その③
「ん? どうした。剣に手を掛けているが、主君に禁じられたはずじゃないのか」
「――父上は貴方のせいで死んだのですね」
「父上? なにを言っている?」
「わたくしの名はエーリカ・H・レーヴェン。レーヴェン公爵の娘です!」
名乗ると同時に剣を抜き、アルフォンヌ伯爵へその切先を向けるわたくしはきっと鬼の形相だったことでしょう。
「覚悟しなさい。アルフォンヌ伯爵。貴方が犯した罪、その命で償って頂きます」
当然ながら父上が犯した罪を正当化するつもりなどこれっぽちもありません。それでも、娘としてこの男を許す訳には参りません。
「エリィ! 剣を下ろしなさい!」
「嫌ですっ。この男はワタシの手で処断します!」
「命令です! 剣を下げなさい!」
アリス様が一番嫌いな言葉を使ってまでわたくしを止めようとします。ですがいまばかりは従えません。
「――アリス様、申し訳ありませんっ」
社交辞令的な謝罪と同時に剣を構え直し、余裕の構えを見せる伯爵に切り掛かります。
「でぁぁぁーっ」
父上の仇を取り、アリス様を御守りしたい――その一心で伯爵に向かいますが空しくも振り上げた剣は空を切ります。
「どうした? 掠りもしてないぞ?」
「――!」
「それで騎士とは笑わせるな」
騎士と言っても実践経験は皆無のわたくしです。彼から見れば勢いに任せた動きだったのでしょう。嘲笑う伯爵はようやく剣を抜き、剣先をこちらへ向けます。
「エーリカだったな。貴様も父のところへ、送ってやるっ!」
「⁉」
「ほう、レイピアか。護身用の剣とは騎士が持つそれにしては些か頼りないな」
「――アリス様を御守りするには十分過ぎる物ですっ」
寸前のところで伯爵が攻撃を剣で受けるわたくしに押し返す余裕はありません。力の差があり過ぎます。
「騎士と言っても所詮は女か」
力試しにもならんと吐き捨てる伯爵。このまま殺すのは面白くないと間合いを取るかのように数歩後ろへ下がり、剣を構え直します。このままでは負ける。わたくしが負ければアリス様も――それは絶対に嫌です!
「なんだ? 怖気づいたのか」
一向に剣を構えないわたくしに嫌気が差してきたのか、伯爵は他人を小馬鹿にするような口調で囃し立てます。そして――
「――っ⁉」
伯爵が突き出した剣がわたくしの左頬を掠めます。防御の姿勢すら取る暇なく、ただ反射的に避けるだけのわたくしは痛みで顔を顰めます。どうやら頬に刃が当たったようです。
「エリィ!」
アリス様がわたくしの名を叫ばれ、同時に伯爵の視線がわが主君に向かいます。
「アリス様お逃げくださいっ」
主君を守るべく剣を構えるわたくしはまだ顔を顰めています。掠り傷程度と言うのに剣で切られるのがこれほど痛いとは。こんな思い……アリス様にはさせられません!
「主君を守るその心意気は認めよう。だが貴様のような女には無理な話。大人しく殺されるが良い」
「アリス様はわたくしが御守りします。アルフォンヌ伯爵。その命、わが主に代わり頂戴します!」
アリス様を御守りする為、フェリルゼトーヌの未来を作る為、そして父上の仇を取る為、わたくしは己を鼓舞します。
「であぁぁぁーっ!」
力の限り振り下ろす剣は彼を掠りすらせずに空を切ります。しかしそれで良いのです。
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