アンリエッタ僕が君を守るよ~ 成功者とは俺の事、金しか持っていなかったおっさんが異世界で愛を知る ~

神崎水花

1章、転生で初めて人の温もりを知る

1話、転生なぞキャンセルだ

 俺の親父は厳しかった。


 高校生と言えば皆は何を思い浮かべる?

 初めての恋人に毎日が充実? そんな奴は死んでしまえ。

 友人たちと時を忘れ朝までゲーム三昧? 羨ましい、心の底から羨ましいわ。


 俺? 俺はただひたすらに勉強させられたよ。学校と飯に風呂以外の空き時間は全て勉強させられた。時に強く反抗する事もあったが親父に殴られて終いだった。


 家は代々続く医者家系、曾祖父に祖父と父も含めてみーんな医者だ、医者で地元の名士様ってやつだ。我が家では父の言う事は絶対なのさ、それでも子供の頃は反発もするさ、でもな? 少しずつ歳を重ね大人になってみろよ。

 幼少でまだ自由にさせて貰えた頃、我が家にやって来た友人たちは口を揃えて皆同じことを言うんだ。

 

「~君のおうち金持ちだ」

「スゲー! お前んち金持ちだな!」

「お父さん社長?」

 

 家は広くテレビはデカい、車庫にはメルセデ〇やレク〇スと言った高級車がずらりと並ぶ。服や持ち物の類も全て高級品で当然飯も旨い。極めつけは皆が羨む、その辺の芸能人よりずっと美人な母さんだ。そんな所でずっと育ってみろよ。

 

 幼い頃から散々に親父に言い聞かされた「この世は競争社会だ、長い人生の最初の十数年をサボっただけで残り全てが台無しだぞ、なぜ頑張らん? まずは努力せい」

 最初は死ぬほど嫌いだったが、だんだん、だんだんと真実の言葉だと思えてくるんだ。


 子供心に社会の仕組みを理解した俺は、阿呆どもが人生を謳歌エンジョイするなか必死に勉強した。やるしかないだろ!

 念願が叶い日本でも指折りの某有名私立大学医学部へ入学を果たした俺は「これで俺の世界は変わる! 長期モテ期到来!」と思ったさ。

 皆思うだろ? 医学生だよ? 某有名私立だぜ? ブランドじゃん。


 だが、まだ俺のターンは始まらない。

 人生で未だ始まった事すらない俺のターン。

 なぜかって? 中高と勉強付けだった俺、いや俺達いがくぶせいはその有名私立大学の中では所謂いわゆる陰キャにカテゴライズされるんだ。大学内の見目麗みめうるわしい女性達は、見た目に優れ社交性に富んだ男達他学部に全て持っていかれてしまうのさ。


 ならば仕方がない。

 同学部の女子に淡い期待を寄せるも違う、そうじゃない、そうじゃないんだ。

 版権的に大丈夫か? このフレーズ……っ、そんな事はどうでもいい!

 自分は陰キャカテゴライズな癖に相手も同じカテゴリーは嫌なんだ、そんな為に頑張ったんじゃない!

 昼は清楚で誰よりも美しく、夜は積極的な美人が良いに決まってるじゃないか!

 童貞臭い夢だろ? わかってるさ。

 

 医学部生の学生生活は軽い地獄だった。

 授業は多く先のスケジュールもびっしりと埋まり、大学4年からはソコに病院実習も加わる。遊ぶ暇なぞこれっぽっちも無い。

 

 そんな地獄のような学生生活が終わり、晴れて医師となり働き始めて早6年。

 初めて現場に立たされた時の怖さがわかるか? 医師不足で夜勤に入る恐怖がどれほどかわかるか? お前らにはわかるまい。若造に人の命が重くのしかかる。

 怖さを克服するために知識で武装する、結局人生いつまでも勉強なのさ……。

 

 ◇◇

 

 俺は死んでしまった。

 失敗した同僚の尻ぬぐいで夜勤が明けても帰れず、40時間近く連続勤務をした帰り事故ってしまったようだ。

 死んでたら説明できないだろって? うん、その通りだ。

 なぜ説明できるかと言うと、俺、車で事故って目が覚めたら違う人だったんだ……。


 ◇◇

 

「坊ちゃま目を覚まされたのですね!」

 うわ! 目を覚ますと目の前にメイドがいてびっくりする。メイド喫茶に入店した覚えはないし、出張サービスの類も頼んだ記憶がないぞ?

「お父様、お母様をすぐ呼んで参ります、そのまま動かずにいてください」

「絶対ですよ?」

 子供に言い聞かすかの様な台詞に少し面食らう。

 30代の大人相手にお父様、お母様て……一体どこの大金持ちだよ。

 お前も金持ちの息子だろって? そうだけど、両親をそんな呼び方した事ないさ。

 こっちの様子などお構いなしに、メイドのお姉さんはバタバタとすごい勢いで駆けて行った。

 あ、もしかしてお父様=店長か? なるほどすごい設定に凝った店だなぁ。

 

 それから何分たっただろうか? 

 先ほどのメイドらしき女性がお父様(店長?)とお母様(バイトリーダーか?)らしい2人を連れ部屋に戻るといきなり「フェリクス! 母様よ? 目を覚ましたのね」と言い、俺をいきなり抱きしめる。

 頬に当たる凄く柔らかい2つの双丘、生まれて出て30数余年初めての感触に、脳内がピンク色に染まりつつあるのを自覚するも戸惑ってしまう。

 俺のターンが来たのか? いや後で高額請求がくるパターンかも知れない、俺は騙されんぞ! コホン、まずは落ち着こう、慌てると碌なことは無いからな。

 

「えっと何方様で?」

 いや、まぢで誰よ? 

 まぁ家の母に負けず劣らず美人な人だけど『私が母様よ』と突然言われてもな。

 その台詞を聞いた途端、自称『母様』とやらが泣き崩れた。 

「そんな……、私がわからないの?」

「ごほん、フェリクス、私はわかるかな?」

「店長? すいません、どこで倒れたのかわかりませんが、お店にご迷惑をおかけしてしまったようで……本当に申し訳ない」

「フェ、フェリクス、何を言ってるんだ?」

「おい、どうなっている? 何とかしろ!」

 店長が慌てて白髪交じりの老人に問いただす。

 皆なかなかの演技だと思う。

 

「おそらく落馬の際に頭を強く打ったのでしょうな、記憶喪失だと思われます」

「無理に思い出させるのはご子息を追い詰め却って良くないかと、しばらくはそっとしてあげるがのよろしいのでは?」

「むう、そうか」 

 何言ってんだこのバカ、誰が記憶喪失アムネシアだよ。

 

「フェ、フェリクス急に押しかけてすまなかったな」

「落ち着くまでゆっくりするといい、焦らなくていいからな?」

「さあエミリー行くぞ、医者も言ってただろ?」

「今日は目を覚ましただけで良しとしようじゃないか」

「わかったわ、あなた。グスッ」 

 え? あいつ医者だったの? 頭を強打したとか言ってたような……。

 意識を失う程の強打なら普通検査だろ、硬膜下血腫とか気にならないのか? 職業柄この辺りの設定が甘いとつい気になってしまうな。

 

 喧騒からの静寂、知らぬ部屋にポツンと1人取り残され、どうにも落ち着かない俺は部屋の中を色々と物色し始めるのだ。そして鏡を見た瞬間思わず叫んでしまう。

 

「うわああああ」

「嘘だろ?」 

 な、なんで金髪ぅぅ、しかも若い! 子供じゃないか??

 ちょっと待て、これあれか? 所謂いわゆる異世界転生ってやつか?

 ご都合満載で俺が死ぬほど嫌いなやつじゃねーか!!

 死ぬほど勉強して医者になり、これからセレブな生活&超美人嫁捕まえる予定だったんだぞ! ふざけんな! 元の世界に戻してくれ! 転生キャンセル希望だ! 誰か!

 

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 ◆◆ は場面の移り変わりと共に視点が変わった事を表し

 ◇◇は場面のみの変更となります。 よろしくお願いいたします。

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