第12話 盗賊業

「おい、アビゲイル。少しいいか?」

「あ、どうした――っと!?」


 背後から親父に話しかけられ意識が逸れた瞬間、ネクスの手が胸ぐらを掴んだ。

 即座に足を払われ体勢が崩れ、地面に背中から倒れてしまう。


「…………」

「…………」

「…………」


 静寂が三人の間を包む中で何事も無いように立ち上がり、


「……それで、話は何だ」

「俺等の狩りに連れて行く。女房との訓練もそれなりに出来ているだろうし最低限の使い道にはなるだろうからな」

「……随分と唐突だな」


 親父の意見に私は眉間に皺を寄せる。


 エレイナとの訓練を始めて約一年、土の属性魔法の使い方にも慣れ影魔法と同程度には戦えるようになった。

 そして、魔族の『狩り』とは人族の集落を襲うことを示す。

 遭遇戦であった冒険者たちとは違いこちらから攻めることになるのは始めての経験であり、警戒心を跳ね上げるには十分な事態だ。


「えー、アビーちゃんだけ良いなー。私も連れってー」


 話を聞いていたネクスが頬を膨らませる。


 こと戦闘において異常なまでの闘争本能と興味を持つ彼女にとって、連れてからない事が不服なのだ。


 そんなネクスの態度に親父は口をへの字に曲げてネクスの頭を撫でた。


「本音ならテメェも連れていきたいところだが……馬が足りねぇんだ。今回は馬の調達という目的もあるし、次の狩りに連れて行く」

「いいの?やったー!!」


 喜面一色という様子でネクスは笑みを浮かべ、話の邪魔にならないよう私たちから離れていく。

 その後ろ姿を見送り、私は親父へと視線を戻す。


「……今の話は本当か?」

「そうだ。俺の姪だ、使い物にはなるだろうからな」


 肩を竦める親父に私は思わず怪訝げな視線を向ける。


 親父の言う通り、ネクスは親父の弟の子供に当たる。

 ネクスが産まれてすぐに両親が人族に返り討ちにあい死んでからは集落に育てられた。特に親父は自分の弟の子ということもあってかなり甘い。


(甘い対応をされて死なれても困るが……その時は私が止めるか)


 私と親父は馬房のある方向へと足を進め始める。


「それで、何でまたいきなり」

「数日前に斥候に出してたコボルトが人族の集落を見つけたんだ。大規模な集落で馬もそれなりにいる。蓄えもあるだろうし繁殖用の奴隷も欲しい。なら襲うしかねぇだろ」

「馬は親父たちが乱雑に扱うからだし奴隷も同様だろ……」


 振り下ろされる拳を身を引いて躱し、私はため息をつく。


 そうこうしている内に馬房に到着すると既に準備が始まっていた。


 ライカンスロープ、ミノタウロス、ダークエルフと成人を過ぎた魔族の大人たちが馬に鞍を取りつけ、己の武器の調整を行っている。

 その空気はとても物々しいもので同年代たちとの闘争とはまた違う重たさがある。


「アビーちゃん、ちょっといい?」


 馬たちの様子を見ているとフランメが話しかけてくる。黒い毛並みの馬を連れ、手に鞍を持っている。


「これは?」

「グランドール様から用意しておけと言われて」

「……なるほどな」


 私はフランメから鞍を受け取り黒い馬に取り付ける。慣れた手つきで他の馬具も取り付け、馬の頭を撫でる。

 一通り馬を撫で状態を観察し終えると鐙を足をかけ馬に乗る。

 馬の座高の高さと合わさり、出立の準備を始めた大人たちを見下ろす。


「ん……」


 湿った風が吹き、髪が靡く。

 曇天に覆われた空を見上げ、目を細める。


(これは……雨が降りそうだ)


 鼻をヒクヒクと動かしわずかに湿った空気を感じ取る


「セレイナ、雨が降りそうだから洗濯物を仕舞っといてくれ」

「はーい。……生きて帰ってきてね」


 セレイナの声音が僅かに曇る。

 その目は何処か暗く、真剣なものがあり、背を向け走り出した。


(……これで私も罪のない人族を襲う悪い魔族の仲間入り、か)


 セレイナの後ろ姿を見送り、作業をする親父たちを見据えた。


 人族と魔族の争い、その理由は多くあれどその根幹は憎しみだ。


 帰る場所を滅ぼされた者。


 愛する者を殺された者。


 あらゆる尊厳を奪われた者。


 その罪は決して贖うことはできず、だからこそ罪を背負わないよう立ち回らなければならない。


(だが、魔族として生きると決めた以上飲み干すしかない)


 毒喰らわば皿まで。

 例え悪だとし糾弾されてもそれを受け入れ、それでも生きるために足掻く事を止めることはない。


「お嬢、少し良いですかい」


 心を流石に落ち着かせていると馬に乗った牛頭の魔族――ミノタウロスの男がやってくる。 

 2メトラはある体に細かい傷のついた鎧を装着し、体に見合った大きさの戦斧を幾つも担ぐ。

 幾度の戦場を駆け抜けたのか片目が潰れ、水牛のような角は片方が切断されていた。

 鎧を一切着けないことを信条とするグランドールとは異なる流れを汲む魔族の戦士であり、その体からは血の香りがした。


「……何かようか。ダグラス」


 ミノタウロスの戦士と視線を合わせ目を細める。


 ダグラス。

 古くからのグランドールの腹心であり、また歴戦の戦士でもある。


「ええ、お嬢は武器を持っていない様子。馬での武器は何か考えていますか?」

「特に考えてない。影でそこらへんは対応できるからな」

「確かにその通りですね。しかし、万が一ということもあるので武器をお貸しますね」


 ダグラスが背中に担いだの一つを手に取り、差し出してくる。私は首を傾げながら受け取り、その重さに体勢を崩しかける。


「……重いな」


 戦斧の柄を両手で握り、空に向ける。

 刃は片刃、形状としてはハルバードに近い。

 その重さ故に両手に持つことが前提でありながら、その柄は両手斧にしては短い。

 しかし、160セルチ前半の私の体躯なら両手斧として振るうことはできる。


(本来はこれを片手で持って振るうのか。……私では無理だな)


 体格、そして筋力。

 それが十全で無ければこの斧を十全に使いこなせない。ダグラスはそれらを満たし、私は満たしていない。


「質量武器ですので。それでは私はこれで」


 ダグラスが背を向け、自身の馬に乗って私から離れていく。

 その後ろ姿から目を離すと影の中に戦斧を放り込んだ。


「さて、そろそろだ」


 暫くして馬に乗った親父がやってくる。

 何時もより重たい空気を纏い、それでいて手綱を握る親父は私たちを一瞥する。


「……行くぞ!!」

「おおっ!!」


 親父の号令と共に大人たちは一斉に馬を走らせる。

 私もまた馬の手綱を握り、腹を蹴る。

 馬は即座に私の意思を汲み取り、大人たちの後に続いて駆け出した。

 集落から少しずつ離れていき、次第に民家の一つもない草原だけが広がっていく。


 その中を草原に吹く風のように私もまた駆け抜けていくのだった。


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