その②

 


                 ◇ ◇ ◇



 早朝――


 国を離れるわたくしたちを悲しむかのような雨の中、離宮の前には一台の馬車が停まっていました。その周囲には騎馬兵の姿が多数あり、その光景だけを見れば物々しく、街中で同じ場面に出くわせば必ず足を止めてしまうことでしょう。

「それではアリス様。準備は宜しいですか」

 馬車を前に社交辞令的な問い掛けをするとアリス様は頷かれ、見送りに来た離宮の従女たちと言葉を交わされます。その様子を少し離れた場所から見守るわたくしの表情はきっと穏やかだったことでしょう。アリス様と歩む新たな世界に不安など存在しません。ただ一つ、心残りがあるとすればサミル様のこと。事情はともあれ、こちらから婚約を破棄したのですから合わせる顔などありません。それでもこれから一人でこの国を導くことになる彼を心配しないなど出来ようがありません。

「エーリカ様。よろしいですか?」

 愛しき人を思いながら、従女たちとの別れを惜しむアリス様を眺めていると騎兵の一人が声を掛けてきました。

「国王陛下がお見えです。エーリカ様にお会いしたいと」

「……いま、なんと?」

兵の言葉に耳を疑います。フェリルゼトーヌの騎士になったと言え、わたくしは国外追放を申し付けられた身です。そんな罪人に国王陛下が会いたいなど――

「わたくしは国を追われる罪人です。陛下に合わせる顔など――」

 陛下に合わせる顔などない。そう口にしようとした時です。馬車の陰、近衛兵の後ろからこちらを見るサミル様の姿が目に入りました。

 きっとご自身でも罪人と会うタブーを犯していると自覚されているのでしょう。バツの悪そうな顔をされたサミル様が近衛兵の間を縫って、雨に濡れるのも厭わずわたくしの前に来られました。

「アリス殿下のご出発となれば顔を出さない訳に行かないだろ」

「それではアリス様を――」

「――エーリカ」

 アリス様を呼びに行こうとするわたくしを引き留めるサミル様は人目を憚らず、国王と言う立場も忘れてわたくしを抱きしめて下さいました。思わぬ抱擁に硬直しているのが分かります。

「国王が人前ですることではありませんよ」

「わかっているさ。アリス殿下を頼む」

「はい。この命に代えてでも御守りします」

 別れの言葉にしては短過ぎるかもしれません。ですがわたくしたちにはこれで十分でした。わたくしはもうクーゼウィンの騎士でもなければ公爵令嬢でもありません。フェリルゼトーヌの王女、アリスリーリア殿下を御守りする騎士なのですから。

「あ、サミ君。来てくれたんだ。ありがとね」

「アリス様! サミル様に向かってなにを――サミル様?」

「別に構わん。歳は彼女の方が上だ」

「で、ですが……」

 サミル様がお優しいだけなのか、それともわたくしが鋭敏になり過ぎているだけなのでしょうか。歳が近いということもあってなのかお二人とも着飾ることなく談笑されています。もしかしたらこれまでもお二人の時はこのように身分など関係なく、同世代の友人として語り合っていたのかもしれません。そう思うと少しだけアリス様に嫉妬してしまうわたくしはきっと心が狭いのですね。


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