第13話 狂わない歯車

 翌日の出勤は気が重かった。


 自分が精霊憑きかもしれないという事を、カルトから聞いた他のメンバーから襲われたらどうしよう。

 一人くらいならなんとか逃げられるかもしれないが、五人で一気に襲い掛かられたらどうにもならない。

 どうにかなったとしても、精神的なショックでしばらく立ち直れないだろう。


(そうなったら、この街にもいられないなあ……)


 もしもそうなったら、ムナール達が匿ってくれるだろう。

 彼らは精霊憑きに災厄なんてないという事を世間に広める活動と、リプカのような精霊憑きが、一般の人と同じ生活を送れるようにサポートしてくれる活動を行っている。

 もちろんそんな事をする人間だって世間からは冷たい目で見られるので、表向きは街の小さな学習塾を運営する事によって、本来の活動をカモフラージュしているのだけれど。


 でもリプカが今までこうして普通に生活して来られたのも、ムナール達が彼女をサポートし、どう行動するべきかのアドバイスをしてくれたからだ。

 彼らのおかげで、リプカは精霊憑きという事が周囲にバレず、虐げられる事なく生きて来られた。

 彼らがいなければ、精霊憑きを上手く隠す事が出来ずに、今頃はこうしてのんびりと街を歩く事も出来なかっただろう。

 その点では、ムナール達には感謝しても感謝しきれない。


(でも、いつまでも頼っているわけにもいかないし……)


 昨日の小言を思い出し、リプカは小さく溜め息を吐く。


 生きていく術は教えてもらったのだ。

 この先、いつまでも彼らに甘えているわけにもいくまい。

 何かがあったからと言って、彼らに頼ってばかりではいけない。

 いい加減自立し、自分の力だけで物事を解決するべきだ。


 もしも万が一、カルト達に精霊憑きの事がバレたら、ムナール達は団体の名のもとに、リプカを保護してくれるだろう。

 けれども精霊憑きとバレた人間を保護すれば、いくら保護団体とはいえ、彼らだってただでは済まない。

 自分だけではなく、彼らだってこの街にはいられなくなってしまうだろう。

 いくら何でも、そこまで迷惑は掛けられない。

 もし万が一バレてしまったら、それが彼らの耳に入る前にこの街を出よう。

 それがきっと、自分にとっても彼らにとっても最善の策なのだから。


 そう覚悟を決めて、リプカはギルドの扉を開く。


 しかし幸いにも、彼女のその不安は杞憂であったらしい。

 リプカがやって来た事に気が付いたローニャが、おはよう、と声を掛けてくれた。


「おはよう、ローニャ。どうかしたの?」


 原因はリプカではない。

 だからリプカの精霊憑きがみんなにバレたというわけではない。

 それは分かる。


 しかしギルド内は、いつもの穏やかな雰囲気ではなかった。

 皆が皆落ち着きがなく、男性陣に至っては、険しい表情さえをも浮かべていたのだ。


「……カルディアは?」


 グルリと中を見回して、一人の少女がいない事に気が付く。


 嫌な予感がする。

 もしかしたら原因は、ここにはいない仲良しの彼女ではないだろうか。


 先程とは違って、それは杞憂では終わらなかったらしい。

 ゴクリと息を飲むリプカに、サイドが険しい表情のまま口を開いた。


「もしかしたらリプカなら、カルディアの居場所知っているかと思ったけど。でもやっぱり知らないみたいだな」

「どういう事?」

「戻って来ていないんだよ。昨日の仕事に出掛けたっきり」

「え?」


 サイドに続けてそう答えたグラディウスに、リプカは動揺に瞳を揺らす。


 ギルド・ブロッサムには、日誌という物が存在する。

 日誌にはそれぞれがその日、何の仕事でどこへ行き、帰って来たらその帰宅時間と活動内容や結果などを自分で記入しなければならないというルールがある。

 例えリプカのように一日受付掛かりをやって終えたのだとしても、日誌には受付をしていたという旨を記さなければならないのだ。


 ローニャが言うには、昨日のカルディアの日誌には、仕事に出掛けて来るという事は記入されていたものの、帰って来たという報告がまだ記入されていなかったらしい。

 その上電話を掛けても繋がらず、未だに連絡が取れていないと言うのだ。


「家にも帰っていないみたいなの。心配だよ。まさか何かの事件に巻き込まれたんじゃ……」


 不安そうに、ローニャが胸の前でキュッと拳を握り締める。


 事件に巻き込まれた? カルディアが? それじゃあ今頃彼女は……。


 不安はすぐさま周囲に伝染するモノらしい。

 居ても立ってもいられなくなったリプカは、日誌を持つローニャへと詰め寄った。


「ねえ、ローニャ。昨日のカルディアの予定は?」

「え? あ、ちょっと待ってね。えーと……あ、カルディアちゃんは昨日、子守りの仕事をしていたみたいだよ。小さいお子さんのいる夫婦で、どちらも予定が入っちゃって、代わりに見てくれる人がいないからうちに依頼が入ったの。カルディアちゃんって子供受け良いから。彼女指名の依頼だったみたい」

「場所は?」

「ここから少し離れた所。東区レッド地方の、3―D、マイヤーさん家」

「分かった!」


 場所が特定されるなり、リプカはギルドを飛び出そうとする。


 しかしそんな彼女を、サイドが慌てて呼び止めた。


「ちょっと待て、リプカ。お前どこに行くんだよ」

「どこって東区レッド地方の3―D、マイヤーさん家に決まっているじゃない!」

「やっぱりな、やっぱりそうか。で、行ってどうするつもりなんだよ?」

「決まっているでしょ。その依頼人であるマイヤー夫妻がカルディアを事件に巻き込んだ可能性があるんだから。これから行って、とっちめて、カルディアの居場所吐かせてやるのよ!」


 そう言うや否や、今度こそリプカはギルドから飛び出して行ってしまった。


「やっぱりな。アイツならそう言うと思ったぜ」


 深い、深い溜め息を吐く。

 しかしいつまでも彼女の横暴な行動に頭を抱えているわけにもいかない。

 彼女の言う可能性がある事は確かだが、だからと言ってやり過ぎはよくない。

 だってその可能性と等しくして、その夫婦が無関係である可能性だってあるのだから。


 行ってはいけないとは言わないが、一人で行かせるわけにもいかない。一人で行かせれば、またクレームが入る。

 そう考えると、サイドはギルドの扉に手を掛け、そして残りの三人を振り返った。


「オレはリプカを追う。そっちは任せた!」


 そう一言だけを残して。

 サイドもまた、慌ただしくギルドを後にする。


 中に残されたのは三人、ローニャとグラディウス、そしてカルト。


 その内の一人、カルトは冷めた目で、バタンと閉じられた扉を見つめた。


(リプカとサイドなら、そうすると思ったよ)


 短くはない時間を、彼らとは過ごしている。

 どうすれば誰がどのように行動するかなんて、何となくだが分かっているのだ。


 あれで友達思い、そして考えるより先に行動してしまうリプカは、カルディアが事件に巻き込まれたなんて知ったら、居ても立ってもいられなくなって、捜しに街に飛び出すだろう。

 面倒見がよく、他人を放っておけないサイドは、リプカが飛び出せば、それを追ってギルドを飛び出すだろう。

 そして二人は、見事カルトの予想通りに行動してくれた。


「それならオレは、街の外を見て来るよ」

 だからカルトは知っている。

 自分がどう行動すれば、残りの二人がどのように動くのかも。


 街の外、すなわち魔物の生息する森も一応見に行った方がいいとカルトが立ち上がれば、それを心配したローニャが真っ先に声を上げてくれた。


「一人じゃ危ないよ。あたしも行く」


 最近の自分の行動から、みんなが自分の事を心配している事は知っていた。

 不安定に見える自分を一人にはさせたくないと、友達想いの二人はそう考えてくれるハズだ。


 だから一人で行動しようとすれば、どちらかが付き添おうとするだろう。

 それが心優しいローニャか、常に物事を冷静に見ているグラディウスかは分からないけれども。


「じゃあ、オレはここで待機するよ。カルディアちゃんから何か連絡があるかもしれないし、あの二人が彼女を見付けてくるかもしれないし」


 そして残りの一人は無理に付いて来るような事はせず、ここで待機すると選択するのだろう。

 全部、分かっている。


「おい、カルト。お前、ローニャちゃんと街の外に行くのは構わないが、死ぬ気で守れよ」

「ああ、分かっているよ」

「じゃ、行ってきます、グラン君。何かあったら教えてね」


 そして自分の予想通りに、見事二人も動いてくれた。


(誰か、予想外の行動を取ってくれよ)


 計画は順調。

 カルトはローニャとともに、北区にある森へと向かった。









 真っ黒い体をした、大型の魔物。

 それが悲鳴を上げて土へと還る。


 確実に動かなくなっている事を確認すると、レイラは疲れたように溜め息を吐いた。


「やっぱりキツイですね、C地点の魔物は。これを一人で三体倒したカルトさんって化け物ですか」


 額に付いた返り血を拭う、三つ編みの少女。

 そんな彼女を遠目に見ながら、出番のなかった少年二人は口角を引き攣らせる。


 それを一人で倒したあんたも十分化け物だよ、とは思うが、言えば最後、目の前の魔物と同じ運命を辿るだろう。

 時と場合によっては、言葉にしない事も大事である。


「ですが、さすがにこれ以上は無理ですね。体力が持ちません。D地点の魔物なんて、とてもじゃないけど倒せませんよ」

「大丈夫だよ、レイラ。一応僕達も援護出来るから」

「いえ、無理しないで下さい。二人が戦闘を苦手としている事は私も知っていますから」

「レイラちゃん、一応僕は魔法が使えるし、ムナール君だって拳銃を扱えるんだから。ちょっとは頼ってくれてもいいんだよ」

「大丈夫ですよ、その杖と拳銃が、アクセサリーと同レベルである事は知っていますから。お気遣いは無用です。私の後ろに隠れているだけで、全然構いませんよ」

「……」


 女子の背後に隠れている男二人ってどうなのだろう。

 そう思ったムナールとタウィザーであったが、口には出さずにただ頷くだけに留める。

 どうやらどう頑張っても、レイラは自分達を戦力とは数えてくれないらしい。

 普段からもう少し鍛錬するようにしようと、二人は心に違った。


「それにしても困りましたね。カルトさんの様子が豹変した南区C地点に来れば、何か原因が分かるかと思ったのですが。出て来るのは魔物ばかりで、手掛かりなんて何一つとして出て来ませんよ」


 困ったように、レイラは溜め息を吐く。


 まるで人が変わったかのように、危険区域にて手当り次第に魔物の討伐を始めたカルト。

 彼の豹変に違和感を感じたムナールは、仲間であるレイラ、タウィザーとともにその原因を確かめるべく、彼の様子が変わったという南区C地点の森を調査しにやって来たのだが。


 しかしレイラの言う通り、出て来るのは凶悪な魔物ばかりで、参考になりそうな手掛かりなど何一つ出てきやしない。

 もしかして、調査する場所を間違えたのではないだろうか。


「やっぱりD地点に行くべきかな?あそこは人の寄り付かない未開の地だし……。もしかしたらそこに何かあるかもしれないよね」

「でもD地点はここより危険だよ。僕達三人で大丈夫かな?」

「やはりリプカさんも誘うべきでしたでしょうか」

「……」


 どうやら自分達とは違い、リプカの事はちゃんと戦力として数えているらしい。

 そんなレイラの発言に、二人の心にジャックナイフが突き刺さる。


 しかし二人の心が抉られている事に気付いていないレイラは、暗い影を背負って落ち込む二人に、更に言葉のナイフを投げ付けた。


「仕方がありません。D地点とは言わずとも、もう少し奥まで行ってみましょう。大丈夫です、お二人の事は私が必ず守ります。安心して付いて来て下さいね」

「あ、はい……」


 ニッコリと微笑むレイラに、二人の少年は大人しくナイフを受け取るしか出来なかった。






 その同時刻、カルトはローニャと共に東区へと向かっていた。

 けれどもムナール達がこの時間探索していたのは、南区であった。

 もしも同じ方角へと向かっていたのなら、この事件は防げたかもしれないのに。


 けれども歯車は狂わない。


 狂う事なく、精霊憑きは災厄を呼び寄せる。

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