第8話 エピローグ

 話はカイル・リードの生存が確認された時に遡る。


 なぜカイルとの思念通話が唐突に復活したのか、わからない。ただ彼の体内チップは残存数がない――それは非常に危険な状態であった。

 カイルとの接続コンタクトが切れた観測ステーションでは重い沈黙が流れていた。


「治療チップと再生チップを大量に送れだと?」

 ディム・トゥーラは頭をかかえた。

「しかも自分のチップまで完全消費してやがる」

「……これは現地で治療してますね」

 シルビアの推測はディムのものと一致する。

 残留組で物資の管理を担当するサイラス・リーは考えこんだ。

「とりあえずステーション中の在庫を集めてこようか。送る送らないはともかく、準備の時間は惜しいだろう?」

「頼む」

 建設的な提案は救いだった。

「蘇生チップもお願いします」

 シルビアが追加要請した。

「戦争が起こる不安定な政情なら、彼の身も危険です。治療をしまくり悪目立ちしている可能性もあります。彼は自分の安全に無頓着なところがありますから」

 確かにな、と全員が同意した。本人がいたら猛烈に抗議していたかもしれないが、カイル・リードは危険を顧みずやらかす人物だという共通認識が出来上がっていた。実際、現在進行中でやらかしているのだ。

中央セントラルと交渉してくるわ」

「イーレ?」

「生存確認報告と救出作戦の権限をこちらに委譲いじょうさせるわ。カイルが望むものを準備しなさい。大丈夫、中央セントラルの弱みを2、3握っているの」

 ふふふ、と凶悪な笑みを浮かべてイーレは部屋を出て行く。

「……絶対イーレは敵にまわしたくないな」

「彼女、中央セントラルの無茶ぶりで10回死んでますからね」

「はあ?」

「彼女は11体目イレブンのクローン体。だから中央セントラルへの嫌味でイーレと名乗ってます。基本、中央セントラルを信用していません。2、3の弱みどころか、50ぐらい握っているのではないでしょうか」

「……ありうる」

 味方なら確かに頼もしい。ふとディムはシルビアに尋ねた。

「彼女、わざと成長を止めているよな。小柄で13、4の外見だ」

「子供の外見なら地上降下の任務は無理でしょう?あれは彼女の防衛術です。彼女の心的外傷トラウマは本当にひどいのですよ」

「彼女の実年齢はいったい幾つだ」

「……」

 奇妙な沈黙がおりた。

「知らない方が身のためです。カイルは正確に言い当てて彼女に殴られていました」

 カイルに再会したら聞いてみよう、とディム・トゥーラは思った。


 チップの準備ができたころに、イーレは本当に権限の委譲いじょうを勝ち取ってきた。どうやってと問うと「世の中には知らない方がいいことがいっぱいあるのよ」とイーレは言った。

 そこにいた全員が中央セントラルの交渉相手に深く同情をした。

 そこでシルビアが驚くべき提案をしてきた。自分がチップとともに移動装置ポータルでおりると。

「だめだ、俺がおりる」

「あなたはカイルとの唯一の通信装置だからダメでしょう」

「まあ、ディムはダメよね」

 イーレは即座に却下した。

命綱いのちづなつなを切ってどうするのよ」

「彼自身の治療が必要です。今の状況では医療担当の私が一番適任です」

「あの得体の知れない力で移動装置ポータルごと吹き飛ばされる危険がある」

「そうでしょうか?」

 シルビアは考えを述べた。

「散々機械は破壊されましたが、有人ではまだ試していないのですよ。やってみる価値があります」

「……一理あるわねぇ……」

イーレがシルビアを見つめた。

「やってみる?」

「はい」

「イーレ!」

「どのみち誰かが移動装置ポータルで地上に降りなければ、カイルは永遠に地上ですよ。試すぐらいいいじゃないですか」

 ――正論だが……


「クローン体の申請はしておくから大丈夫よ」とイーレ。

 ――怖いことをさらりと言った。


「お願いします」とシルビア

 ――そっちもお願いするな!


 ディム・トゥーラに反論する余地を与えず、シルビアはあらゆる医療キットを持ち込み、サイラスの手伝いのもと、出発の準備を整えた。

「いい加減あきらめなさい。あなたは降りられないのよ」

 イーレがディム・トゥーラをさとす。彼だけがまだ反対していた。

「……何が起こるかわからない」

「だから何が起こるか確かめに行くのですよ。賭けをしましょうか?私は無事着地で、トゥーラは事故発生に賭けましょう」

「やめろ、不吉な」

 いつもの無表情とは違い笑みを浮かべてシルビアは移動装置ポータルを起動した。


「次の機会があれば、ぜひ地上に行ってみたいなあ」

 呑気なサイラス・リーの言葉にディムはにらんだ。

「だからそういう不吉なことを言うな」

「とりあえず、はるかに前進したからいいじゃないか。カイルの生存が確認できて万々歳ばんばんざいだろ?」

「それはそうだが、俺は女性陣のはがねの精神が恐ろしい」

「まあねぇ……探索プロジェクトの参加条件の通り、だから独身なんじゃない?」

 失言したサイラスは、イーレから強烈な蹴りを腹部に食らった。


******


 精霊樹のそばの芝が綺麗に円形に踏み倒されている。

 シルビアが定着させた移動装置ポータルだ。カイルは静かに移動装置ポータルを起動させた。

 金色の淡い光が周辺に漏れた。

――起動に問題なし。


 カイルは携帯していた小型のキューブを中に放り込み、ステーションに転移されるか試した。

 機械は正常に作動した。

『なんだ、これは』

 ディム・トゥーラの思念が脳裏にひびく。観測ステーションで稼働試験で届いたものを拾ったらしい。

「ディムへの袖の下、多分三年は研究できるよ」

 地上で記憶した大量の書物をシルビアが持参してた記録装置キューブにせっせとダウンロードしたのだ。内心これをシルビアに持たせたのはディム・トゥーラではないかと疑いつつ。

『これが袖の下だと?……全然足りないな。まあ受け取っておくか。さっさと戻ってこい』

 少し機嫌がよくなった思念にカイルは笑った。ディム・トゥーラも結局は研究馬鹿の一人なのだ。


 シルビアが降下して三日が過ぎた。手当した人々に問題がないことを確認したので、これから観測ステーションに帰還するのだ。

 聖堂のそばにファーレンシアとセオディア・メレ・エトゥールが現れた。今日はこのあたりに誰も近づくな、と通達を出したらしい。おかげで静かに別れを告げることができる。

 カイルとシルビアは見送りにきた二人に挨拶をするために近づいた。


「カイルを庇護ひごしていただいたことを感謝します」

「こちらも五十三名の生命を助けていただいた。エトゥールをべる者として礼を言う」

「無事に帰ることができるのは、貴方達のおかげだよ。ありがとう、ファーレンシア、セオディア」

 カイルは一枚の羊皮紙ようひしをファーレンシアに差し出した。

 ステーションでも描いた初めて出会った時の少女の姿絵だ。

「いい絵だ」

 セオディアは感心した。

「……シワはありませんね」

 ファーレンシアが小声で二人だけに通じる冗談を飛ばし、二人で笑った。

「……お元気で」

 少女は涙をこらえ、カイル達を笑顔で見送ろうとしていた。


 なぜだろう。胸が痛い。

 立ち去ることの寂しさが押し寄せてきた。

 カイルはあたりさわりのない言葉を探したが、結局素直に自分の気持ちを述べた。

「ファーレンシア、君に出会えてよかった」

 少女はその言葉に泣き笑いの表情を浮かべた。

 カイルとシルビアは移動装置ポータルに向かって歩き出した。



 その時、雲一つない青空に青白い光が走った。

 全員が振り仰いだとき、その光は地上に落ちてきた。落雷と称してもいいかもしれない。

 スパークしたのは精霊樹のそばの地面だった。

 だが、そこには普段ないものがあった。シルビアが使用した移動装置ポータルである。



 え?

 帰るべき二人は青ざめた。

 えええええ――っ?!!!!


 土煙がやむと移動装置ポータル跡形あとかたもなく粉砕されていた。



 少し離れた場所でこの国を統べる兄妹は突然の自然現象に呆然としていた。

「……お兄様」

「……なんだ?」

「……私のせきかもしれません。私はつい望んでしまいました。カイル様がもう少しこの地にいてくださればいいと」

「大丈夫だ、ファーレンシア」

 セオディアは告げた。

「私も同様のことを願った」

 ファーレンシアは思わず横に立つ兄を見上げた。

「だが、このことはしばらくあの二人に黙っておくように。これはエトゥールの領主として命ずる」

「はい」


 どこからか現れた精霊鷹が、大混乱の天上人達の頭上を正確に3回旋回すると、澄み渡った大空に羽ばたいていった。


 ――その日、エトゥール城の居候いそうろうが一人増えた。

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