第27話 ゾンビに敬意を


「シグモント様、濃いお茶をどうぞ」

「結構です」

「強いブランデーがございます」

「いいえ、必要ありません」


 いくら死んだ体とはいえ、何のためらいもなく使用人の首を斬り落としたヴァーツァには、嫌悪しか感じなかった。


 一人で屋敷へ戻った。

 すぐにメイドが現れ、あれやこれやと世話を焼き始めた。頬の傷も手当てしてくれた。といっても掠っただけなので大した傷ではない。


「お洋服にシミなどございませんか? お着替えをなさったらいかがでしょう?」

 蒸しタオルを手に、メイドが迫って来る。

「どうかお気遣いなく。それに、着替えなら自分でできます」

 朝と同じように返す。


 ヴァーツァが首を斬り落としたのは、ゾンビだ。彼がその気になれば、再び蘇らせることができる。もちろん、首だってちゃんと体の上に戻して。


 わかってる。

 わかってはいるけど、もやもやが止まらない。

 使用人の首を容易く切り落とすなんて。平伏して恭順の意を示していたというのに。


 どかどかと遠慮のない足音がした。

「シグ、ここにいた」

ヴァーツァが入ってきた。

「急に帰ってしまったからびっくりしたぞ。いったい、どうしたというんだ?」

「少し気分が悪くなったものですから」

「それはいかん」

明らかにうろたえている。


「キャサリン、帰ったら紅茶をお出ししろと言ったろ? ブランデーはどうした」

 傍らのメイドを叱りつける。メイドは俯き、じっとしている。

「メイドさんはちゃんとお仕事をしました。僕が断ったんです」

 ヴァーツァに言い置いてから、メイドさんに向き直った。

「ありがとう、気を使ってくれて。でももういいよ。さがって下さい」


 深々と一礼し、彼女は部屋から出て行った。ゾンビに自我はないというけど、立ち去る背中はどこかほっとして見えた。


 「君は、メイドを丁重に扱うな。執事トラドに対してもそうだ。彼らに自我はない。あいつらは、死体だぞ?」

 ヴァーツァは不快そうだった。

「ゾンビに気遣いをする必要はない」

「こちらを気遣ってくれる以上、相手が熊であろうとゾンビであろうと、感謝を尽くすのが礼儀ってもんでしょ」

ぶっきらぼうに答えた。


「無駄だ」

「無駄ではありません。モノ扱いしたらかわいそうです」

「かわいそう?」

紫の目が濃くなった。

「シグ、君、まさか……」

「まさか、なんです?」

「まさか彼女のことを……」

「ヴァーツァ・カルダンヌ公!」


 わけがわからない。俺が彼女を何だというのだ? 一方的に好意をもっているとでも? やめてほしい。俺はヴァーツァのようになんでもござれの節操なしではない。

 むしゃくしゃしてたまらない。

 立ち上がり、彼のすぐそばに近寄っていった。背の高いヴァーツァを見上げる位置で立ち止まる。


「話をそらさないで下さい、カルダンヌ公爵」

「ヴァーツァだ」


 この期に及んでも名前呼びを強要する。腹が立っているので、無視することにした。


「いいですか、問題となっているのは、貴方の使用人に対する態度です。トラドさんを処分しようとしたり、さっきのケビンさん? 彼の首を斬り落としたり。到底、理性ある人間のすることとは思えません」

「だって、トラドは吸血鬼だぞ? そしてケビンはゾンビだ。ゾンビはいくらでも復活可能だ」

「でも、首を斬られたら痛いでしょう」

「それはわからん」


 わからないのか。

 余計呆れた。


「メイドさんに対してもそうです。どうしてそんなに横柄な口の利き方をするんです?」

「使用人だし、メイドだってゾンビだし?」

「今朝も、コックさんの肋骨を抜こうとしました」

「骨の一本や二本、抜いたってかまわないさ。ゾンビだもの。なあ、シグ。そんなことでけんかをするのは止めよう。俺達には、もっと他にすることがあるはずだ」


 俺が至近距離にいるのを幸い、腕を伸ばして抱き寄せようとする。


「それがいけないんです!」

 胸をだん! と叩いて飛び退った。

「ゾンビだからって、死んでいるからって、何をしてもいいってわけじゃありません。礼儀は大切です。相手をモノ扱いするなんて最低だ」

「どんな扱いを受けても、ゾンビは何も思わないよ?」


 気配を感じ、俺はさっと飛びのいた。ヴァーツァの両腕が彼の胸の前でクロスした。空気を抱きしめ、上目遣いに俺を見ている。

 潤んだ藤色の瞳に危うく絆されそうになった。慌てて踏みとどまる。そんな目で見ても許してあげないんだから。


「相手をモノ扱いするなんて、最低だ。そんな人、大嫌いです」

「嫌い? 今、大嫌いって言った?」

美しい顔が歪んだ。明らかに彼は、あせっていた。

「言いました」

「ゾンビをモノ扱いしたら、シグは俺のことを嫌いになるのか?」

「はい、そうです」


 ヴァーツァは泣きそうな顔になった。

 いや、気のせいだと思う。

 俺に嫌われたごときで、彼が泣きそうになるなんて。


「わかった」

とうとう彼は言った。

「これからは、使役するゾンビに対して、礼を尽くすことにする」









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