7話、最初で最後のデート

 ミゲルさんと向かい合い、人生で初の模擬戦を迎える。

 初めての模擬戦なのに不思議と緊張はしていなかった。なんでだろ?

 

 お互いが初めての相手であり、手の内がまるで知れない。

 あくまで訓練の一環と言う事もあってか、はたまた先輩的な立場ゆえなのか、開幕を告げる初撃はミゲルさんから放たれた。

 避けるのか、或いは受けるのか? こちらを試す一撃だろう。

 ビュッと空を切るような切り降ろしを難なくかわす俺。

 その瞬間「オオォォ」と、どよめく練武場。

 大人たちの良い娯楽オモチャにされている気もしたが、現在の自分の実力を測る絶好の機会ではあった。初撃をかわされたミゲルさんは、まるでギアを切り替えたと言わんばかりに剣速を上げて2撃目、3撃目と次々に剣撃を放ってくる。


 大きく躱すと、それが新たな隙となる事をアンリエッタさんとの組み手で学んだ俺は、慣れぬ速度に最初こそ戸惑ったものの、ミゲルさんの2撃目以降の攻撃は全て最小の動作で回避していた。

 

 放たれたその全ての連撃が虚しくも空を切る。

「くっ、やるな!」

 やるなって、これアンリエッタさんの半分の剣速も無いんだけど……、え? 騎士見習いってこんなモノなの? まだまだ本気じゃないよな? たぶん今からゴゴゴゴって戦闘力が増して行くんだろ?。


「おいおい坊主、避けてばかりじゃ勝てねーぞ?」

 撃たれっぱなしも何だし、それにヤジも何だか気にいらない。

 相手の本気を引き出してみたい思いもあってか、俺はミゲルさんに初めての剣撃をお見舞いする事にした。

 まずは片手上段からの打ち下ろしだな、それでダメなら紫電しでんの突きをお見舞いしてやるとするか。

 瞬動一閃しゅんどういっせん、瞬きする暇さえ与えない、俺の刹那せつなの一撃はミゲルさんを完璧に捉えた。

 ズドン! と結構な衝撃音が練武場に響き渡る。

 大気を切り裂き疾る、必殺の壱の太刀をモロに肩口に食らったミゲルさんが、呻き声を上げながら地に崩れ落ちた。

 放った本人も驚くほどに、模擬戦はあっけなくも終了となってしまうのだった。


「いやいやいや」

「おい、ありえねーだろ」

「なんだあの剣速?」

「うおおおおおお」

 予期せぬ結果に騒然となる練武場。

 喧噪の中を掻き分けるようにして奥からベルガーさんがやって来る。

「おいおい坊主、こりゃまいったな……」

「はぁ、すいません」

「片手上段とかマジか、腕の差が結構開いてないと無理だぞ? 坊主いくつだ」

「16になりました」

「かーっ、末恐ろしいな」

 散々に皆にもみくちゃにされたあと、思いのほか肩のダメージが酷そうだったミゲルさんに治癒魔法を施すと、そこでもう1度盛大に騒がれる。騒ぎが想像してたよりも大きくなりそうだったので、それを危惧した父さんが僕たちを練武場隣接の小部屋へ案内してくれた。


 厳しい顔をした父さんがその小部屋の扉をバタンと勢いよく閉める様を見て、少しやり過ぎたかな? と反省しようとすると、振り返った父さんの顔は既に破顔していた。

「ほらみたか!、うちの息子はすげーだろが」

 父さんに何度も何度も肩をたたかれ、軽く抱きしめられる。

「いやぁ痛快痛快、こんなに嬉しい日は無いな」

 くっしゃくしゃの笑みを浮かべ喜びを分かち合う親子に、女神様の様な微笑みでそれを見守るアンリエッタさん。

「アンリエッタありがとう。君が良く息子を見てくれていたのは知ってるぞ?」

「いいえ、お礼を述べられる程の事ではありません。ぼっちゃまは努力を惜しまず、成長しても増長する事は一切なくて、いつもお優しくて、私の宝物のような方ですから」

 そんな風に思っていてくれたなんて、なんだかこっちが恥ずかしいや。

「そうか、そうか、ワハハハ。俺の自慢の息子だからな」


 さすがに仕事中の父さんといつまでもここで油を売っている訳にもいかず、名残惜しくもあったけど城館を後にした2人。父さんは余程嬉しかったのだろう、これで好きなモノでも食べて帰れと銀貨を何枚かくれた。


 先ほど上った緩やかな坂を今は下っている。

 あまりしゃべらなくなってしまったアンリエッタさんが気になり、ちらりと横目で見てみると、少しだけ鼻が高くなって小さな鼻孔びこうがほんの少しぷくりと膨らんでいた。心なしか少し鼻息も荒い。こ、これ、もしかしてドヤ顔? 全然ドヤれてないその顔が可愛くて愛おしくて、つい体の向きを変えて「アンリエッタさん!」と名を呼んでしまうと、いつ以来だろう? 背が伸びて彼女の胸に届くようになった頃からしてもらえなくなったあのポーズ、両手を広げるアンリエッタさんに思わず飛びついてしまった。


 一瞬時が止まったかの様に、城館へ続く道で抱き合う2人の男女。

 数年振りの抱擁、数年振りに味わうアンリエッタさんの双丘のなんて柔らかい事か。

「アンリエッタさん……」

「うふふ、良く、良く頑張りましたね」

 すぐ近くでささやくくように聞こえるアンリエッタさんの美声。

 幼い頃、何度も何度も抱きしめてもらったあの頃、決して届く事が無かったこの手は、今やっと彼女を包む事が出来るまでに成長したのだ。

「このままずっと時が止まればいいのに」

 時が止まれば良いのに、これは心から望む本心。


 もう、ここで止まってしまってもよかった。

 そうすれば2度と離れなくてもいいのだから。


 街ゆく知らない叔父さんのゴホンの一言で我に返る2人。

 動いて欲しくなかった刻が、ついに進み始める。

 そっと離れるアンリエッタさんの頬も耳も真っ赤に染まりきっていた。そりゃ恥ずかしいよね、天下の往来で抱き合ったんだもん。


 不思議と何の台詞も合図が無くても、並んで歩きだす2人。

 改めて言うよ、何度も言うよ。

 神様、この世界に連れて来てくれてありがとう。

 アンリエッタさんと合わせてくれて心の底から感謝しています。

 神様相手でさえ、言うのはとても恥ずかしいけれど俺は彼女を愛しています。


 ◇◇


 さすがに役目をこなさない訳には行かないので、少し落ち着いた2人は市場へと歩を進めた。塩やスパイスなどの調味料や、服の修繕に使う糸や布を買うためだ。

「塩を頂けますか?」

「お、お姉さんキレイだねぇ、少しオマケしてやるよ!」

「わぁ、ありがとうございます」

 アホも極まるとは正にこの事。

 アンリエッタさんが褒められると我が事以上に嬉しいのだ。もう末期かもしれん。

 いつだったかな? この世界に来た最初の頃だっけ?

『初めての恋人に毎日が充実? そんな奴は死んでしまえ』

 とか世を拗ねまくった痛い台詞を吐いた気がする……、しかも俺の場合は付き合えてすらないのに充実してるんだぜ?

 まぢでお前らすまんかった、ちょっと俺、土下座するわ。

「どうしましたか?」

「え?、いや、謝ろうかなと」

 キョロキョロと周りを見渡すアンリエッタさん。

「どなたにですか?」

「いや……」

「変なぼっちゃまですね」

 変ですいません。でもここまで変なのは貴方のせいですからね?


 その後も2人で買い物をしたり、洋服を見たり、屋台で切り売りの果物を頂いたりと、とても楽しい時間を過ごしたんだ。

 途中に覗いたアクセサリー屋さんでアンリエッタさんがじっと見つめていた、木製の飾りが付いた皮ヒモのチョーカー、彼女に聞くとずっと昔に追い出された里で良く使われていた紋様に似てるらしかった。辛く悲しい想いをしたはずなのにやっぱり里が気になるんだね。君はそういう人だよ。

 変にしゃべるると疑われるからさ、店員さんに小声で釣も礼も要らないよと言い、そっとチョーカーを買ったんだ。後で渡そう、喜んでくれるといいなぁ。


 散々に歩いて疲れた2人は、帰りの馬車で重なり合うように眠ってしまう。

 まだ彼女に比べて背が低い俺がアンリエッタさんにもたれてしまい、そんな俺の頭にアンリエッタさんがよりかかように眠っていた。


 こんなにも普通で、誰しもがずっと続くだろうと錯覚するような。

 ホンの小さな幸せの数々が、もう2度と訪れないかけがえの無いモノだったなんて……。

 それを知るのはもう少しだけ後の話だ。


_____________________________________

神崎水花です。

2作目を手に取って下さりありがとうございました。感謝申し上げます。


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