第6話 秘密の成長期

「あんまりだ! 鈍臭いなんて酷すぎる!」


 とにかく誰かに愚痴を零したい。


 その衝動に駆られたリプカは、報告を終えて戻って来たカルディアに受付嬢を代わってもらうと、勢いよくギルドを飛び出した。


 向かう先は当然ムナールのいる事務所。


 そこにいた彼は、飛び込んで来るなり泣き出したリプカの話を聞きながら、大量に積まれた書類の処理を行っていた。


「仕方ないじゃないか。確かにキミは鈍臭かったんだから」


 走ってもみんなに追い付けないし、勉強をしても常に補習組。

 他人に読めない字も書くし、歌を歌っても何の曲なのかがイマイチ分からない。

 ランチタイム内に食べ終わった事などないし、異性となんて緊張して上手く話せない。


 これを鈍臭いと言わずして何と言うか。

 駄目人間と言われなかっただけまだマシだろうに。


「そうだよ、確かに昔はそんなんだった。でも今は違う。これでもちょっとは成長しているんだから!」


 走れば一般女子よりは早く走れるし、勉強は苦手だけど、私生活に困らないくらいの知識はある。

 手紙で他人との意思疎通も図れるし、みんなとカラオケに行っても、苦笑いしてもらえるくらいには歌も歌える。

 友人とご飯を食べて相手を待たせるという事も少なくなったし、男に厭味や悪口を言えるくらいには異性とも話せるようになった。


 確かに優秀ではないけれど。

 でも、それでも昔よりは多少はマシになったハズなのだ。

 

 いつまで過去に拘るつもりなのだろうか。

 昔ほど鈍臭くはないのだから、もう鈍臭いなんて言うな!


「でもさ、学校を卒業してからみんなと再会してギルドを立ち上げるまで、それなりに時間があっただろう? キミが成長したのも、主にその数年間だったハズだ。だからギルドのみんなのキミに対するイメージが、今よりも昔の方が強いっていうのは当然なんじゃないの?」

「う、でもぉ……」

「だからだろ? みんながキミに危険な依頼は任せず、安全なギルドで、危険のない受付係をやらせているのは」

「むう……」


 パラパラと書類を纏めながら口にされたムナールの意見に、リプカはまたもや押し黙る。


 確かに昔のまま大人になれば、魔物の討伐なんか出来ず、ギルドで受付係をしているしかなかっただろう。

 けれども学校を卒業してから、彼女は急成長をした。

 レイラと一緒に道場に通い詰めたおかげで、多少なりと格闘術も身に付けたし、タウィザーと一緒に魔術の勉強をしたおかげで、ちょっとは魔術も扱えるようになった。

 そしてその稽古によって、体力だってそれなりに付いたのだ。

 街近辺にいる魔物であれば、彼女にだって討伐出来るだろう。


 けれどもギルドの仲間達は、リプカに受付係を任せたがる。

 魔物討伐くらい出来ると言っても誰も信じてくれない。


 それは昔の鈍臭いイメージが今でもあるから。

 万が一外に出して、何かあっては困るから。

 だから仲間達はリプカに魔物の討伐なんて任せない。

 ギルドでの受付嬢が、一番安全なのだから。


「感謝はしても、文句なんて言うべきじゃないよ」

「そうだけど……」


 ムナールの言い分は分かる。

 ギルドの仲間達は、リプカのためにとやってくれているのだから。

 だからこそ、彼女は文句の一つも零さず、嫌な客が来たって笑顔でそれを接客をしなければならない。

 それが、自分のためにとやってくれている仲間達の好意に応える行為だろう。


 けれど……、


「私だって、ちゃんと役に立てる事、みんなにも分かって欲しい」


 受付係を精一杯やる事が一番だという事は、よく分かっている。

 けれどもリプカだって、やればちゃんと出来るという事を認めてもらいたかった。

 みんなと同じように魔物くらい討伐出来るという事。

 昔のまま、鈍臭いだけの女じゃないという事を……。


「そうだね。けど、それは昔から一緒に頑張って来た僕がちゃんと分かっている。確かにギルドのみんなは知らないけれど。でも僕はちゃんと分かっているよ。それじゃあ、駄目かい?」

「……」


 パラリと、書類の捲れる音が静かに響く。


 パッと顔を上げれば、書類に目を落としたまま微笑むムナールの姿が。


「……」


 昔は鈍臭かったリプカに負けず劣らず、ムナールも鈍臭かった。

 だからこそ、二人は切磋琢磨し合って様々な『特訓』を行ってきた。

 そのため、彼女の努力を一番分かっているのは、他でもないこのムナールだろう。


「……」


 そんな彼をしばらく見つめていたリプカであったが、徐ろに表情を歪めると、彼女は不貞腐れたようにそっぽを向いた。


「ホンット、ムナールって意地悪いよねっ!」

「はあっ、何でだよ! 今のは嬉しそうに微笑むところだろう!」


 喜ばれはしようが、怒られる要素などどこにもなかったハズだ。

 こっちだってそれなりに気を遣ったのに。

 それなのに突然怒り出すなんて心外だ。


 しかし、今の何が気に入らなかったんだと、ムナールが勢いよく顔を上げた時だった。


「リプカさん!」


 慌てた様子のレイラが、突然部屋に飛び込んで来たのは。


「レイラ?」

「どうしたんだい、そんなに慌てて?」

「それが……」


 どうしたんだと首を傾げる二人に対して、レイラはその理由を口にしようとする。


 しかしその直後、バタバタともう一人の足音が聞こえてきたかと思えば、髪をハーフアップに結い上げた長い黒髪の女性が、血相を変えて飛び込んで来た。


「リプカちゃん! やっぱりここにいた!」

「ローニャ? あれ、今日休みだったんじゃ……?」


 ギルドの仲間であるローニャ。予定によれば、今日は休みだったハズだ。

 それなのに何故、こんなところにいるのだろうか。


 リプカが訝しげに首を傾げれば、ローニャと呼ばれたその少女は、その大きな紫紺の瞳に薄らと涙を滲ませた。


「大変なの、早く戻って来て!」

「……」


 もしかしたら、ここに来る前に話題となっていたカルトに何かあったのだろうか。


 迎えに来てくれたローニャに緊張の面持ちで頷くと、リプカは心配そうなムナールとレイラをその場に残し、ローニャと共に一目散にギルドへと走り帰った。

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