その⑥

            ◇ ◇ ◇


 セルフィスを出て最初の夜は街道からやや逸れた川辺で過ごすことになりました。これまで何度も経験してきたことですが、いまさらながら女のみで野営をするなど危険極まりない行為と思ってしまいます。わたくしはともかく、アリス様の身になにかあってはいけません。獣除けの焚火の番もありますし、今夜は徹夜になりそうです。

(そういえば街道沿いに小さな村があるとアルク様が言われていましたね。明日はその村に辿り着けるでしょうか)

 街のような宿は無かったとしても宿泊場所はあるだろう、そんな淡い期待を胸に焚火に薪を足すわたくしはすぐ横で眠るアリス様に目をやりました。

「このような中でもこんな幸せそうな寝顔をされるとは。久しぶりに一日中歩かれたのでお疲れになったのですね」

 敷物を敷いた上でお休みになっているとはいえ、寝心地は明らかに悪いはずです。それでもしっかり眠れているのはそれだけ疲れている証拠なのでしょう。明日も一日歩くことになるのでゆっくりお休みいただきましょう。

(朝になったら体中が痛いと言われるかも知れませんね)

 その時は出発するのを少し遅らせましょう。アリス様は少しでも早く王都へ辿り着きたいとお思いでしょうが、それは万全の態勢で初めて成立することです。体調に不安があるなら出発を遅らせてでも休息を進言するのも臣下の務めです。


 ――エリィ?


 日が沈んでどのくらい経った頃でしょうか。ふとアリス様がお目覚めになり、寝ぼけ眼でこちらを見つめられました。

「まだ起きてたの?」

「すみません。起こしてしまいましたか?」

「ううん。大丈夫」

 ゆっくりと起き上がり大きく欠伸をされるアリス様は「どのくらい寝てた?」と尋ねられます。正確な時間は分かりませんが、夕食代わりの携帯食料を食べたのが日没前でしたのでそれほど経ってはいないと思います。

「2~3時間くらいだと思いますよ。夜明けまではだいぶあります」

「なんだ。まだそのくらいしか経ってないんだ」

「火の番は私がしますのでもう一度お休みになって構いませんよ」

「それはダメ。エリィもちゃんと寝ないと」

「ですが……」

「もう。そこは平等。エリィだって疲れてるんだから。休まなきゃダメだよ」

 アリス様は交代で寝ようと言われますがいまはまだ寝る気になれません。睡魔に襲われていないのも理由ですが、少しだけ一人になりたいと思ったのです。

「なにか悩みでもある?」

「また顔に出てましたか」

「なんか難しい顔してた。私で良いなら聞くよ?」

「……ワタシは、アリス様がこの国を王家の手に取り戻す未来しか信じていません」

「うん」

「ですが、この国の民たちはそれを願っているのだろうかと。不謹慎にもそう思ってしまうことがあります」

 時と場所によっては不敬だと、逆賊だと言われるかも知れません。本当なら胸の内に隠しておくべき感情を吐露する臣下をアリス様は怒ることなく、ただ小さく静かに頷き共感されました。

「実はね、私も実際のところどうなんだろうって、ちょっと考えてた」

「え?」

「セルフィスで私に気付いた人は一人もいなかった。王都から離れてるし当然だよね」

「気付いておられたのですね」

「そりゃね。チヤホヤされたいって訳じゃないよ。でも王家って民からはその程度に思われてるのかなって」

 自嘲気味に笑うアリス様に慰めるどころか励ます言葉すら見つかりません。臣下として、友人としてどう声を掛けたら良いのか答えに辿り着かないのです。

「私ね、あの政変で国が変わったと思ってたんだ。アルフォンヌ伯爵が民を苦しめてると思ってた」

「はい」

「でも実際は違って、私が知ってるフェリルゼトーヌのままだった。だったら王家なんか必要ないんじゃないかって」

 いまのアリス様はすごく後ろ向きでした。もちろんわたくしの発言がきっかけとなったのは否めません。それを差し引いてもこれ程までネガティブになられるとは相当思い悩まれていたのですね。そう思うと胸が苦しくなりました。

「アリス様。ワタシにはアリス様の苦しみを取り除くことは出来ません。ですが――」

「なに?」

「分かち合うことは出来ます。辛いことは私にぶつけてください。ワタシが苦しかった時、貴女にぶつけたように。ワタシが全部受け止めます」

「……ありがと。でもいまはまだ大丈夫かな」

「アリス様……」

「心配しないで。話を聞いてくれただけで十分スッキリしたから。エリィに甘えるのはほんとにダメな時の為に残しておくよ」

 ニパッと笑うアリス様はそう言ってわたくしに眠るように勧めます。火の番はするから大丈夫とアリス様は仰いますが、主君が休まれない中で横になるのやはり気が引けます。そんなわたくしにアリス様は頬を膨らませます。

「エリィ~、そこは身分関係ないよ」

「ですが……」

「少なくとも私は気にしないし、そんな主君になりたくない」

「……わかりました。なにかあったら絶対起こしてくださいよ」

 主君の気遣いを無下にするのは家臣の名折と言うものでしょうか。少しですが眠気を感じるようになりましたし、いまはアリス様の優しさに甘えて少しだけ休ませて頂きましょう。

「それでは少しだけ休みますね」

「うん。おやすみ」

「はい。おやすみなさい」

 焚火から少し離れ、出来るだけ平らな場所を選び横になるわたくしは目を瞑ります。パチパチと薪が燃える音がなぜか心地良い子守唄のように聞こえます。

 明日もまた1日中歩くことになります。あとでアリス様に休んで頂かなければなりませんが、いまはわたくしがしっかり休息を取らなければ。アリス様を御守り出来るのはわたくしだけなのですから。

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