第6話
時はさらに五年進む。
良くも悪くも鮮烈な初陣を飾った王子カインは、順調に戦果を上げ続けていった。
王国にとっては、初戦こそ苦い記憶となったが、それは実際に刃を交えた隣国を含めて王国と領土を接する国々にとっても同じことだった。
多少の不利など物ともせず、たった一人で戦局を覆すカインという脅威に、警戒を強める各国。
現国王以上に好戦的なカインを討とういう複数の敵国から、両の手では数えきれないほどの侵攻を受けながらも、カインはそのことごとくを退けつつ、逆侵攻をかけて次々と領土を切り取っていった。
――初陣と変わらず、少なくない味方の犠牲を戦のたびに払いながら。
そんな中、王都にある三大騎士団の一つ、青の騎士団本部のある一室では深刻そうに話す二人の男女がいた。
「団長、今回の戦死者遺族への補償の手続きが完了しました」
一人は、士官用の軍服の中に窮屈そうに自分の体を押し込んだといった感じの偉丈夫。
一見すれば騎士団の長と見まごうほどの貫禄を持っているが、その言葉遣いは明らかに目上の者に対するものだった。
「ご苦労でした、副官殿。これで、先の戦の戦後処理はひと段落しましたね」
そう年上の副官に応じながら、部屋の奥の椅子に腰掛けて頭の痛い報告を聞いているのは、流麗という言葉が似合う男装の麗人。
その立ち振る舞いはこの部屋の、青のの騎士団長執務室の主にふさわしいというほかなかった。
「ですが団長、我が騎士団だけでも失った騎士の数は十ではききません。これだけの数の士官をこうも立て続けに失っては、命令系統すら維持できなくなります」
「……しかもカイン殿下は、一年以内のさらなる侵攻をお考えのようです」
「真ですか!?」
青の騎士団長の言葉に目を剥いて驚きを見せる副官。
「さきほど出席した会議で正式に王子、いえ、先日正式に立太子の儀を終えられた、カイン殿下御本人の口から告げられました。確かに敵が退いた今、戦略的に追撃をかけるべきなのは理解できます」
「しかし、それは王国軍の力が健在だという前提あってのもの。このまま熟練騎士の減少が続けば、いずれ再起できないほどの大敗を喫しますぞ」
暗に王国批判をする副官。
本来ならそれをたしなめるのが上官の役目と分かりつつも、自分よりもはるかに実戦経験の多い年上の部下による、実感を伴った重い言葉に、青の騎士団長は反論ではなく会議の続きを説明することで応えた。
「ところが、殿下は指揮官が不足している問題は、近衛騎士団で補うと仰られました」
「そんなことが可能なのですか!?」
「どうやら、連戦連勝の殿下直属の近衛騎士団の人気が急上昇しているそうで、王国内だけでなく他国の名のある傭兵なども続々と集まっているそうです」
「なんと……」
「しかし、殿下はどこまでやるおつもりなのか――」
首を振りながらため息をつく青の騎士団長。
それが王太子カインの急激な軍拡政策に対するものであることは、副官にも容易に察せられた。
「侵攻に次ぐ侵攻で疲弊しているのは軍だけではありません。噂では、占領した土地に派遣する内政官の育成も追いついていないとか。また、新たに加わった領民の反発も強く、新領地のあちこちで反乱の兆しがあるとも聞きました」
「近頃では、王国に辛酸をなめさせられている国々が同盟を結んで対抗しようという動きもあると、間諜の報告もありました。まさに内憂外患ですな。ですが団長、さすがにそろそろ陛下が殿下をお止めになるのでは?」
現国王は政治手腕に長けているという評判はただの噂ではない。
そのことをよく知っている副官は、鶴の一声によって王太子カインの拡大路線に歯止めがかかることに期待していた。
だが、男装の麗人の顔色は優れないままだった。
「いいえ、それは期待できそうにありません」
「なぜですか団長!? カイン殿下を止められるのは今や陛下御一人のみです! そのことを陛下がご存じないはずがありません!」
「……このことは他言無用です。実は、一月前に陛下がお倒れになられました」
「――っ!?」
人生でも一二を争う衝撃を受けた副官は、一月前と言えばそれまで一度として前線を離れることのなかったカインが突然王都へ帰還し、残された側近たちが右往左往していたことを思い出していた。
「幸い、一命は取り留められたのですが、意識は戻らないまま小康状態が続いているそうです。このことは、私を含めた三大騎士団長と、陛下ご側近のごく一部しか知りません」
「では、このままでは――」
「ええ、遠からずカイン殿下が王位を継承し、王国の内外でこれまでよりも厳しい情勢になることはほぼ間違いないでしょう」
「なんと……」
暗黒の未来を想像して絶句する副官。
カインがまだ暗愚なだけだったら、ここまで絶望はしなかった。
そのいで立ちは見目麗しく、剣を取れば叶うものなし、さらには出自にこだわることもなく身分の低い者にも気さくに声をかける性格。
これで庶民から人気が出ないわけがない。
副官自身もほんの数年前までは、そんなカインをほほえましく見ていたものだ。
だが、それもこれもカインが子供だったからこそ。
実際に王となり政治に関わることになれば、そんなカインの美点は足かせへと一気に変貌する。
自己主張の強すぎる君主ほど始末に負えないものはない。
なぜならそんな王の功績の陰には、必ずと言っていいほど膨大な数の屍が積み上がることになるからだ。
そしてそれは、敵よりも味方の方に多大な犠牲を強いることになると副官は予感していた。
「時に、ある噂が市井の間に飛び交っているのは知っていますか?」
「噂、ですか?」
そんな上官の切り出しに、直視できない話題を無理やり切り上げたのかと副官は思った。
「なんでもカイン殿下には双子の兄がいて、そのもう一人の殿下は生まれた直後に王宮から出され、今は市井に紛れて暮らしているそうです」
「眉唾ものですな。今頃は衛兵隊によって噂の出所が突き止められ、犯人が逮捕されている頃でしょう」
どこの命知らずか知らないが、近いうちに極秘裏に処刑されて終わりだろう。
副官の感想はそれだけだったが、青の騎士団長は首を振ることでその結末を否定した。
「それが、どうやら噂の出所は衛兵隊が手出しできないほどの身分の持ち主らしいのです」
「――それが本当なら、真偽のほどはともかく立派な反逆罪ですぞ」
「ええ、そこまで具体的な話が出てきている以上、間違いなくその人物は実在するのでしょう。それも王宮の奥深くに関われるほどの人物です」
「なんと……」
「それからあともう一つ、最近まことしやかに囁かれている噂があるそうです」
「どのような?」
(もし、もしそのもう一人の王子が王になるにふさわしい人格を備えていたなら――)
埒もない噂話に自分の心が躍ることに躊躇しながらも、副官は青の騎士団長の話の続きを急かさずにはいられなかった。
「その王子の名はアベル、と言うのだそうです」
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