その⑤

             ◇ ◇ ◇


 宿舎へ戻り、宿代わりに使用させて頂いてる部屋に入るとアリス様はすぐに封筒を見せてくださいました。アリス様が見せて下さる封筒の宛名はアルフォンヌ伯爵。そして裏側の隅に書かれた差出人の名。いずれも見慣れた筆跡でした。間違いなく父上が出して手紙でした。

(父上は一体いつから伯爵と……)

 貴族同士、なにかしらの交流があるのは普通のことです。クーゼウィンにいた頃ならきっと疑問に思うことすら無かったでしょう。ですが父上は大逆で処刑された身。彼とは良くない繋がりがあったと考えるのが自然でしょう。

「アリス様、読んでも宜しいですか」

「大丈夫?」

「はい。父上がもしなにかを企てていたのなら、それを知り、回避させる義務がワタシにはあります」

 もし、万が一にもフェリルゼトーヌを陥れる企てを父上が立てていたとするなら、その責はわたくしが背負わなければなりません。だからこそすべてを知る必要があるのです。わたくしは覚悟を決めて便箋に認められた文字に目を通しました。

「――親愛なるアルフォンヌ伯爵 貴殿から届いた手紙について回答したい」

 便箋に書かれた文章は表書き同様、間違いなく父上が書いたものです。使われている便箋も父上が好んで使っていたものです。なにより幼い頃から見てきた父の文字を見間違えるはずがありません。


――結論から言えば貴殿の考えには賛同出来るだけの価値がある。金の輸出を止めたことを口実に兵を出せばさほど波風は立つまい。クーゼウィン王はただの駒だ。歯向かうなら殺せばよい。問題は――


「――フェリルゼトーヌ王だ。奴がいる限り金鉱を手中に収めることは不可能に等しい。貴殿が王になることもまた然り……アリス様」

「なに?」

「私を御処分下さい」

 さすがに今回は逃れる訳に行きません。父上はクーゼウィンだけでなくフェリルゼトーヌまで手に掛けようとしていたのです。

 父上がアルフォンヌ伯爵へ宛てた手紙には二人が裏で繋がっていることを暗に示していました。互いの利権の為に国を売り、主君を裏切ろうとしていたのです。

「言い逃れは致しません。どうか御処分を」

 自分の知らないところでの話とは言え、貴族の娘として父上が犯した罪を償う責務があります。これ以上、アリス様の慈悲深さに甘える訳には参りません。

「覚悟は出来ております。わたくしに死をお申し付けください」

「それは出来ないよ」

「なぜですかっ。ワタシはっ!」

「なにをしたの?」

「え?」

 罰を与えなければならい程の過ちを犯したのか、そう問われるアリス様に言葉を返せません。

「エリィはなにか悪いことをしたの? してないよね」

「ですから父上が――アリス様⁉」

「お願いだからっ! お願いだから、そう言うの止めよ?」

 突然わたくしを抱きしめられたアリス様は涙声でした。

「エリィはたくさん辛い思いをしてきた。それを乗り越えて私の騎士になってくれた。私にとっては十分なんだよ」

「ワタシが、レーヴェン家が犯した罪は命で償うべきものです。それでは贖罪にすらなっていません」

「だったら私を殺しなさい! 私を殺せば大逆罪で死罪になれる。そこまでの覚悟があるの⁉」

 顔を上げ、わたくしを見つめるアリス様の表情は本気でした。いまここで殺されても後悔などないと言わんばかりに瞳の奥は据わっていました。

「死んで償いたいならそのくらいの覚悟はあるよねっ⁉」

「アリス様おやめ下さい!」

「私はあるよ! 自分の命すら大事にしない家臣の責任を取る覚悟、私にはあるよ!」

 早く剣を抜けと言うアリス様はじっとわたくしを見つめます。本当にこの人は殺されても良いと思っている。そんなある意味狂気じみたアリス様の発言でわたくしはようやく我に返りました。そして、

「出来る訳ないじゃないですか!」

吐き捨てるように叫び、同時にアリス様をギュッと抱きしめ返しました。

「アリス様を殺すことがどうして出来るのですかっ。ワタシは貴女の騎士なのですよ!」

「だったらもう、馬鹿な真似は言わないで。私だってこんなことで死にたくないしね」

「アリス様……」

「なに?」

「申し訳ありませんでした」

 ようやく頭が冷えたそんな感覚でした。アリス様に自分を殺せなどと言わせてしまった己に嫌悪感を覚えます。

「少し、風に当たってきます」

 抱きしめていたアリス様から体を離し、冷静さを装うわたくしは部屋を後にします。本当のことを言えば、まだ頭は冷え切っていません。感情的になり過ぎた分だけ冷静さを取り戻すのも時間が掛かるようです。いまは一人になり心を落ち着かせる必要がありました。

(これ程までに感情的になってしまうとは。わたくしは騎士失格ですね)

 御守りする立場であるに関わらず、アリス様に「自分を殺せ」など言わせてしまいました。本当に愚かな人間です。それでもアリス様はそんなわたくしを認め、親友だと言ってくださいます。

「本当に御心の広い方ですね」

「それがアリス殿下だ」

「グラビス様?」

 部屋を出てすぐのことです。独り言に返す声に振り返るとグラビス様が厳しい表情をされていました。

「もしかして聞いていたのですか?」

「すまない。伝え忘れたことがあって後を追ったのだが……レーヴェン家の人間だったんだな」

「まだ名乗っていませんでしたね。エーリカ・H・レーヴェンと申します」

 ようやく名乗ることが出来たわたくしは改めて話を聞いていたのかと尋ねました。すまないと断りを入れるグラビス様はどこでアリス様と知り合ったのかと尋ねられました。

「殿下はクーゼウィンへ逃げられたが、向こうで知り合ったのか?」

「はい。初めてお会いしたのはアリス様がクーゼウィンに来られた翌週でした」

「そうか。しかしなぜ一緒にフェリルゼトーヌまで来たんだ」

「わたくしはクーゼウィンに滞在中のアリス様の御世話を仰せつかっていました。その縁でお供致しました」

「殿下との会話を聞いていたが、本当になにも知らなかったんだな」

「はい。神に誓って」

「そうか。ならばなにも言うまい。ただ、もう一つ聞いても良いか?」

「なぜ国を離れてまでアリス様と行動を共にしているか、ですか」

「レーヴェン家は確か公爵家。その娘となれば王の妃候補にもなる。そんな令嬢が異国の姫君の為に国を離れるとは思えん」

「……わたくしは重い十字架を背負っているのです」

 わたくしはクーゼウィンでの出来事をなに一つ隠さずお話しました。隠す必要などありません。いつかは明かさなければならない秘密ばかりなのです。場合によっては捕らえられるかもしれませんが覚悟の上です。全てを打ち明けるわたくしをグラビス様は睨みつけ、右手は腰に下げた剣へと伸びています。

「なぜ殿下を狙った。答え次第ではここであんたを切らなければならん」

「覚悟のうえでお話しています。わたくしは父、コルネリオ・フロシュ・レーヴェンの命でアリス様の命を狙いました」

「実の父親から……だと」

「父上の本当の狙いは国王サミル様でした。アリス様が国内で殺されれば陛下の権威は失墜します」

「そこで謀反を起こせば……か。どの国にもいるもんだな。エーリカと言ったな。あんたは殿下を本気で殺そうとしたのか?」

 グラビス様の表情は先程より柔らかくなっています。ですが手は剣に添えられたままです。答えによってはこの剣を抜くと暗に警告されますが、わたくしは首を横に振ってそんな意思はなかったと答えました。

「もしそうだとするならわたくしはこの場におりません。それにアリス様はわたくしの偽りの殺意に気付いておられました」

「そうか」

「剣を抜かないのですか」

「殿下はあんたを御許しになり、騎士としてお側に置かれた。なら俺たちはそれに従うまでだ。だが、他言するな。命が欲しけりゃ黙ってるんだ」

「肝に銘じておきます」

「それから、殿下に『勝手に街へ出るな』と伝えてくれ。昔から殿下は城を抜け出しては俺たちを困らせていた」

「アリス様……」

 予想はしていましたがやはりそうでしたか。わたくしも同じ経験を幾度となくしてきたので騎士団の方々の苦労が目に浮かびます。

「その顔だと、あんたも殿下には振り回されてきたようだな」

「ええ。ですがアリス様のお陰でいまのわたくしがあります。アリス様には感謝しかありません」

「そうか。ならばその御恩をしっかり返せ」

「はい」

 執務室に戻ると言われるグラビス様は去り際にわたくしの肩を数度叩きエールを送って下さりました。その期待にわたくしがどのくらい応えられるか分かりません。それでも騎士としてこの身をアリス様に捧げる決意に変わりはなく、むしろグラビス様の気遣いにより一層アリス様の為に尽くそうと思うのでした。

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