第26話 届いた声

 一体どれくらいの人が死んだんだろう。

 今、何人の人が生き残っているんだろう。


 カルトが立ち去った後でも、魔物の襲撃が止まる事はなかった。

 もしかしたら、街の人間全てを殺し尽くすまで止まらないのかもしれない。


 しかしそんな暴挙を許すわけにはいかない。悲しみに暮れている暇などないのだ。


 とにかく街を襲う魔物達を薙ぎ倒し、一人でも多くの人を助けなければ。


 しかし相手は、一体でも苦戦する程の凶悪な魔物達。

 当然、一筋縄ではいかない相手だ。


 現にムナールの方は苦戦を強いられていた。


 彼の放った銃弾は、確かに魔物を撃ち抜いている。

 しかしそれなのに、魔物に効いている感じが全くしないのだ。

 急所を撃たれ、血を流しながらでも平気で街を襲う魔物達。


 何故、彼らは倒れない?

 何故、痛みに苦しむ素振りも見せないのだ?


 しかしそれでも諦める事なく銃弾を撃ち続ければ、魔物は煩いと言わんばかりに標的をムナールへと変え、その鋭い牙でムナールへと襲い掛かって来る。


 一般市民を襲わないだけマシかもしれないが、これでは自分の命が危ない。

 食い殺される前に絶命させられるだろうか。


「爆ぜろ!」


 しかし、大口を開けてムナールを飲み込もうと目掛けて来たその魔物の前に、どこからかリプカが現れ、その口内に怯む事なく杖を突っ込む。


 そして次の瞬間、口内で爆発が起こり、魔物の顔が木っ端微塵に吹き飛んだ。


 しかし、


「っ!」


 顔が吹き飛んだにも関わらず、魔物の鋭い爪が容赦なくリプカに襲い掛かる。


 咄嗟にムナールを押し倒しながら下部に避けると、リプカは再度魔物が襲い掛かって来る前に、燃え上がる杖を片手に魔物に飛び掛かった。


「火龍炎舞!」


 幾度となく魔物に炎を叩き付ける様は、正に炎の舞。


 全身を炎で包まれた魔物は消し炭となり、ようやくその動きを止めた。


「信じらんない! 頭を吹っ飛ばされても生きているなんて!」

「さっきから様子がおかしいよね。急所を撃ち抜かれても、構わずに動き回れるなんて。ここに来るまでに腕や胴体の一部を破壊されていた魔物も見たけど、どれも構わず平気で動いていた。いくらD地点の魔物とはいえおかしいよ。一体どうなっているんだろう?」


 オールランドを襲っている魔物達。

 無傷で暴れているモノもいるが、体の一部を失ったり破壊されたりしているモノ達もおり、その全てが平気で動き回り、街を襲っていたのだ。

 現に今だって、ムナールが急所を撃ち抜こうが、リプカが頭部を吹き飛ばそうが、そんな攻撃など全く効いていないとでも言わんばかりに平気で二人に襲い掛かっていた。


 確かにD地点に生息する魔物は凶悪で危険なモノ達ばかりだ。

 しかしだからといって、不死身なわけではない。

 攻撃を受ければ痛みは感じるし、体の一部を失えば悲鳴を上げながらのた打ち回る。

 当然、致命傷を与えれば絶命だってするのだ。


 それなのにどうだ、今ここにいる魔物達は。

 さすがに全身を燃やす事によって全身を失えばその行動は止まるが、それ以外は全く効かない。

 致命傷を与えようが、体の一部を吹き飛ばそうが、全く意味がないのだ。


 一体どうなっているのだろう。

 これはもう、魔物の異変どころの話ではない。

 一体何が起きているのだろうか。


「やっぱりあの黒いモヤが原因かな?」

「黒いモヤ?」


 うーん、と眉を寄せるリプカに、ムナールは首を傾げる。


 さっきから彼女は、街を破壊する魔物達に黒いモヤが掛かっていると言うのだが、ムナールにはそれが何の事を指しているのかが分からない。

 リプカが言うには、黒いモヤのようなモノが魔物達を覆っているらしいのだが、ムナールにはそれが見えないのだ。


 黒いモヤとは何なのだろう。

 彼女には一体何が見えているのだろうか。


「ねぇ、それ本当は見えちゃ駄目的なヤツじゃない?」

「何よ、見えちゃ駄目的なヤツって」

「心霊的な」

「そうなると、あの魔物達はお化けに操られているって事になるけど……お化けってそんな回りくどい事する? やるなら人間に取り憑いて呪い殺した方が早……あ、分かった、ムナール、老眼が進んで……」

「誰が老眼だ! 僕はまだピッチピチの十……」


 しかし、ムナールがそう否定しようとした時だった。


 背後から現れた二足歩行の巨大な魔物が、背後からムナールに襲い掛かったのは。


「ムナール!」

「っ!?」


 咄嗟に杖を構えながらムナールの前に躍り出る。


 気付くのが遅れたが間に合うだろうか、いや、間に合わせなければならない。間に合わなければ、自分はおろか、ムナールも一緒に八つ裂きにされる事になる。


 急いで呪文を唱え、バリアを張る。


 しかし、リプカが焦りながらもその呪文を口にしようとした時であった。


 向こうの方から、弾丸の如く現れた人物。


 その人物によって、魔物が勢いよく吹き飛んで行ったのは。


「ギャアアアアアアアッ!」

「!?」


 悲鳴を上げながら大きく吹き飛び、地面を転がって行くその巨体を、リプカとムナールはポカンと呆気に取られながら見送る。


 一瞬何が起きたのか分からなかったが、それでも助かった事だけは事実のようだ。


「リプカ、ムナール! 無事だったか!」

「!」


 その久しい少年の声に、二人はハッと我に返る。


 痛んだ赤色の髪に、青色の額当て。オレンジ色の胴着から覗くのは、筋肉だけで構築されたような、褐色の胸筋と上腕二頭筋。そして筋肉には似つかわしくない、可愛らしいバングル。


 今し方、弾丸の如く飛んで来たその青年の姿に、リプカは今にも泣き出しそうな、ホッとした表情を見せた。


「アトフ!」

「悪い、リプカ、遅くなったな。大丈夫だったか?」


 優しく微笑む大きな青色の瞳と、キラリと光る八重歯に、リプカは今度こそ涙ぐむ。


 以前会った時よりも少し大人びているが、間違いない。

 彼の名はアトフ。

 本州にある精霊憑き保護団体こと、ギルド・ミモザの隊員である。


「来てくれたんだ! ありがとうーっ!」

「ああ。けど、間に合わなかったみたいだな」


 安堵の息を吐きながらも泣き出すリプカに頷きつつも、アトフは険しい表情で街を眺める。


 リプカから救援を求める声を聞き、本州から海を渡り、急いで駆け付けたものの、どうやら間に合わなかったらしい。

 街で暴れ回る魔物に、街中に転がる沢山の死体。

 大半の人間が殺されてしまったようだ。


「ギャアアアアアアアッ!」

「!?」


 その咆哮にハッとする。

 先程、アトフが蹴り飛ばした巨体な魔物。

 あれだけの攻撃を受けたのだ。しばらくは脳震盪でも起こし、失神していても良いハズなのに。

 それなのにこの短い時間で復活したらしい巨体の魔物は、白目を剥きながらも起き上がると、今にも襲い掛からんとばかりに唸り声を上げていた。


「はあ? 何なんだよ、コイツら! さっきからどんなに殴り飛ばそうか蹴り飛ばそうか、全然効きやしねぇ! 頭半分欠けながらでも襲い掛かって来るんだ! なあ、どうなってんだよ!?」

「そんなの僕達が聞きたいよ! 通常ならば死んでいるハズの状態でも容赦なく襲い掛かって来るんだから!」

「さすがに、全身消し炭にすれば襲い掛かって来る事はないんだけど……でも、それ以外は駄目なの。頭がなくなっても何故か生きてんのよ!」

「何だよそれ! そりゃもう魔物じゃなくって化け物じゃねぇか!」


 そうこうしている間にも、白目を剥いた魔物は襲い掛かって来る。


 けれどもその巨体に比べれば、こちらは小柄。

 振り下ろされた腕を躱し、難なく魔物の足元に入り込むと、アトフはその足を掴み上げ、思いっきりぶん投げた。


「うわあ……」

「相変わらずの怪力男……」


 軽く吹き飛び、頭からズドンと地に叩き付けられる。


 頭を地に叩き付けられたのだ。

 普通ならばしばらくは起き上がれないだろう。

 しかしそれにも関わらず、魔物は頭から血を流しながらも起き上がって来る。


 そんな不死身とも言える魔物の状態に、アトフは思いっ切り表情を歪めた。


「ああ、クソッ! 何で首の骨折れてんのに平気なんだよッ!」

「D地点に住む凶悪な魔物だからね。いつの間にか不死身になったのかもしれない」

「お前、それ本気で言ってんのなら、よっぽどのアホだぞ!」

「はあ? 体の構築率百パーセント筋肉の人に言われたくないねッ!」

「ああ? ンだとぉ!」

「ねぇ、やっぱりあの魔物を覆っている黒いモヤが原因なんじゃないの?」

「は? モヤ?」


 目の前で対峙する魔物を覆う黒いモヤ。

 いや、目の前の魔物だけではない。

 この街を襲っている凶悪な魔物、その魔物全てに黒いモヤが覆われている。


 それが原因でこの魔物達は死なないのではないだろうか。


 しかしそう主張するリプカに、ムナールとアトフは揃って眉を顰めた。


「そのモヤって何? どれの事だよ?」

「どれって、その魔物の周りにあるじゃない! 何かモヤモヤした黒いヤツ!」

「はあ? そんなんどこにもねぇけど……?」

「嘘!? そんなに目を凝らさなくてもはっきり見えるじゃない。ほら、あれ!」

「さっきからずっとこんな事ばっかり言っているんだよ。死んだ街の誰かに呪われているんだと思う」

「ああ、なるほど。だからオレ達には見えない何かが見えてんのか。恨み妬み買いそうな性格してるもんな、リプカのヤツ」

「何ですって!!」


 そうこうしている間にも、折れた首をブランブランと振り回しながら、魔物が襲い掛かって来る。


 それを何とか避けると、アトフは「キリがない」と大きく舌打ちをした。


 「とにかくこれ以上はやり合っても意味がねぇ、無駄死にするだけだ! 一旦逃げるぞ!」

「アトフ殿!」


 しかしふと、彼の名を呼ぶ声が聞こえ、視線を背後へと向ける。


 呼び捨てではなく、『殿』を付けて呼ぶところから、声の主はアトフとは親しい間からではないのだろう。

 そしてその声の主の姿を視界に捉えた途端、リプカとムナールは揃って表情を強張らせた。


「ヴァルターさん!」


 年齢は自分達と同じか、少し上くらいだろう。

 肩まで伸びた金色の髪を、後ろで一つに纏めた、青い切れ長の目をした青年。茶色い矢の入った筒を背負い、弓を手にしている事から、彼の武器はおそらくそれなのだろう。

 しかし、問題は彼の外見ではない。

 そう、問題なのは……、


「あの魔物は?」

「ああ、やっぱり駄目です。いくらぶっ飛ばしても全く効きません」

「そうですか。やはり退却するしかないようですね」


 問題なのは、彼が着用している白い隊服と、胸でキラリと光る黄色の紋章。


 巷で呼ばれる彼らの二つ名は『白衣の天使』。

 リプカ達精霊憑きが呼ぶ彼らの二つ名は『白衣の処刑人』。


 そんな二つの呼び名を持つ彼はアトフと軽く言葉を交わすと、その視線を怯え固まっているリプカ達へとそっと移した。


「彼らは?」

「先に説明しました、街の異変を通報して来た私の友人、リプカと、その友人のムナールです。二人共オールランドにありますギルドに所属しています」

「なるほど。ならば話が早い。私は精霊憑き保護団体のヴァルター・イディオーマ。オールランドの生存者の救出に参上しましたが、現状から見ても、魔物を倒し、街を救うのは不可能でしょう。よって、南の港に泊めてある船に生存者を乗せ、この島からの脱出を図りたい。二人にもその手伝いを……うん? どうしました?」

「……」


 怯え固まる二人に、ヴァルターと名乗った男は訝し気に首を傾げる。


 保護団体とは名ばかりの処刑人の指示に、リプカとムナールは、「はい、了解です」と挙動不審に頷くしか出来なかったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る