第23話 なれの果ての姿

「ただいま、リプカ。どうしたの、そんなに驚いた顔をして?」

「……」


 いつもとは違う中身のない笑顔に、リプカに緊張が走る。


 突然目の前に現れたのは、最近様子のおかしかった仲間の姿。

 グラディウスと出掛けたっきり姿を見せず、探しても見付からなかった、このギルド・ブロッサムで一番強く、町民からの人気も最も高い隊員、カルト。


 何故、このタイミングで現れたのか。

 魔物達が街を襲っているこの現状と、何か関係があるのか。


 そして、未だに戻って来ない仲間達はどうなったのか。


 その緊張に押し潰されそうになる自分を叱咤しつつ、リプカはカルトに負けじと微笑むと、敢えて普段と同じように言葉を紡いだ。


「お帰り、カルト。遅かったね」

「……」


 薄ら笑いを浮かべたまま何も答えない彼に微笑みながら、リプカは更に言葉を続けた。


「ところでカルディアとローニャは見付かったの?」

「……」

「一緒に出掛けたグラディウスはどうしたの?」

「……」

「サイドがココナちゃんの学校に行って帰って来るハズなんだけど、その辺りで会わなかった?」

「……」

「……で、街中に転がる死体の中帰って来て、あんたは何で平然と笑ってるのよ?」


 最後の台詞のみ笑みを消し、声を一オクターブ落としてそう問い詰める。


 するとそれまで黙っていたカルトが、フッと鼻を鳴らしてから、ようやく口を開いた。


「ねえ、リプカ。他に何か、オレに聞きたい事があるんじゃないの?」

「何よ?」

「そうだね。例えば……「カルトはランドの事知っていたの?」とか?」

「……ッ」


 その言葉に、今度はリプカがヒュッと息を飲み、言葉を詰まらせる。


 そんな彼女に薄ら笑いを浮かべたまま、カルトは更に言葉を続けた。


「幼い頃、同じ学校、同じクラスで勉強していた同級生、ランド。でも彼はあまりにも目立たない男の子で、親しい友達もいなかったし、いじめっ子にすら目を付けてもらえなかった。いつも教室の片隅でじっとしているような、誰の記憶にも残らなかった少年だ。実際、リプカもサイドもカルディアも、見ただけでランドだとは分からなくて、唯一分かったのはグラディウスだけだった。そんな彼と森で会い、すぐにランドだとオレが気付けたのか、はたまた怪我を負う程の油断をするくらい、オレがヤツに気を許せたのか。ローニャが連れ去られたと言って帰って来たオレのその話に疑問を覚えたから、リプカはオレの事を怪しんだ。違う?」

「……気付いていたの?」


 カルトの言う通りだ。


 森でランドと会った。懐かしい顔だったから油断して、ローニャを連れ去られてしまった。


 ローニャがいなくなってしまったあの日、怪我を負ったカルトはそう証言した。


 けれどもリプカはその言葉に違和感を覚えた。


 自分を見て、すぐにランドと気付けたのはグラディウスが初めてだと、ランドは驚いていた。

 それなのに、突然森で再会したランドを、瞬時に彼だとカルトは分かったのだろうか。

 仮に分かったとしても、D地点にフラッと行って無傷で帰って来られるような男が、怪我を負って仲間を連れ去れるほど、彼に気を許せたのだろうか。


 だからリプカはカルトを疑った。

 森でランドに会ったなんて嘘なんじゃないかと。

 ランドとはその前に一度会っていて、一連の事件は二人で起こしているんじゃないかと。


「いや、気付いてなんかいなかったよ。この前、お前がオレの事を疑って掛かって来た時、何で勘付かれたんだろう、何か余計な事言ったっけなって不思議だったんだけど。でも、さっきサイドにそう聞かれたんだ。リプカがそう言ってお前を疑っていたけどどうなんだ、って」

「サイド!」


 その名に、リプカはハッと目を見開く。


 今、カルトはサイドに会ったと認めた。しかし、この場に彼の姿はない。と、いう事は……。


「あんた、サイドに会ったのね。サイドはどうしたの?」

「……」


 フッと、カルトの口元が歪な笑みを象る。


 聞きたくない。

 言って欲しくない。

 現実なんて知りたくない。


 しかしそう悲鳴を上げる心とは裏腹に、リプカはその真実を尋ねてしまう。

 するとカルトは、リプカがしたその質問に、ゆっくりと正直に答えてくれた。


「ココナの学校にはオレも行ったんだ。びっくりしたよ、だってあの学校、まだ半分も原形を留めていたんだから。そしたらココナも、他の生徒達も何人かまだ生き残っていてさあ。危うく見逃すところだったよ」

「あ、あんた、何言って……?」


 心なしか、楽しそうに話すカルトに、声が震える。

 そんなリプカに中身のない笑みを向けたまま、カルトは更に話を続けた。


「ココナや生徒達を連れて、サイドは教務室にいたんだ。オレはサイドと話しがしたかったから、サイドにゆっくりと近付いた。そしたら先に子供達に気付かれちゃってさ。邪魔だったよ。オレは、サイドと二人だけでゆっくりと話がしたかったのに」

「話って……何を話したかったのよ……?」

「何って、お前とも以前話しただろ? カルディアとも、ローニャとも、グランとも、同じ話をした。だからサイドにも同じ話がしたくってさあ。でも、オレは最後まで信じていたんだよ。誰か一人でも、オレの望む答えをくれるんじゃないかって。だから外野は邪魔だったけど、サイドとも話をしたんだ。だけど……」


 スッと、カルトの瞳から中身のない笑顔が消える。

 代わりに浮かぶのは、負の感情。

 絶望、怒り、悲しみ、諦め、そして殺意。


 歪んだ輝きを放つサファイア色の瞳が、真っ直ぐにリプカへと向けられた。


「無駄な事だった。誰一人として、オレの望む答えをくれなかった。こんな事なら誰一人として信じず、さっさと全員殺せば良かったよな!」

「カ、カルト、まさか……っ」

「ああ、殺したよ。全員! カルディアも、ローニャも、グランも! サイドも全員、オレがこの手で嬲り殺してやった!」

「……っ!」


 何となくそうなんじゃないかって、薄々は気付いていた。

 でも認めたくなくて、思い過ごしだって言い聞かせて、ずっと気付かないフリをしていた。


 出来ればこのまま、いつかは帰って来るんだろうって、夢を見ていたかった。


 だけど……。


 夢は醒める。

 真実はいずれ、明らかになる。


「う、うそ……うそだよね? みんな、まだ生きて……」

「は? 死んだって言っただろ。何聞いてんだよ」

「そんな、こと……」

「カルディアはこの場で絞め殺してやったんだ。でも、苦しそうに藻掻く姿が可哀想だったから反省して、ローニャは東区のB地点で心臓を一突きにして苦しませずに殺してやった」

「うそ……、やだ、やだ……」

「グランとサイドは応戦して来たよ。バカだよな、オレに勝てるわけがないのに、無駄な抵抗しやがって。痛かっただろうなあ、抵抗さえしなきゃ、急所を一突きにされて、苦しまずに死ねたのにな!」

「いやだ、やめて……聞きたくない……っ」

「死ぬ間際、サイドはオレに言ったんだ。妹には、子供達には手を出さないでくれって。さすがのオレにも情があるからさ、サイドの前では殺さなかったよ。分かった、約束する、でもオレを拒んだお前は駄目だって言って、サイドを殺して……そうしてから、妹含めた子供達も皆殺しにしてやったんだ」

「やめて……っ」

「誉めてくれよ、リプカ。オレ、サイドの前でヤルのは我慢したんだよ。さすがに目の前で妹を殺すのは可哀想すぎるだろ? だから先にサイドを殺したんだ。子供達はチョロチョロと逃げ回って面倒臭かったけど、でも全員殺した。まあ、万が一殺し損ねたヤツがいても、魔物達に殺され……」

「止めてって、言ってんでしょッ!」


 バンッと机を叩き付けて怒鳴り声を上げれば、ようやくカルトはそのよく動く口を閉じる。


 シンと静まり返る、たった二人だけとなったギルド・ブロッサム。


 ギロリと睨み付けてやれば、カルトはフッと、楽しそうな笑みをその口元に浮かべた。


「良い顔すんなあ、リプカ。オレ、お前の笑顔なんかよりも、泣き顔の方が可愛くて好きだわ」

「最っ低……ッ!」


 クツクツと喉を鳴らして笑うカルトに、沸々と殺気が沸き上がる。


 いつの間にか流れ出ていた涙。

 それをポタポタと机に落としながら、それでもリプカはカルトを睨み付けた。


「何で? 何で殺したのよ? この街が魔物に襲われているのも、やっぱりあんたが関与しているの!? ねえ、何で!? なんでそんな事しているのよ!」

「……」

「この街はあんたが生まれ育ったところだし、ブロッサムのみんなだって大切な仲間だった! みんなも含めて、一体何人の人が死んでいると思っているの!? 何で……何で全部自分で壊してしまったのよッ!?」


 以前はこんな事するような人ではなかった。

 自分の故郷どころか、関係のない街の人間を皆殺しにするような人のわけがなかった。

 このギルド・ブロッサムで一番強くともそれを鼻に掛ける事もなかったし、街の住民からの信頼も厚く、魔物討伐の依頼とくれば、彼を指名して依頼する者が後を絶たなかった。

 その整った顔立ちに優しい性格から、女性人気が高かったのも事実だ。


 ギルドの仲間達を殺した。

 彼の口からそう聞いても、まだそれを信じる事が出来ない。

 少なくとも、あの小さなキャンディー缶をくれた時はまだ正常だったハズなのに。

 あの時の彼は、一体どこへ行ってしまったと言うのだろうか。

 あの後の彼に、一体何があったと言うのだろうか。


「そうだよ、お前の言う通り、この街はオレにとって大切な街だった。大好きな友達、家族、オレを頼って仕事を任せてくれる依頼人、オレにとって大好きな人達が沢山暮らす、大切な街だった。だから嫌だったんだよ、この街のみんなに軽蔑の視線を向けられる事も、追い出される事も、ましてや殺されるのも!」

「な、何を言って……?」

「少し前に聞いたよね。もし、このギルドの中に精霊憑きがいたらどうするって。その質問に、リプカは聞きたくないって言った。そう、お前はオレを拒んだんだ」

「拒むって、それは……」


 確かにそう聞かれた事はある。

 でも、それはカルトを拒んだわけじゃない。

 その話を拒んだだけだ。


 だって話を続ければ、自分が精霊憑きであると、カルトに指摘されてしまう可能性があったから。

 肩を見せて証明しろ、とでも言われてしまえば、リプカにはもう誤魔化す術がない。

 だからリプカは精霊憑きの話を拒んだ。

 自分が精霊憑きであるとカルトにバレる前に話を切り上げ、その場から逃げ出した。

 それだけだ。

 カルトを拒んだわけじゃない。


 しかし……、


「え……」


 何と言い訳しようかと考えていた次の瞬間、リプカは目を見開いた。

 目の前の光景が信じられなかったのだ。


 カルトが脱ぎ捨てた黒いマント。


 その下にあったのは、肉付きのよい彼の腕。


 そしてその左肩にくっきりと刻まれた『氷』の文字……。


「っ、か、カルト、それ、は……」


 無意識に、右腕が自身の左肩を握る。その手の下にあるのは『火』の文字。

 赤いローブに隠れて見えないが、そこにあるのは彼と同じ呪われし文字。


「そうだよ、オレは呪われし者。氷の精霊憑きだ」


 はっきりとそう口にし、震えるリプカを冷たい氷の瞳に映す。


 肩に刻まれた呪いの刻印。

 それが突き刺さるような、冷ややかな痛みを帯びたような気がした。

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