第4話
五年後、15歳になった王子カインは、長年険悪な関係にある隣国と小規模な衝突があったということで、次期国王としての箔をつけるために戦地へ赴くことになった。
もちろん、近衛騎士を始めとした厳重な警護付きで、敵軍から狙われる心配のない、はるか後方に陣取るだけの安全な役目――
そのはずだった。
「敵襲!! 敵襲ーーー!! 敵奇襲部隊が右前方より出現、味方防衛線を突破!! まっすぐこちらに向かってきております!!」
背中に何本もの矢を生やした伝令が息も絶え絶えに報告してきた時にはすでに、到底味方のものとは思えない砂塵が撒き上がる光景が、カインにも見え始めていた。
「くっ、おそらくは我らの数倍の数、あの勢いを止めるのは至難の業だぞ……!!」
「殿下、ここは我らで食い止めるゆえすぐに脱出を!!」
エリート中のエリートである近衛たちが悲壮な覚悟を決める中、側近の一人がカインを逃がそうと進言する。
だが、それに待ったをかけたのは他ならぬ王子本人だった。
「何を言う! 敵が俺の目の前までわざわざ首を晒しにやってきたのだぞ、これで手柄を求めずにいられるか! 全員俺に続け、この手で敵を討ち滅ぼしてくれる!」
「王子! お待ちを!」
側近が制止の声をかけた時には、もう遅かった。
稲妻もかくやという速度で愛馬に飛び乗ったカインは、部下が呆気にとられるのにも構わず、なんと単騎駆けで敵部隊に突撃を始めてしまったのだ。
「ええい、全員突撃! 王子に続け! 敵に背中を見せた臆病者はこの私が斬る! 行け行け行けーーー!!」
その側近の絶叫にも似た言葉で、近衛騎士たちが一斉に動き出す。
もはやこうなっては陣形など気にしている場合ではない。
ここで王子を死なせて自分たちだけが生き残っては、自分のみならず家族や一族縁者に累が及ぶ。
彼らにとって意図しない形ではあったが、護衛として果たすべき責務を全うするためにはカインを追わざるを得なかった。
だが、そんな彼らの覚悟をさらに裏切る展開が、直後に待っていた。
装備一切が最高級、愛馬も王国一番の駿馬で、乗り手は性格以外に欠点無しといわれる天才。
そんな、先行するカインに普通の一流である近衛騎士が追い付けるはずもなく、とうとう単独で敵部隊に接触、仕える主の無残な最期をせめて目に焼き付けようとした次の瞬間――
ドガアアアアアアァァァン!!
「はっはあ!!」
派手な音をまき散らしながら宙に舞ったのはカインではなく、なんとその十倍に値する敵の鎧姿だった。
「……な、何をしている! 王子の御力で敵の陣形は崩れたぞ!今ぞ好機、全員突撃、突撃だ!」
最初こそ馬上にて呆然としていた近衛騎士たちだったが、側近の檄で一瞬で覚醒、たった一人で血路を切り拓いたカインに恐れを抱きつつも、目の前の戦場に飛び込み始めた。
こうして、敗色濃厚だった隣国との戦はカインの単騎駆けによって一気に形勢が逆転、なんとそのまま突き進み続けたカイン自らの手で敵大将を討ち、奇跡の勝利をつかみ取った。
だが、戦術的には無謀としか言いようのないカインの突撃によって、本来は安全な護衛任務のはずだった近衛騎士のほとんどが戦死、さらに強引な反転攻勢によってその他の味方にも甚大な被害が出た。
また、勝利という名誉こそ得たものの、追撃戦すら行えないほどの戦死者を出したカインに対して、軍部からの評価は驚くほど低く、特に有力者がほとんどを占める近衛騎士の遺族にとっては忘れがたい恨みとなって、王国に不穏な空気を残すことになったのだった。
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