第一章:魔王様の蹂躙

第二話:魔王様の出陣


 赤く大地が燃えている。

 彼の眼前にはぶすぶすと煙を上げている兵士の屍がある。



 まだ所々魔法による攻撃で火災が起こったところがある中を、彼は面白くもなさそうに歩いている。



「魔王、覚悟!!」


 

 いきなりそう叫びながら物陰から鎧をまとった兵士が槍を構えて彼に飛び掛かり、その槍を突き刺す。

 しかし、彼はニヤリと口角を上げて片手をあげる。


 そして突き出された槍をその手の平で受け止める。



「軟弱だな、人間!」



 そう言ってそのまま手の平に魔光弾を発生させ、その兵士をその光の中に包み込み消し去る。




「魔王様! ご無事で!?」


 完全にその兵士が塵になった所に、魔族の従者が慌てて駆けよる。


「バカ野郎、俺様を誰だと思っていやがる! ザルバード=レナ・ド・モンテカルロッシュ・ビザーグ様とは俺様の事だぞ!? 人間風情に俺様の髪の毛一本傷つけることなんざ出来ねーぜ!!」


 そう言って漆黒のマントをひるがえす。

 長い銀髪に頭の上には二本の立派な水牛のような角を生やしている。

 やや太めの眉毛に釣り目、赤と黒の混じった瞳をぎらつかせ、整った顔にはにやけた笑みが張り付いていた。


「軟弱すぎる! 所詮人間なんぞ我らが魔族の糧となる存在! このまま人族の国を押しつぶし滅ぼしてやろうか?」


「魔王様、しかし御身が最前線でお力を振るうまでもございません。ここは我らにお任せを!」


 そう言って先程の従者は膝をつき、魔王に懇願をする。

 それを見て彼はつまらなさそうになる。


「ちっ、せっかく身体が動かせると思ったんだがな。骨のあるやつはいねーし、騎士団は雑魚並みに弱ぇーし、少しはこの俺様を楽しませろや」


「恐れながら、魔王様に敵う者などこの地上におりますまい。魔王様には退屈やもしれませぬが、人間を全滅させると我らの食料が無くなってしまいます故、ここは我らにお任せくだされ」


 そう言われると流石に魔王もこれ以上は勝手な事は出来ない。

 

 魔族は人を喰う。

 厳密には人の魂を喰らう。

 魂に内包されている魔素を栄養とするからだ。



「ふん、まあいい。後はお前らがやっておけよ!」


 そう言て彼は踵を返して本陣へと戻って行く。




 アズール歴二千二十四年、人類は魔王軍の進行にその勢力圏を徐々に奪われ始めていたのだ。




「ふん、つまらん。どこかにこの俺様を楽しませることはないのか?」


 そう彼はごちてからちらりと戦場を見る。

 そこには自軍の魔族以外立っている者はいなくなっていたのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 


 この世界には人族や亜人族、そして魔族が存在していた。

 

 魔族は悪魔とも呼ばれていて、人を喰らう。

 厳密には人の魂を喰らう。


 それは人の魂に内包される魔力の元となる魔素があるからだ。


 

「んんぅぅうううぅ~っ!!」


 ちゅばちゅばと卑猥な音をさせ、裸の魔王は一人の青年の唇を奪っている。

 その青年は高揚した表情をしながら手足をもがかせ、裸のまま魔王に成すがままにされてた。

 魔王はその絶大な力で青年を押さえつけている。

 肌と肌が触れあっていて、汗がきらめいている。



 じゅちゅぅ~♡



「んふぅっ♡」



 じゅぽんっ!

 


 魔王は吸っていた唇から離れ、起き上がる。

 唇を奪われていた青年は満足そうな顔をしていたが、いつの間にか息をしていなかった。



「ふん、毎度毎度食事をするたびに死んじまうとは、本当に人間はひ弱だな」


 そう言って魔王はベッドから起き上がり、裸のまま控えていた執事に言う。


「もっと美味い奴はいねーのか? 男でも女でも構わねぇ、美味い奴を連れて来い!」


「魔王様、ですがもうお食事に使える者がいなくなってしまいました。いつも魔王様は最後まで魂を吸いつくすので、回復させる間もなく死んでしまいますので」


 執事で見た目は六十歳くらいの、白髪が目立つ彼はそう言って頭を下げる。

 しかし、魔王は不満げに鼻を鳴らす。


「ふん、人間なんざいくらでもいるだろうに?」


「それが、配下の者も食事に困窮しておりまして、近隣の人族の村や町は全てわが軍が喰いつくしてしまいました。このままでは人間の確保も難しくなります故、四天王スィーズ様の案を採用されるのがよろしいかと」


 それを聞いた魔王は不機嫌になる。


「あの、人間共を飼いならし、少しずつ魂を吸えというやつか? 人間共は魂を吸われても休ませれば回復するから食事用の人間共を飼えというやつか?」


「はい、なかなか良い案だと思いますが?」


「めんどくせぇな……」


「しかし、このままでは兵も飢えます故に」


 執事にそう言われ、魔王は頭をガシガシ片手で掻く。

 そして召使に服を着させてもらい、眼下に広がる外を見る。


 そこは高い魔王城の一室だった。

 眼下には今回の戦で捕らえられてきた人間共が魔族に喰われている所だった。


 人間の魂を吸い取る時には、相手を高揚させるとその味が良くなる。

 裸にひん剥き、人間共に快楽を与える。

 そして高揚した所で唇を奪う。

 特に若い奴はその魂が濃厚で、甘みがあって美味い。


 魔王はぺろりと唇を舐めてから言う。


「人間狩りに行くぞ! うまそうな奴等を家畜として捕らえるのだ!! そして俺様用に若くてイキの良い奴を準備しろ! たっぷりと可愛がってその魂を味わってくれるわ!!」


 

 * * * * * 

 


 サルバスの村は王都から離れていた。


 村はここドリガー王国の最北端に位置していた。

 そして最近はその北にある魔族領から魔王軍が攻め入って来ていた。


 ユーリィは今年十四歳になっていた。

 そしてこの村で両親を助けながら、小さな食堂を始めていた。



「ユーリィの作るご飯はいっつもおいしいよね~、私のお嫁さんにならない?」


「もう、シーラは僕をからかってばかりいるんだから」


 シーラは少し頬を染め、そう言う。

 ユーリィの作った野菜たっぷりのポトフは味付けが絶品で、この村でも大評判だった。

 その他、ふっくらとした葡萄の酵母を使ったパンや味付けした長持ちする干し肉に燻製、オイル漬けにしたヤギの乳で作ったチーズなど、おおよそ村には今までなかったモノばかり作り上げていた。


 ユーリィのいる食堂は大繁盛で、こうして時々シーラも手伝いに来てくれていた。

 そしてまかないを食べるといつもシーラはそう言ってアピールをしてくる。


 だがユーリィはそんな彼女の気持ちに全く気付いていない。

 鈍感であった。


 

「もう、本気なのにぃ」


「はいはい、それじゃあ僕が大人になったらシーラが僕をお嫁さんにしてね」


 ユーリィはそっけなくそう言うと、シーラは、ぱぁっと明るい表情になって立ち上がる。


「いいのっ!? 私本気だよ!?」


 いつも以上に乗り気のシーラにユーリィは苦笑しながら思う。

 絶対に僕が作った料理が食べたいだけだと。


 おざなりに「はいはい」とか言っているが、シーラはかなり真面目な表情だった。

 そして、鍋をかき回すユーリィの手を取ってぐっと顔を近づける。


「じゃ、じゃあ、ユーリィが来年成人したら私と結婚して!」


「はい?」


 ふざけていると思ったシーラが真剣にそうプロポーズをしてくる。

 思わずユーリィは首を傾げた。

 しかし、疑問として放った「はい」は肯定の「はい」と捉えられ、シーラを喜びの頂点へといざなう。


「やったぁっ! ユーリィがやっと私の愛を受け止めてくれたぁっ! 私幸せ!!」


「あ、えーと、その、本気だったの、シーラ……」


 思わず呆気に取られてそう言うユーリィにシーラはキッとなって彼を睨む。


「当り前じゃない! ずっとアプローチしててもユーリィったら全然気付かないし、私、ユーリィの事が本当に好きなんだよ!!」


 まりにもそのストレートな物言いに、ユーリィは思わず硬くなってたじろぐ。

 まさか、幼馴染のに求婚されるとは思ってもみなかったからだ。

 ずっとふざけていると思っていた。

 しかし、今年十五歳の成人になったシーラはそれ相応に美しく成長していた。


 改めて見れば、村娘だけど肌は白くきめ細やかだ。

 年頃になって女性らしいフォルムでもある。

 しっかりとユーリィの食事をしているせいで、立派に胸も育っている。

 そして今は膨れているその表情は幼いころから見ているモノだが、大人になってまつ毛も長くなり、目もぱっちりとして、可愛らしい鼻に瑞々しい唇もある。

 正直、美人の部類だった。


「あ、えっと、その……」


 正直に言うと、シーラの事は嫌いじゃない。

 むしろ好意を寄せていた。

 だからユーリィは改めて言う。


「シーラ、僕もシーラの事……」


 ユーリィがそう言いかけた時だった。

 外から叫び声が聞こえてきた。


 大事な言葉をもう少しで言えそうだったユーリィはその声に驚き、シーラと共に外の様子を見る。

 すると、ちょうど村の中に魔族たちが攻め入って来ていた。



「魔族が襲って来た!!」


「逃げろぉっ!」


「きゃーっ!!」



 村の中は騒然そうぜんとなっている。

 そしてすぐに親たちが来てユーリィとシーラに言う。


「すぐに逃げ出すぞ! 早くっ!!」


 何が何だか分からないうちに二人はユーリィの両親にその腕を引っ張られて裏口から抜け出す。

 しかし、そこには漆黒の鎧を身にまとった魔族がいた。


「ほほう、美味そうなガキだな」




 彼はそう言ってユーリィに手を伸ばして来るのだった。

 

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