終焉王女と覚醒騎士の王国創世記

織姫みかん

序章


 新暦1769年2月24日 深夜――


 「姫様こちらへ!」

 暗闇の中、ウィルの声だけを頼りに王宮の中を走る私の背後には炎と煙が迫っていた。

 近衛騎士として私の護衛を務める彼は時折、立ち止まっては私が付いて来ていることを確かめ、私が暗い中で迷わないように声を出して誘導してくれる。

 「ウィル! なにがあったの⁉」

 「反乱です! 何者かが城内に火を放ちました!」

 「そんなっ。陛下は……父上は! 母上は!」

 父と母の身を案じる私になにも答えないウィルは私の手を取り、廊下左手にある部屋の中へ入った。ここは父上の執務室。普段は王女の私でさえ気安く入ることは許されない場所。

 「アリス様。ここまで来れば安心です。ご安心ください」

 「答えなさい。フェリルゼトーヌ王と王妃はご無事なのですか!」

 「……申し訳ございません」

 「そんなっ」

 「近衛騎士我々が御寝室に向かった時には既に火が回っており……」

私だけでも助けようと急いで駆け付けたと言うウィルは跪き、父上たちのことの許しを乞うた。

 「……近衛騎士であるにも関わらず、陛下をお守りできませんでした。申し訳……ございませんでした」

 「他の者は無事なのですか」

 「アリス様。そこの書棚には細工があり、隠し通路になっています」

 「答えなさい!」

 「アリス様はそこを使って城外へお逃げください。城の外にはすでに衛兵が待機しております」

 「嫌ですっ。私はフェリルゼトーヌの第一王女。アリスリーリア・ビュートル・フェリルゼトーヌ。王位継承者です。王が亡きいま城を抜け出すことなど出来ません!」

 跪いたままここから逃げるように進言するウィルに首を横に振る私は自然と涙が零れた。

 「貴方はどうするの⁉ ここに留まると言うのでしょう!」

 「アリス様をお守りするのが私の使命です。どうか姫様だけでもお逃げください」

 「出来ません! ウィルを残して逃げるなど、出来る訳ないでしょ!」

 「姫様。この国には貴女しかいません。この国を導ける者はアリス様しかいません!」

 「出来ません!」

 「この国の未来を託せるのはアリスしかいない! そのくらい分かるだろ!」

 近衛騎士であるはずのウィルが私に声を荒げる。こんな緊急事態でなければ不敬だと叱責されるだろうけど、いまの彼はただ好きな者を守りたいという一心で言っているのが彼の目を見ればよく分かった。

 「……申し訳ありません。言葉が過ぎました」

 「私はあなたを置いて行けません」

 「それでも行ってください。姫様をお守りするのが近衛騎士の仕事。たとえ命に代えてでも貴女をお守りすると誓った私の務めなのです」

 煙が回ってきましたと言うウィルの背後には確かに扉の隙間から煙が入り込んできている。このままでは煙に巻かれてしまうのも時間の問題。それでも逃げる気にはどうしてもなれなかった。

 「姫様。私は姫様にお仕え出来て光栄でございました」

 「……どうしても来てくれないのですね」

 「申し訳ございません」

 「そう……ウィル。最後に一つだけ。無礼を許しなさない」

 涙で視界が滲む私は決意に満ちたウィルの胸に飛び込み、躊躇うことなく彼と口づけを交わした。この国の王女だからと、結ばれることのない恋だからと守ってきたものを捧げ、ウィルが指し示した書棚を押して隠し通路の入口を開けた。

 「……ウィル。必ず、生きて私を迎えに来なさい。これは王女である私の命です」

 「その命、確かに承りました」

 「約束ですよ」

 これが最後になるのだろうと覚悟のうえで交わす言葉は短く、私は隠し通路の中へ入った。


 どうか武運長久を――



 ――わたくしがアリス様と出会うほんの少し前の出来事でした。


 後の世で『雪の政変』と呼ばれるフェリルゼトーヌ王国で起きた変乱は火の不始末を起因とした火災と処理され、フェリルゼトーヌ城はその大半を焼失しました。

 国王ロラウ・ソー・フェリゼトーヌとその御一家はお亡くなりなり、侍従らも数多く命を落としました。ただ一人、国王の娘にして唯一の王位継承者であるアリス様を除いて。


 これは王国最初で最後の女王となった少女と彼女に生涯仕えた少女のお話。その始まりのお話です――

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