第8話

 再び場所は王都へ戻る。


 青の騎士団本部などの集まる行政区とは正反対の商業区、その中央にあるひときわ大きな建物では、王都商人の顔役たちが勢揃いしての、会議の真っ最中だった。


「というわけで、今回東部の交通の要衝であるトルスの町が同盟に加入したことにより、王国の商業圏をほぼ網羅できる体制が整いました。もちろん、これは近年王国の版図となった新領も含めたものです。同時に、迅速に王国中に情報を伝達できる体制の整備も完了したことを、併せて報告いたします。私からは以上です」


 ただ一人立ち上がっていた、能吏と言った感じの若者が席に着くと、長机の上席に座っていた初老の男が入れ替わるように立ち上がった。


「さて、これによって、今まで相互不干渉だった王国中の商人ギルドが史上初めて一つに纏まったわけだが、それと同時に王国全体の経済状況も、予測ではなくしっかりとした情報として把握することができるようになった。まあ、ここにお集まりの皆さんはそれぞれ独自の情報網をお持ちなので、ある程度は事前に把握していたとは思うが」


 少しおどけた感じで話す同盟幹部に、苦笑の声がそこかしこから上がる。

 だが同盟幹部の次の言葉で座の空気は一気に冷却された。


「結論から言おう。このままでは十年以内に、王国の経済は破綻する」


 室内がざわつく――ことはなかった。

 代わりに訪れたのは静寂、それも驚愕から来るものではなく、心のどこかでこの日がやってくることを予感していたといった風の緊張感だった。


「やはり決定的だったのは、カイン王太子殿下主導による、近年の領土拡大政策だ。先――失礼、現王も大陸統一の野望を持っていることは王太子と変わらないが、それは軍事と外交の硬軟織り交ぜた緩やかな侵略だった。だが王に代わって若き王太子が実権を握るようになると、王国政情は一変した」


 まだ二十歳そこらのカインが父である王をないがしろにするようなやり方に変えたことに、疑問を持つ者はこの場にはいなかった。

 現王が病に倒れて意識が戻らないこと、そして魑魅魍魎が跳梁跋扈する王宮において、なんとまだ十代だったカインが誰の後ろ盾も得ずにすべての政敵を蹴散らして主導権を握った、という情報を全員が掴んでいたからだ。


「この拡大政策によって、食糧を始めとした王国内の流通量は急激に低下した。若い男を中心に戦死者も相次ぎ、消費量も減少していることから飢饉こそ免れているが、同時に働き手を失っているため以前の水準に戻すのは容易なことではない。――それもこれも、これ以上の戦が起きないことが大前提だが」


 その報告に室内に重苦しい雰囲気が流れるが、それと同時になぜか安堵の色を見せるメンバーも少なからずいた。

 そしてその視線はある一点、長机の最上席に座る、柔らかな雰囲気を持つ一人の青年に注がれていた。


 同盟盟主アベル。


 五年前、ある中堅商会の後継者に指名された彼は、前会長の持つコネクションを最大限に利用して王国中を飛び回って人物という人物に会い、その知識や経験を貪欲に吸収した。

 そして前会長の予言した、五年よりもはるかに短い二年で商売の全てを知り尽くしたアベルは、この先やってくるであろう厳しい時代を見越して同盟を設立、王国経済の効率化を目指した。


 驚くべきは同盟の規模拡大のスピードだった。


 まるで後継者指名最初の二年の頃からこの状況を予期していたかのように、アベルと知己を得た有力者が続々と同盟入りを表明。

 これには百戦錬磨の王都の大商人たちも、情報を得た時にはすでにアベルの手腕を認めざるを得ない状況になっていた。

 そして同盟立ち上げから三年後、根気強いアベルの交渉に王都圏中の商人が同盟の仲間入りを果たし、自動的に王国全土に影響力を持つ一大組織へと急成長したのだった。


「それで、同盟傘下の商会の現在の経営状況はどうですか?」

「は、はい」


 会議が始まってから初めて穏やかに口を開いたアベルの質問に、担当幹部が鯱張りしゃちほこばりながら立ち上がる。


「今日までに届いた報告では、赤字を出した商会は全体の一割程度ですが、経営に影響するほどの損失を出したところは一つもないそうです」

「そうですか、それはよかった。同盟の意義がようやく出てきましたね」


 そう言って安堵の言葉を紡いだアベルに内心同意した幹部は、一人や二人ではなかった。

 それもそのはず、もはや恐慌寸前まで悪化している王国経済において、主だった商会がまだ一つも破産していないという不可思議な現象が現在発生している。

 その理由はもちろん同盟だ。

 相互扶助を目的とした同盟に入ることによって商業の流通を一元管理し徹底した効率化を図った結果、本来ならすでに潰れていてもおかしくない中小の商会がこの状況の中でも生き残れるようになったのだ。

 もし同盟がなければ、やがてその影響は大商会にも当然飛び火して甚大なダメージをもたらしていただろう。

 この室内には、同盟入りしていなければ今頃はとっくに商人の看板を下ろす羽目に陥っていたであろう者たちが少なからずいた。

 そして、彼らを含めた幹部全員が心の拠り所としているのが、この場にいる最年少であるはずのアベルという若者なのだ。


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