第16話 不審な実家

 その日はカラリと晴れた良い天気であった。天気予報によると、しばらくはこんな日が続くらしい。


 ランドに襲われ、行方不明となっているカルディアとローニャを捜しに行く前に、リプカは勢いよく挙手をした。


「はい、私、カルトと一緒が良い!」

「……」


 その立候補に、カルトがあからさまに表情を歪める。


 その嫌悪感丸出しな彼に、リプカはムッと眉を顰めた。


「何よ、カルト、その顔は。何か文句でもあるの?」

「文句も何も……。リプカ、オレは昨日キミに言われた事を意外と気にしているんだけど」

「嘘ばっかり! 気にも止めていないクセに!」


 一連の事件の実行犯を問い詰めただけだ。それだけで彼が気に病むわけがない。


 しかしそう言い切ったリプカに反論の声を上げたのは、意外にもサイドであった。


「コラ、リプカ。お前はオレと街中調査に決まってんだろ」


 立候補のために上げた手を無理矢理下ろさせながら、サイドがリプカを咎める。


 しかしもちろんそれに納得のいかないリプカは、眉を顰めながら反論の声を上げた。


「何で? 私だってサイドよりカルトが良い!」

「何だ、その言い方は! とにかく駄目だ。カルトは昨日襲われた東区のB地点に行くんだからな。あそこは魔物が出るんだ。お前が付いて行っても足手纏いになるだけだろうが!」

「何よ、ソレ! 私だって、魔物の数匹くらい倒せるもん。サイドよりは有能だもん!」

「何だと、コラ!」

「まあまあ、二人とも。喧嘩はそのくらいにして」


 放っとけば更に喧嘩はエスカレートするだろう。そうなれば、ローニャ達の捜索もそれだけ遅くなってしまう。

 それは良くないと早々に二人の喧嘩を遮ると、グラディウスはニコニコと笑いながら二人……いや、リプカに手を振った。


「じゃ、そういう事で、カルトとはオレが一緒に行くよ。そっちはそっちで頑張ってね」

「ホラ、行くぞ、リプカ。ランドを見たヤツがいるかもしれねぇからな。それを捜しに行く」

「うー……」


 文句は多々あるが仕方がない。それでも心配そうな目を向ければ、心配するなと言わんばかりにグラディウスが微笑んでくれる。


 そんな彼の微笑みを信用する事にすると、リプカは渋々サイドと共にギルドから出掛けて行った。


「じゃ、オレ達も行こうか、カルト。何とかして、二人の手掛かりを見付けないとな」

「……そうだね」


 ニコリと微笑むグラディウスに、カルトもまたニコリと微笑む。

 

(ランドの捜索をするサイドとリプカの方が有意義だ。カルディアとローニャなんて、捜すだけ無駄だからな)


 もういない人物の捜索をする事に、何の意味があるのか。


 それでも二人の死はまだ伝えない。生存していると思わせておいた方が、彼らは罠に掛かりやすいのだから。


 無駄な事に気怠さを感じつつも、カルトは三人目の標的を狩るべく、目的地へと向かう事にした。










「数日前にランドが止まっていたホテル、もういないってな。くそっ、アイツ、どこに行ったんだ?」


 ランドは里帰りと称して、この大陸に滞在している。

 となれば、彼が夜に帰るのは実家か、格安のホテルだろう。

 しかし彼の昔住んでいた家には既に誰もおらず、空き家と化していたし、彼の泊まりそうな格安のホテルにも当たってみたが、彼は既にそのホテルを後にしていた。


 となると、彼は今、一体どこにいるのだろうか。


「ところでランドの実家なんだけど……あれって、あれで良いわけ?」

「いや、良かねぇだろ。いつ引っ越したか知らねぇけどさ、作物はちゃんと始末した方が良かったんじゃねぇの? 動物に食い荒らされていたじゃねぇか」


 近くに人が住んでないのが幸いだったよな、とサイドは続ける。


 二人がしているのは、ホテルの前に訪ねた、ランドの実家の事であった。


 住宅地からずずずずーっと離れた、街の外れの外れにあったランドの実家。

 広大な土地の中、古くて小さな家が、そこにはポツンと建っていた。


 おそらく農業を営んでいたのだろう。その広い土地の多くは畑や果樹園となっており、様々な農作物が育てられていたのだが……問題は、その農作物が育てられっぱなしとなっていた事である。


 ランドの実家を訪ねて驚いたのは、その家が物凄ーく街の外れにあった事と、超広い土地持ちであった事と、その農作物が動物に食い荒らされていた事であった。


 何よりも知っちゃかめっちゃかになっている畑や果樹園に驚いたリプカとサイドは、それでもランドの実家から一番近い家の住人に話を聞きに行った。


 しかしその近所(?)の住人だが、残念ながら有力な情報を得る事は出来なかった。

 何でも、一番近い家だとは言え、ランドの家とはそこまで付き合いがなかったそうなのだ。

 その住人が知っている事と言えば、ランドの家は三人家族であり、農業で生計を立てていた事くらいで、卒業と共にランドが家を出た事も、今現在農作物が荒らされている事も知らなかったらしい。

 誰も住んでいないのであれば引っ越したんじゃないか、と住人は言っていたが、それも憶測の話であり、定かではないそうだ。


「ランドも不審であれば、両親も不審ね。本当はどうしたのかしら?」

「事情は知らねぇけど。でも家族ぐるみで、もうこの大陸にはいないかもな。ローニャを攫ってんだ。悪事が明るみに出る前に、さっさと大陸から脱出しているかもしれないぜ」

「そう? 両親の事は知らないけど、ランドはまだこの大陸にいると、私は思うけどな」

「うん?」


 上げられたサイドの仮説に、リプカは首を横に振って否定する。


 何でそう思うんだとサイドが眉を顰めれば、リプカは淡々とその理由を口にした。


「ランドが狙っているのは、私達ギルドメンバー全員だと思う。だから私達が全滅するまでは大陸に残って、一人ずつ襲い掛かって来ると思う」

「オレ達を? 何でまた?」

「それは……」


 そこでリプカは言葉を詰まらせる。


 ランドが何の目的で自分達を狙っているのかは知らない。

 けれどもそこにカルトが絡んでいるのは明らかだ。

 だから自分達を狙っている理由はランドではなくて、カルトの方にある可能性もある。


 けれどもそれをサイドに伝えるのは憚られた。

 グラディウスとは違って、サイドはカルトを信頼している。

 彼がそんな事をするとは微塵も疑っていない。


 そんな彼に、リプカは自分の考えを伝えていいのか迷っていた。

 上手くいけばサイドもカルトを警戒してくれるだろうが、下手をすれば彼を本気で怒らせ、内部分裂という最悪の状態になりかねない。

 今は協力して問題を解決しなければならい時期だ。仲間割れだけはしたくない。


「何でもないよ。ただそう思っただけ」


 そんな事より早く情報を集めよう。

 そう付け加えて歩みを進めるリプカであったがしかし、サイドはその答えが気に入らなかったらしい。

 その場に足を止めると、サイドは疑いの眼差しをリプカへと向けた。


「お前にしては歯切れの悪い答えだな、リプカ」

「そうかな。だって勘でそう思っただけなんだもの。歯切れが悪いって言われても困るわ」


 腐ってもメンバーを纏めるギルドリーダー。

 変なところで鋭いなと、リプカは思う。


 適当な事を言って誤魔化そうとはしたものの、どうやらそれは上手くいかなかったらしい。

 疑いの眼差しを向けたまま、サイドは更に言葉を続けた。


「勘にしたって、歯切れが悪すぎる。お前だったら、例え勘だとしても、もっとはっきり勘だって言い切るだろ」

「……」

「お前、何を知ってんだ? 何かオレに隠してるだろ」

「……」


 まったく、本当に変なところで鋭い。

 そのくらいの観察力があるのなら、カルトの異変に気が付いても良さそうなものなのに。


 仕方がないとばかりに溜め息を吐くと、リプカは観念したように口を開いた。


「……私は、カルトを疑っている。カルディア達を襲ったのは、ランドと手を組んだカルトじゃないかってね」

「……」

「目的は知らない。けど、この事件にはカルトが絡んでいる。そう考えている」


 グラディウスも同じ考えである事は、敢えて黙っておく。

 仲間割れが生じるのであれば、外されるのは自分だけで十分だ。グラディウスの事を話すのは、サイドが同意を示してからにしよう。


 さて、次に飛んで来るのは同意か罵声か。


 身構えるリプカであったがしかし、彼の口から出たのはそのどちらでもなかった。


「で、その根拠は?」

「え?」


 通行人の邪魔になるからと、道の端に寄りながらサイドがその理由を問う。


 塀に寄り掛かりながら腕を組むと、サイドはポカンとしているリプカへと話の先を促した。


「お前が何の根拠もなしに、仲間を疑うハズないだろ。何か理由があるんじゃねぇの? 遠慮しねぇで言ってみろよ。ちゃんと聞いてやるからさ」

「サ、サイドォ……っ!」


 まさかの話を聞く体勢に、リプカは思わず瞳を潤ませる。


 罵声を浴びせられるのではないかと内心ビクビクしていただけに、その心の広い彼の言葉には、半端ない感動を覚えた。


「ううっ、サイド好き。例えハゲていても構わない」

「ハゲは今関係ないだろうがっ!」


 一言多いリプカの感動の声に、サイドは僅かな殺気を覚えた。

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