第5話 早成性と個性

「あ! あにさまだ!」

 とてとてとてと歩幅の小さい狐のケモ耳少女が新左衛門に駆け寄る。

 お尻にはもふもふの尻尾が二本。毛先だけ小町鼠こまちねず色の白い髪。腰まで伸びる長い襟足。フェイスラインの髪だけ残して、側頭部と頭頂部の髪は、つむじのあたりでお団子にしてまとめられている。

 薄桜うすざくら色の可憐な小袖こそで。爽やかな空色の打掛うちかけをはおっていてとても愛らしい。

 新左衛門の妹、名を雪月ゆづきという。

 五右衛門の一つ下で二歳。二歳とはいえ、すでに身長は、五歳の小南こなんよりも高く、百二十センチメートルある。

 この時代の男性は身長百四十五から百五十五センチメートル、女性は百三十五から百四十五センチメートル程度。

 雪月は二歳にしてもうすぐ成人女性並みの身長。五右衛門は三歳にして成人男性並みの身長である。五歳の新左衛門と五右衛門の身長はほぼ同じだ。

 左螺旋ひだりらせんは遺伝子編集されており、動物に少しだけ近い早成性そうせいせいが与えられている。

 人は通常十歳から二十代前半にかけて性的成長を遂げる。一方、左螺旋は三歳から十歳にかけて性的成長を遂げる生物兵器だ。

 馬のように生まれてすぐに立ち上がれるほどの早成性には及ばないが、通常の人と比べると明らかに早い。

 この時代は数え年で十二歳から十六歳で成人するが、左螺旋は数え年でたった三歳から六歳で成人する。

「あにさま! よかったー。心配していたのですよ」

 部屋の奥には、正座している女性。雪月に似ているが、魅惑的な美しさがある。しかしながら、凛とした佇まいが故に、色香が相殺されていた。

 お尻にはもふもふの尻尾が二本。淡い金色の美しい髪。髪は長く、サイドの髪を緩やかにたわませるようにしてひもで結び、肩に掛けられている。

 白菫しろすみれ色の神秘的な小袖。平安時代より人気の青藤あおふじ色の打掛をはおっていて大人っぽい。

 新左衛門と雪月の母、名を紅葉もみじという。

「ただいま帰りました、母上」

 紅葉の前に座った新左衛門は、拳を畳に付け、軽いお辞儀とともに帰宅の挨拶をした。

「おかえりなさい、新左衛門。お疲れではありませんか? 無理をしてはなりませぬよ」

「……はい、問題はございません」

「……そういえば聞きましたよ。たった三人で城を一つ陥落させたとのこと、よくやってくれました」

「……はい」

 紅葉は常に、冷たい水に触れたような表情をしているが、今回ばかりは口角が、ほんの少しだけ上がったように感じる。五歳で成人してから間もなく初の忍びの任務。母として、息子の成長と成功を喜んでいるのだ。

 三太夫との、親子らしからぬやり取りですり切れた心が、ほんわり、ふんわり、癒されていくのを感じていた。

 がっちゃーン!

 キィン!

 ドシャー!

「あなたには、一息つく間もないようです。行きなさい」

「はい。失礼します、母上」

 目を細めている紅葉。少し不満そうにも、寂しそうにも見えた。

 新左衛門は、母と妹との憩いのひと時を惜しみつつ、庭から飛び出す。そのまま外に繋がる塀を飛び越え、壁を左手にして走り出した。音が聞こえる屋敷の入口に向うためだ。

 屋敷の塀が途切れたところで左折──ヒュン! と音とともに、新左衛門の右耳に強い風が通り過ぎた。

「五右衛門!」

 五右衛門が吹き飛ばされてきたのだと把握する。

 白百合色のロングウルフカット。長い襟足は、首元あたりで紐に縛られ、肩に掛けられている。左目は前髪に隠されており、フェイスラインに沿った髪の束は口元まで伸びている。

 ゴロゴロと少し転がるとすぐに五右衛門は回転して立ち上がり、小太刀を構えた。

「新左衛門、敵か?」

「それは我の台詞! やつは何に見える? 金平糖が刀を振るっているとでも?」

「ふざけている場合か?」

たのしみがないなぁ」

「殺られるよりマシだろ」

 伊賀の里にいる多くの忍びが一人の左螺旋を囲い、波状攻撃を仕掛けているようだ。しかしすべての攻撃が水のように受け流されている。

 白百合色の左螺旋。頭の上に尖ったケモ耳。二本の尻尾。偶然か必然か、五右衛門と似ているようだ。

「……あれは、我には荷が重そうだ……」

 新左衛門が得意とする羅刹らせつは原則、里の中で使うことを禁止されている。そもそも、左螺旋に使うことも禁止されていた。

 人間が妖術や忍術と呼ぶこの不可思議な羅刹はかなり驚異的だ。命をいっぺんに奪うことのできる羅刹も存在する。一人の左螺旋が扱うことのできる羅刹は一種類のみ。複数の羅刹を使える左螺旋は存在しない。

 敵──白百合色の左螺旋が新左衛門を挑発する。仲間たちの斬撃を受け流し、大胆不敵に笑いながら、もう片方の手を伸ばして指をクイクイする余裕。

「あれは、我を挑発していますよね? そうですよね? そうに違いありません! いいでしょう! そっちがその気ならやってやります!」

「おい、新左衛門! 一人で突っ込むな! クソ! 止まれ新左衛門!」

「我より強い? だから? 逃げる理由にはならない! 伊賀に喧嘩を売ったこと、後悔させてやりましょう」

 新左衛門は、白百合色の左螺旋に向かって飛び込み、その勢いを乗せ、小太刀を振り下ろした。

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