務・技術の職員のみなさんも含む。去年は研究室単位でチームを組んでいたのだが、今年は榊原研が息をしていないので研究室にこだわらずチームを組むことになった。


 私は当然のようにチーム名「聖女様親衛隊」の大将にされた。副将は池田先生である。

 のぞみは「のぞみんファンクラブ」の大将、副将は明くんだ。

 真美ちゃんはもちろん「まみちゃんず」の大将、副将はカサドンが就任した。

 のぞみや真美ちゃんは男子に混ざってプレーしても問題ないだろうが、私はとても自信がない。そう池田先生に言ったら、

「どーんと構えていてくれればいいから」

と言われた。まあビールでも飲みながら観戦・応援していればいいのだろう。


 大会開催が発表されてから早々に上記3チームが結成されると、物理の残りの学生たちでいくつかチームが結成された。面白かったのは「板さん後援会」だ。榊原研の事務職員板坂さんを中心に、榊原研の残党で結成された。まあ見た目弱小そうである。

 3年生には遠目にもわかる美人の小原玲子ちゃんがいる。M2の3人娘の後継は玲子ちゃんになると言われている。数名のフツメンをメンバーにそろえている。

 出色なのは「真弓ウィッチーズ」 大石先生の奥様真弓さんを大将に、副将はもちろん大石先生。夫婦の力は侮れない。ただ、ウィッチは魔女だから一人しかいないのに複数形なのは……まあいいだろう。メンバーはムキムキマッチョのメンバーを揃えている。真弓さんの好みなのかもしれない。

 

 私や真美ちゃんは次の春には札幌を去る。カサドン情報によると、残ったのぞみ、真弓さん、玲子ちゃんの新三頭政治の時代が来ると一部では言われているらしい。じゃあ新じゃない三頭政治ってなんだろう?

 

 ゼミ室で池田先生はチームのメンバーを前にこう言った。

「強敵はファンクラブとまみちゃんずだ。実験系だから屈強な技術系職員を大量にかかえこんでいる。だから俺としては体力あふれる若手を補充したい。君たち3年生、4年生をどんどんひっぱってこい。なんなら引き抜いてもいいぞ」

 めちゃくちゃである。同期の田村くんが聞いた。

「引っ張るって行っても、なにか餌がないときびしいんじゃないですか?」

「うーん、そうだな、新メンバーには聖女様が直々に勉強を教えることにしよう。これは喜ばれるぞ」

「先生、私、困ります」

「いやいや聖女様、試合でなくていいから、そっちで貢献してよ」

「大体、教えるのなんてどうすればいいかわかりません」

「何いってんだ、去年カサドンを見事合格に導いたろう」


 池田研ではバレボール大会まで特別時間割が組まれた。私は毎日午後3時から4時半まで顔しか知らない3年生4年生に数学と物理を教え、教えられた学生たちはそのまま強制的に6時までバレーの練習がある。土日以外週5日、アルバイトとデート以外の欠席は一切認められないという厳しい日課であった。なんとゼミより優先である。

 

 大会当日、試合前に池田先生は演説をぶった。

「諸君、聖女様は神聖にして不可侵である。したがって敗北は許されない。かつて聖女様の逆鱗に触れたものは地方送りになったと聞く」

 榊原先生のことだろうか。

「逆に祝福を受ければ、諸君の今後の人生は安泰であろう。池田研の興廃はこの一戦にある。各員一層奮励努力せよ!」

 今日優勝できなければ池田研は廃れるらしい。

 

 厳しい訓練の結果か緒戦は順当に勝ち進み、玲子ちゃんのチームは準々決勝で当たり、池田研が粉砕した。ただ準決勝でまみちゃんずにあたり、残念ながら私達はここで敗退となってしまった。試合中私達のチームからまみちゃんず副将カサドンには「裏切り者」とか「過去の秘密をバラす」とか罵声が度々とんだ。「泣きながら勉強してたくせに」とも言われていた。私は聖女だからそんな下品なことは多分言ってない。多分。

 

 決勝はまみちゃんずとファンクラブになった。両チームとも決勝には大将がスタメンとして出場するということで、盛り上がった。のぞみは昔から運動は得意だ。パワーはともかく俊敏さで男子に引けを取ることはないだろう。真美ちゃんは見た目的にものぞみとキャラが被っているから、いい勝負になるだろう。


 男子たちが不謹慎なことに賭けをはじめた。一口缶ビール一本だそうだ。榊原研の織田さんが一枚の上にまとめている。一通り集計したところで見せてもらうと、例えば、

 池田教授…うん,田村…あ,吉川…うん

とか書いてある。織田さんに意味を聞くと、

「池田先生と吉川くんは緒方さん、田村くんは恩田さんに賭けてるってことだね」

「なんでのぞみが『うん』で真美ちゃんが『あ』なんですか」

「ああそれ、緒方さんて怒ってるとき『うん?』って言うじゃん。恩田さんは『あ?』っていうよね」

「そうかもしれないですね、でも、『あ』とか『うん』とかなんか聞いたことありますね」

「快慶と運慶だね」

 東大寺南大門にある金剛力士像のことを言っているらしい。

「あの、これってばれたらえらいことになるんじゃないですかね」

「そ、そうかな」

「前、明くんが似たようなこと言って、二人に詰められたの見たことあるんですけど」

「そのときはどうなったの?」

「おごらされてましたね」

「ということは」

「この缶ビール、全部ふたりに持ってかれるんじゃないですかね」

「情報がもれなきゃいいんだよね」

「そうですか?」

 ちょうど試合が途切れ、のぞみも真美ちゃんもこっちを注視していた。

「私は賭け自体には無関係です。二人に聞かれたら知っていることはすべて話します」

「そんなぁ〜」


 試合はのぞみんファンクラブが勝利した。なかなかいい試合だったが、バレーボールは高さが必要だ。ひょろひょろした明くんはブロックに活躍、対してカサドンは筋肉が重く、途中でスタミナ切れを起こした。

 予定通り賭けはバレ、文字通り金剛力士と化したふたりにビールは奪取された。その大量のビールは優勝・準優賞の2チームで山分けされた。

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