凪川妖狐奇譚 〜吒枳尼天(だきにてん)現世に転生す〜
香山黎
第一章 妖狐顕現
序 凪川稲荷、北別院
日暮れから降り始めた雨は夏日となった空気を一瞬で湿らせ、ごうごうと地面を波打つ勢いになっていた。
「どうか、どうか!お願い致します!」
悲痛な叫びにも似た請願は、鬱蒼とした
声の主は、その杜の中心にある古びた堂宇の前に膝をつく一人の中年の女性であった。大粒の雨に傘もささず、一心に祈っている。
「どうか私の娘、優奈をあんな目に合わせた奴らに相応の報いを!天罰をお与え下さい!!」
雨に打たれて体も冷え切っているはずだが、その女性の声はより大きく、より悲痛さを増していた。願い、というより呪禁、めいた何かに聞こえた。
突如。鈴の音が辺りに響いた。
その瞬間、轟々と鳴り続ける風の音も、木々の音も、一瞬なくなったかのように消えた。
そして森に埋もれたこの小さな堂の屋根瓦に向かって、一筋の陽光が差した。
「そなたの願い、あいわかった」
頭上からの声に女性が顔を上げるとそこには、一人の女が堂の屋根の上に、忽然と現れた。
女は平安時代の服装、白い水干に赤い袴姿、容貌は逆光でうかがい知ることはできない。声は若々しいようにも年を取っているようにも聞こえた。
次の瞬間にはまた豪雨の中の薄暗い森の中にに戻った。咆哮めいた風の音が支配するのみ。それは女性が見たまぼろしであったのであろうか。
「ああ…
幻覚であろうが何であろうが彼女にとってはそこに見えたものが真実である。少なくとも願いにすがるその女性にとってはそうだった。
東海地方にある
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