第37話 妹?
リトの代わりとして、ボランティア活動に参加したと言うのに。
それなのにシェーネが問題行動を起こした。
おかげでリトに合わせる顔がない。
最初は厳重注意で済んだのだ。
しかしその後、更なる問題行動をシェーネが起こした。
今度は二人を紹介したウィルも交えて責任者から説教を食らい、配給係から運搬係へと異動を命じられた。
配給係よりも運搬係の方が自分には合っているからそれは別に良いのだが、問題行動を起こした張本人であるシェーネが「重い」だの「疲れる」だのと文句を言っているのは如何なモノか。
とりあえず自分の行いをしっかりと反省してもらいたいと思う。
「あら、どうして私が反省しなくちゃいけないのよ。あれは事故よ、事故。何度もそう言っているじゃない。それなのにあなたも、ウィルも、あの責任者もそれを認めないなんて、どうかしているわ。だからあの老害が調子乗るのよ」
「お前さ……あれは、どう贔屓目に見ても、お前が悪意を持ってやったようにしか見えねぇよ……」
調理室で作られた鍋いっぱいの豚汁を、炊き出し会場へと運びながら、アトフはげんなりと溜め息を吐く。
――お茶を配るふりをして、熱湯の入った湯飲みで頭頂部をぶん殴ってやる。
そう宣言していたシェーネが、本当にそれをやるんじゃないかとハラハラしながら見張っていたアトフだったが、彼女はそれ以上の度肝を抜く行為を公衆の面前でやってのけたのだ。
リト探しの時、シェーネに暴言を吐きまくった人達の中でも、特に先頭に立って言いたい放題言ってくれた高齢の男性。
その男性が飲み物を取りに来たため、親切に手渡そうとしたシェーネは、足が滑ったフリをして、男性の股間を左足で思いっきり蹴り上げたのである。
男性が悶絶し、アトフが悲鳴を上げれば、それを見ていた周囲の人間からは、怒りと嘲笑、爆笑の声が上げられた。
そしてその後、騒ぎを聞き付けて飛んで来た白衣の処刑人の隊員によって、別室へと連行されたシェーネとアトフは、ウィルも交えて長時間に及ぶ責任者からの説教を受けるハメになったのである。
「床が滑りやすくなっていたから、滑っただけだって何度も言っているのに、あの責任者ったら、お前が悪いの一点張り。ボランティア活動とはいえ、とんでもないブラック企業だわ」
「お前がそうやって非を認めないから、中々説教が終わらなかったんだろうが」
「あら、何で悪くないのに非を認めなければいけないの? だいたい、人様の個人情報を勝手に暴露しようとしたあなただけには、とやかくは言われたくないんですけど」
「それはオレも悪かったけどさあ……でも、それであの責任者から厳重注意受けるハメになったのも、お前のせいだからな」
「あれはあっちが悪いわよ。とんだ逆恨みだわ」
「まあ、そうかもしんねぇんだけどさあ……」
それについては微塵も悪くないと言い切るシェーネに、アトフはもう一度溜め息を吐く。
二人が言っているのは、二人がまだ配給係を担当していた時の話だ。
飲み物を配っていた時、二人はとある青年に声を掛けられた。
ショートカットよりも短い茶の髪が印象的な青年で、年齢はアトフと同じくらいだっただろう。
ニコニコと笑顔で近寄って来た彼は、良く言えば気さくに、悪く言えば馴れ馴れしく「今日はリトいないの?」と聞いて来たのだ。
初対面の年下の男に馴れ馴れしく話し掛けられたシェーネとしては、若干イラついたのだが、アトフはそんな事は気にならなかったらしく、「今日は家にいるぜ。オレ達は彼女の代理で来たんだ」と、間抜けにもいらない情報まで男に喋っていた。
そんなアトフに、信じられないと白い目を向けていたシェーネであったが、彼は更に、「あ、そうなの? オレ、リトの友達なんだけどさ、彼女の家教えてくれる?」と言って来た馴れ馴れしい男に対して、「おう、いいぜ。場所は……」と言って、リトの個人情報までバラそうとしたのだ。
さすがに有り得ないと思ったシェーネは、お茶の入ったペットボトルで殴る事によってアトフを黙らせてから、青年に向かって、「友人とは言え、赤の他人に個人情報を教えるわけにはいきませんので、どうかお引き取り下さい」と言って断った。
するとどうだろう。何故かボランティア事務所にクレームが入り、シェーネとアトフは責任者から厳重注意を受けるハメになってしまったのだ。これについてはマジで解せない。
「これについては、悪いのはマジでアトフとあの男じゃない。それなのにあの責任者、お前が悪いとか言ってくるし……何とかハラもいいところだわ。死ね」
(って事は、やっぱ老害の件は自分が悪いって自覚があるんじゃねぇか……)
そう思ったアトフではあったが、口ではどう頑張ってもシェーネには勝てないし、勝てても股間を蹴り上げられる恐れがある。
ここは何も言わない方が、自分にとっては最善だろう。
「あら?」
「あ? どうした?」
そんな話をしながら目的地に着いたシェーネは、その一歩手前で足を止める。
校庭にいたのは、先程仲良くなった、配給係の女性ボランティア達。
彼女らも夕食の配給の準備をしていたようだが、その中に、一人見慣れぬ姿があった。
銀色に輝く長い髪が美しい、細身の女性。青いワンピースから見えるその細長い手足は、病的なくらいに色白い。
後ろ姿だから顔はよく見えないが……先程まで一緒に働いていたボランティアメンバーの中にはいなかっただろう。
「あの子、誰かしら?」
「さあ? 銀髪なんていなかったし……あれじゃね? 夕方から当番になっている、ボランティアの人なんじゃねーの?」
確かにボランティアとはいえ、朝から晩まで全員がいるわけではない。
それぞれに予定があるのだ。いくらオールランドの生存者達が押し寄せて来たとしても、全員がすぐに集まれるわけではない。
アトフの言う通り、彼女はこれからボランティアとして働く人なのかもしれない。
「それなら私達も挨拶に行かないと」
「え、別に良くね? どうせ今日だけの付き合いなんだし」
「あら、そんなんだからあなた、「シェーネさん、アトフってシェーネさんの彼氏なんですか? だとしたら意外と男の趣味が悪いんですね」なんて、ボランティアの子達に言われるのよ」
「え、待って。何それ、初耳」
しかも『アトフ』と呼び捨てにされている。
仕事中はちゃんと『アトフさん』と敬称を付けて呼んでくれていたのに。
「とにかく行くわよ。短時間とはいえ、一緒に働く仲間ですもの。きちんと挨拶しなくっちゃ」
「なあ、オレ、みんなと上手くやっていける自信なくなってきたんだけど」
軽くショックを受けているアトフを連れて、シェーネは銀髪の女性へと歩み寄って行く。
しかし彼女が声を掛けるよりも早く、女性はボランティアの人達に軽く頭を下げ、足早にその場から立ち去って行った。
「あら?」
「あ? 違ったんじゃねぇか?」
配給の準備に取り掛かるわけでもなく、さっさとその場から立ち去って行く銀髪の女性。
どうやら夕方からのボランティアだったわけではないらしい。
では、違う部門のボランティアが、業務連絡か何かで来ていたのだろうか。
「あ、シェーネさん!」
「お疲れ様ですー!」
と、シェーネに気が付いたボランティアの女性達がわらわらと集まって来る。
どうやら昼間一緒に働いたおかげで、彼女達とはある程度仲良くなっていたらしい。
それはともかく、自分の姿は彼女達には見えているのかどうなのか。
アトフは一歩引いたところから、彼女らの様子を見守る事にした。
「それにしても酷いですよね、あの責任者! シェーネさんは悪くないのに!」
「そうよ、そうよ! だいたい、あの老害、ムカつくのよね! 常に上から目線だし、態度悪いし!」
「配膳が遅いだとか、盛り方が汚いだとか、もっとマシなボランティアいないのか、とか!」
「さっきなんか、子供の声が煩いって、怒鳴り散らしてたわよ!」
「ホント、ムカつくのよねー! シェーネさんがち〇こ蹴った時、スカッとしちゃったわ!」
「潰しちゃえば良いのよ、あんなち〇こ! どうせもう使わないんでしょ?」
「使わないんなら引っこ抜いちゃえば?」
「あははははははは!」
「……」
女って怖い。
彼女達の高笑いを聞きながら、アトフは竦み上がった。
「ところでさっきの銀髪の方はどなた?」
「え、銀髪の?」
「ああ、リトちゃんの妹ちゃんの事ですか?」
「え?」
一通り話が終わったところで。
シェーネが見覚えのない女性の素性を問い掛ける。
しかしその女性に関する名称が出たところで、シェーネとアトフは揃って眉を顰めた。
「妹……って?」
「今来た銀髪の女の子の事ですよね? リトちゃんの妹ちゃんだそうです」
「お姉さんがここでボランティアをしているって聞いたから訪ねて来たみたいなんですけどね」
「リトちゃんは今日、体調不良で休んでいるって伝えたら、じゃあそっち行ってみますって言って、リトちゃん家に行きましたよ」
何でもない事のようにサラサラと答える彼女達に、シェーネの表情が青く染まって行く。
だってそうだろう?
リトの妹はリンであって、彼女はもう死んでいるのだから。
「それで、あなた達はリトの家を彼女に伝えたの?」
「はい、伝えました。妹ちゃんなら、良いかなって」
「そう、ありがとう。あ、これ、今日の夕ご飯の豚汁。お願いね」
「はい、ありがとうございます」
礼を述べ、豚汁と渡すと、シェーネは足早にそこから立ち去って行く。
同じようにして豚汁を彼女達に渡すと、アトフもまた、慌ててシェーネの後を追った。
「おい、シェーネ。リトの妹って、リンの他にもまだいるのかよ?」
「聞いた事ないわ。リンの話はムナールから聞いていたし、そのお姉さんであるリトの名前も聞いた事はあるけど、他の兄弟姉妹については名前すら聞いた事ない」
「そういやさっき、リトの家を聞いて来た友達ってヤツがいたな。なあ、アイツと関係あんのか?」
「さあ。でも嫌な予感がするわ」
「どうする?」
「とにかく、さっきの銀髪の女子を探しましょう。まだ遠くには行っていないハズよ」
「そうだな」
ドクドクと、心臓が嫌な音を立てる。
この嫌な予感が杞憂である事を祈りながら、二人は銀髪女子の姿を追い掛けて行った。
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