エトゥールの魔導師【この男’s(メンズ)の絆が尊い! 異世界小説コンテスト応募版】

阿樹弥生

第1章 探索

第1話 探索

――Ready?

――Go!


 暗転。そしてあたり一面は白い霧に似たものに包まれる。落下の感触。大多数の能力者はこの感覚に「耐えられない」のだ。

 カイルにとってはこれが快感であった。旧時代のアトラクションに似ているではないか。何がくるかわからない興奮とそれを制したときの達成感。肉体で空間を飛び降りる遊戯ゲームと何も変わらない。ただそれが未知の惑星の大気圏に精神だけを跳躍ダイブさせているだけだ。

 そう力説すると同僚のディムから「規格外のマゾ」とレッテルを貼られた。解せぬ。


 時間の感覚は麻痺していたが、唐突に白いベールは剥がれた。

――見えた。

 眼下に広大な陸地が広がった。緑と茶色に覆われた北半球唯一の大陸。それを囲む海。大陸を縦断しているいくつかの山脈。

 大気圏内で探索機械シーカーはことこどく破損し、確認できなかったものがはっきりと見える。衛星軌道からの撮影も通信阻害ジャミングが入り、すべて失敗に終わっていた。通常こんなことはありえない。

 だから『人的探索』に切り替えたのだ。探索候補者の中で唯一成功クリアできたのがカイルだった。


 精神体で研究対象である惑星の大気圏内にダイブする。それが今回のカイルの任務であった。


『状況は?』

 馴染なじみの声が響く。カイルは笑いをこらえた。

「あれ?非番じゃなかったの?」

『規格外のお前を追跡トレースできるのは俺だけだと、ひっぱりだされたんだよっ!』

 ディム・トゥーラが支援追跡バックアップについてくれたのは、ありがたい。彼との精神感応テレパスは相性がよく、緊張せずにやりとりができ効率がよかった。

『現在位置は?』

「大陸のほぼ中央上空。下降を続ける」

『了解。そのまま地形を目視探索して、情報データを転送してくれ。地図を作成する』

 今頃、観測ステーションのスクリーンには、同様の画像が多数展開されている。こんな旧式アナログ探索手法の地図作成に担当者は手を焼くだろう。だがないよりはマシなのだ。

「下降続行。素体を探す」

 周辺を視認し、カイルは下方に小さな点を見つけた。翼を持つ脊椎動物せきついどうぶつ……鳥だ。

「見つけた。同調する」

 衝撃を覚悟したが、何の反応もなく視界が変わった。こんな違和感もなく、生物に同調したことなど今までなかった。あとで報告する項目に付け加えた。

『いい映像がきた。何と同調した?』

「鷲……いや、鷹かな?惑星の環境条件により、生物生体はある程度似る。君の研究課題が実証されてないか?猛禽類の視界のよさも絶品だ」

 反応はない。

「ディム?」

 まさかこんな短時間で支援追跡バックアップの断線だろうか?

『すまん、ちょっと嬉しくて小躍りしてた……』

 カイルは笑った。

「安心した。また障害が起きたかと思った」

『今のところ問題はない。だが、断線したらすぐに帰還するように。何があるかわからないから、慎重にしてくれ。事故は避けたい。あ――、こちらからのリクエストが多数だ。気候と植生、生物相、大気成分、海水組成……この初回で取れるだけの情報が欲しいそうだ』

「……優先順位をつけてくれない?」

『……背後で論争が起きているから、好きに収集してくれ』

「了解」

 カイルは視界にはいるものをかたっぱしから走査スキャンし情報転送する。解析は各担当者がすればいい。遅延を取り戻す方が重要だ。その作業の中、カイルは地上にいくつもの筋の模様に気づいた。

 干あがった川跡か?規則性はあるようでない。

「……道だ」

『……文明か?型を確認してくれ。ヒューマノイド型ならやっかいだ』

「まって。ああ、確認した。農耕をしている集団がいる。ヒューマノイド型。間違いない」

『文明レベルは?』

「――高くはない。移動は徒歩もしくは動物型騎乗。道路も舗装技術が皆無。集団の耕作文化あり。集落はところどころ。あ、道の末端にかなり広範囲の障壁。中に多数の建築物。街……かな」

『……ヒューマノイド型文明確認により、適用法が変更になる。影響を与える直接接触は禁止だ』

「了解」

 カイルはそのまま対象の視認を続けた。

「衣服や道具の使用が認められるから、それほど原始的でもない。かといって探索機械シーカーを破壊できるほどとも思えない。機械系工作物は皆無。……なんで探索機シーカーは壊れたんだろうね」

『それがわからないから、今お前が跳躍しているんだろう。他の惑星と違う何かがあるんだ。気をつけろ』

「はいはい」


 地上ではヒューマノイドの子供が数人、空を指さしていた。

――あれ?もしかして素体を指さしている?


「……この素体、目立つのかな」

『どうした?』

「地上で子供たちが物珍しそうに眺めて、素体を追いかけている」

『……高度をとれ。狩られたらどうする』

「子供だから、大丈夫だよ。それに、その時は戻るだけだよ、ちょっと痛いぐらいさ」

『だから、お前はマゾなんだ』

「……会話記録に残るからやめてくれない?」


 子供はどの世界でも無邪気でいい。

 カイルは子供達をからかうように彼等の上空で数回旋回した。それに対して狙い通りに子供の歓声が届く。

 カイルは満足して、それから高い障壁がある方向に向かった。


「かなり大きい。街全体が高い壁に囲われている。石造りだな」

『城壁だな。カイル、不用意に近づくな――』

 唐突にディム・トゥーラとの会話が切れた。

「ディム?」


 何度か再接続コンタクトを試みたが、反応はない。予想した障害リスクではあったが、嬉しいものではない。観測ステーション側のトラブルか、地上側の妨害要素か、判断する材料がカイルにはなかった。

――さて、どうしたものか。

 あまり迂闊に高度を下げると、この素体が狩られる恐れもある。ディムの警告は正しい。

 農耕文化があるなら、狩猟文化も存在しているはずだ。素体から離脱するにも、安全な休憩地を確保する必要がある。

 意外に広い街を横断して二つ目のさらに高い障壁を超えると、整えられた緑が広がった。明らかに自然のものではない。

――造園文化あり……か

 カイルは素体を付近に人気のない一本の巨木の枝に降りたたせ、考え込んだ。

 帰還命令を出す存在である支援追跡バックアップがない。だが断線したら即帰還とも言っていた。身辺に危険を及んだわけではないので、このまま帰るのは惜しい気もする。

 ようやく実行された惑星の初探査。プロジェクトに指定された有機体が生存する惑星は、今までの常識をことごとく覆すほど手をやいた。これが初の成果なのだ。

「……戻るか」

 事故を避けて、次回に備えるべきだと結論に達した。素体を解放し、精神飛行を終了しようかとしたその時、声がした。


「――」

 一人の少女が巨木を見上げていた。

「――」


 何かを言っている。言語サンプルを収集するには絶好の機会だが、肉体ではないので自動翻訳のインプラントがない状態だ。残念。

 すると不意打ちで声がはっきりと届いた。

「どなたですか?」

 少女は鳥である素体ではなく、『自分』に語りかけてきた。直接脳裏に。

「お名前をいただけないでしょうか?」

 あたりを見回すが他に人はいない。

「鳥に姿を変えていらっしゃる貴方様のことです」

 え?

 カイルは軽く混乱した。これは精神感応テレパスではないか?

 精神感応ができるということは、精神文明レベルは高い証拠だ。だが物質文明レベルは見た限り低い。二つの進化レベルが一致しないとは、稀有な事例だ。


 この惑星は何かおかしい。


 ただこの眼下の青い髪の美少女が優れた能力者であることは間違いない。

「私はファーレンシア・エル・エトゥールと申します」

 彼女は見上げたまま優雅に一礼をし、名乗った。その所作は洗練されていた。ウェーブのかかった長い青い髪、瞳はエメラルドのような澄んだグリーンだ。足元まで覆われたドレスは、高級そうな布に見える。

「……カイル」

 つぶやくような返答を彼女は正確に受け取った。

「カイル様ですね。お会いできて嬉しく思います」

 少女は微笑んだ。カイルは少女の元に降り立ちたい衝動をグッとこらえた。

「カイル様はどうして鳥の姿をしていらっしゃるのですか?」

「え?」

 カイルは耳を疑った。

「――君にはどう見えていると?」

「鳥と重なってお姿が見えます。失礼ですが私の兄よりお若い――金色の髪、と瞳。初代エトゥール王に似ていらっしゃいますね」


 おいおいおいおい。


 彼女は間違いなく、ステーションで横たわっている肉体の容姿を把握していた。完璧な精神感応と超遠隔遠視の能力者だ。

 これは異常ではないか?

「――皆が君のような能力を持っているのか?」

 質問の意味が通じなかったのか少女は首を傾げた。カイルは言葉を慎重に選んだ。

「――君は鳥ではない僕の姿を見た。僕と会話ができる」

「ああ……多分一族特有の能力です。誰にでもあるわけではございません。身近では私と兄ぐらいでしょうか」

 少女は両手を胸の前で組み、見上げたまま語る。

「カイル様はどうしてこちらに?」

 少女の質問にカイルは悩んだ。影響を与えない会話とはどういうものか。

「……地上を見ていた」

 結局そのままだった。

「地上はいかがですか?」

 これまた難しい質問だった。

「……まだよくわからない」

「そうですか」

「君から見た地上はどう見えるのだろう?」

 少女は返された質問に驚き、うつむいてしまった。何気ない質問のつもりだったが、カイルの方がその反応に焦った。

「――先の嵐による水害で土地は荒れて、病気も蔓延しております。食料不足が予想される中、隣国との戦争も危ぶまれています。エトゥールを継いだばかりの若き領主の能力を疑い、内乱の兆しもあります。西国の民との和平もままなりません。この滅びの前兆の夢も見ます」

「滅びの前兆?」

「はい」

 問い返そうとすると脳裏に何かのイメージが浮かんだ。

 赤い嵐、いや炎。燃えさかる中逃げ惑う人々。

 空から火の球が降り注ぐ――。


「カイル様、どうか地上を平穏にお導きください」

 少女の懇願の言葉とともに、不意に目の前が暗転した。




「カイル・リード!」


 脳天をつく怒声と目の前に迫る男の顔があった。

 茶色の髪、茶色の瞳。自分に覆い被さるように深刻な顔をしているのはディム・トゥーラだ。

 彼が慌てているのは珍しい。

「――ディム、おはよう」

 がっくりと長身のディム・トゥーラは、力つきたように膝をついた。周りで歓声があがった。

「なんだ、その呑気な反応は……」

「……なんだと言われても……何慌ててるわけ?」

「……お前、今、心拍停止していたぞ」

「へ?」


 カイルは自分を取り囲む医療スタッフ達が大きく頷くのを見た。


「……マジ?」

「マジだ。自分の名前を言えるか。ここがどこかわかるか?」

「カイル・リード。観測ステーション」

「脳波、生体反応バイタルはそのまま記録しろ。精神跳躍ダイブによる後遺症が怖い」


 返答を無視するかのように、周囲に指示を出すディムにカイルはむっとした。だが尋常じゃない医療スタッフの数に事故が起きたことは事実のようだった。


「正常値を維持しています。今のところ問題ありません」

 若い長い銀髪の女性が答える。

「誰か一人専任でそのまま生体反応追跡バイタル・トレースしてくれ」

「私がします。二週間監視入院を推奨します」

「遮蔽隔離病室を一つ確保してくれ。普通の病室じゃだめだ」

「了解です」

「さて、カイル」


 ディム・トゥーラは横になったままのカイルを見下ろした。


「俺は支援追跡バックアップが万が一切断したら、直ちに探索を中断しろと指示したよな?」

 怒りの波動が彼の全身から滲み出ていて、周囲を圧倒した。

「切断後1時間帰還せず、あげくの果ての急性心拍停止の蘇生処置。このプロジェクトの初の死者登録おめでとう。さあ申し開きをきこうか」


 ヤバい。ディム・トゥーラが怒っている。


「切断されたあとのトゥーラの慌てぶりは、記録に残してあるから、あとで楽しみなさい」


 フォローにならないフォローを医療担当になったシルビア・ラリムがする。彼女のいつもの無表情と言葉から直訳すると、ディム・トゥーラを止める気はないということだ。


「……本当に心拍停止したわけ?」

「すぐに自動で蘇生処置がほどこされましたが、意識は戻りませんでした。素体事故か記録が中断されているか、不明です。心当たりの記憶はありますか?」

「あ――」


 心当たりは現地の少女と接触したことしかない。適用法が変更になったとディムは言っていた。

 違反者として、観測計画プロジェクトからはずされ、中央セントラルへの強制帰還となることは、カイルはなんとしても避けたかった。


「――記憶が混乱していて……」

 シルビアは嘘を見抜くような青い瞳でカイルをじっと見つめた。

 カイルはたじろぎ、心が読まれないように、そっと思念遮蔽を強化した。

「……そうでしょうね。蘇生時の記憶の混乱はよくあることです。どこらへんまで記憶がありますか?」

「素体から離脱しようと、落ち着ける場所を探して……」

「探して?」

「……そこから記憶が曖昧……かな?」

「そうですか」


 シルビアの反応が冷たいのは気のせいだろうか?


生体反応バイタルはそのまま追跡記録させていただきます。療養期間を二週間。仕事は禁止。それではトゥーラの説教の上限は3時間ほどにしてもらいましょう」

「……その上限がないと?」

「彼は24時間ほど小言を言いたいそうです」


 彼女の背後に、憤怒の表情をしているディム・トゥーラが腕を組み、待機していた。古代史に出てくる宗教遺物の彫像がこんな感じだったと、カイルは記憶していた。

 カイルは思わずシルビアの腕をつかんだ。


「何ですか?」

「まだ、行かないで」

「何か問題でも?」

「このあと、すごい心理的ストレスがありそうな気がする」

「奇遇ですね。我々も先程、すさまじい心理的ストレスに見舞われました。貴方の支援追跡バックアップをしていたディム・トゥーラも同様だと思います」

「シルビア」

「諦めて怒られてしまいなさい」

「医者は担当患者の希望に寄り添うべきだ」

「無理です」


 そのあと、本当にノンストップの説教が続いた。途中で所長のエド・ロウとオブザーバー役のイーレがディム・トゥーラを宥め、引き離さなければ、まだまだ続いたかもしれない。周囲はいつもと違うディム・トゥーラに唖然としていた。

 カイルはカイルで思わぬ展開に呆然としていた。

 何も死ぬ要素はなかった。素体が事故をおこしても本体カイルが死ぬことは、ほぼない。なぜ、心拍停止は起きたのだろうか。

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