第16話 「隠者」の誤算。
「……そう簡単にはいかねぇって事かァ」
適当に入った喫茶店でテーブルに突っ伏しながらぼやく。
丸一日あちこち回ったせいで足が棒のようになっているのを感じる。
「ご注文の品です」
その言葉と共に、ちょっと年増のウェイトレスさんがカップと小皿を俺のテーブルに置く。
おや? 飲み物しか頼んでいなかったはずだが。
他のテーブルと間違えたのだろうか?
「あれ? 俺、ケーキなんて頼んでないですよ?」
そう訊ねると、ちょっと年増のウェイトレスさんがにっこり微笑む。
「お兄さんカッコいいからおまけだよ!」
「ハハハ、ありがとうございますぅ……」
俺は曖昧な笑みを浮かべ、礼を言う。
それを聞いた彼女は満足気な顔をして奥へ引っ込んでいった。
この町に来てというもの、俺は割と頻繁にこういう事を経験していた。
おかずが一品多かったり、ちょっと値引きされていたりだ。
前世では全く遭遇しなかった類のイベントである。
昔はそう言うのを見て「イケメンは得だなぁ!」と妬んでいたが、いざその立場になってみると酷く戸惑う。
最初は得したな!って感じだったんだけど、今はもう放っておいてくれという気持ちでいっぱいである。
同性から飛んでくる嫉妬の視線にも辟易してしまう。
俺の中身は君達と同じだぞ。
俺が一番困った事、それは整った容貌は町での行動する上で「非常に目立つ」事だ。
この問題が冒頭で呟いた言葉に繋がる。
俺が何をしているかというと「人探し」である。
いや、正しく言うと「居場所は分かっている」。
ま、それがゲームと同じならばだが。
俺が今探している人物、それは俺の二人の連れフルフル・ムルムル姉妹の仇「シャックス・ウルグス」、その人である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シャックス・ウルグス。
彼は「アルカナ・サ・ガ Reincarnation」に出てくる登場人物の一人だ。
そう、彼は「敵性NPC」ではなく「登場人物」の一人なのだ。
上手く交渉すれば仲間にもできるし、能力的にも中堅どころで武器も癖が無く使いやすかったりする。
高身長な浅黒い肌をもつイケメンで、落ち着きがありいわゆる「頼れる兄貴」のような感じで人気があった記憶がある。
だから、フルフル・ムルムル姉妹の親の仇であるという事実に驚いたプレイヤーは多かったようだ。
なぜそうなったのかという点はゲーム中では明らかにされず、何があったのかは闇に包まれている。
明らかになる前に殺されるからね……。
姉妹と彼が顔を合せると、なぜか突然姉妹の間で罵倒が飛び交い、彼も激昂し、そのままシームレスで
3人中2人が死なないと終わらない地獄の死合である。
あ、主人公は訳が分からないまま戦闘前に誰の味方をするか聞かれます。
つまり、仲裁の選択肢は存在しない。
なんてこったい。
このイベントにおいて、俺つまり「プレイヤー」はただの「傍観者」に過ぎないという事だ。
全ては過去に起きた出来事であり、もう何もかも終わってしまっている。
過去は忘れることは出来ても、変えられないのだから干渉することが出来ない。
その過去を清算するためのイベントであり、後始末の為のイベントなのだ。
復讐の一番後味の悪い部分に付き合わされる、本当にろくでもねえイベントである。
シャックスとの間にも姉妹の間にも、余人には分からない何かがあったのだろうのは俺にも推測できる。
普段は仲良さそうにしていても、本心は別というのはそんなに珍しい事ではない。
好き、嫌いはどんな人間にもある感情だ、それを否定する気はない。
特に恋愛が絡むと問題はさらに拗れ易い。
何故か「愛」という感情はそれを貫く事が正当化されやすい気がする。
現代日本でも恋愛がらみで刃傷沙汰起きてたし、愛情と憎悪は表裏一体なのだろう。
正直な話、俺は産まれてからそこまで強い感情を他人に持ったことが無いからよく分かんねぇ。
だけどさぁ、殺し合うこたねえだろう?
ここが日本ではないとしても、俺の目の前で、しかも姉妹で殺し合うなんて認めねーぞ。
何としてでも止めてやる。
まぁ、俺の目の届かない所でなら構わん、好きにしろ。
そこまで責任取る気は無い。
だが、俺は自ら望んで今回の件に首を突っ込んだのだ。
「
俺にここがゲームの世界そのものでないと、決まりきった「運命」なんてものが存在しないってことを証明させてくれ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなわけで俺は真砂さんに紹介してもらった情報屋にシャックスについて調査を依頼し、それらしき人物を探し当てた。
いや、ゲーム中でもここに居たから多分いるとは思ってたんだけど。
彼は『スコクス・シャズ』という偽名でこの町にいた。
しかもこの町で商売を成功させ、一端の名士となっていたのだ。
そんな彼が住んでいるのは富裕層の屋敷が立ち並ぶ一角、つまりは一般庶民は立ち入ることが出来ない区域だった。
道理でフルフル・ムルムル姉妹に情報が降りてこない訳だ。
現代日本ではSNSの発達により違うのだが、本来生きている「
彼女達が集められる情報は同じ
いやまぁ、自分達の仇が他所の町で成功してるなんて考えないもんな。
このまま旅していても見つけられなかった事は想像に難くない。
そう言う意味では俺と出会った事は彼女たちにとって僥倖だったろう。
いや、その結果を知っている俺からすると必ずしもそうは思えないのだが……。
とにかく、目標の人物は見つけられた。
次の問題は「俺はどう対応するべきか?」である。
二人を連れて会いに行くのは論外である。
シャックスの存在を告げた二人の反応から見るに、ここでも地獄が顕現するに違いない。
ゲーム中だから嫌な気分になるだけで済んだのに、現実でそんなもんに巻き込まれるなんて冗談ではない。
ならどうするかであるが、彼女達との半月程度の付き合いで分かった事がある。
フルフル・ムルムル姉妹は「敵討ちの旅」を止めたいと考えている。
始めた頃の「使命感」も、もはや「義務感」に代わってしまっている。
復讐の熱は冷めてしまっている。
しかし、俺はその事を責める気は無い。
強い感情を持ち続けることはとても難しいものだ。
それさえ乗り越えるような心を持ち続けて復讐を終える人間は数少ない。
だからこそ「復讐劇」は美化され人気となるのだろう。
なら、俺の取る方針は決まっている。
終えたいのなら、そのきっかけを作ってやればいい。
彼らが再会することなく「敵討ち」を成立させればいい。
「形見の剣」を渡し、シャックスを討ち取ったと言えば彼女たちは旅を終えるだろうと俺は考えたのだ。
もちろん彼女たちがそう簡単に納得するとは思えないが、そこは俺の話術で何とかする。
内心旅を止めたがっている二人ならば、きっと渋々ながら納得してくれるに違いない。
シャックスも偽名まで使っているのだ、後ろめたい気持ちを持っているのは間違いないだろう。
それに、人から恨まれているという事実は人生においてどうしても影を落とす。
それから開放すると言えば渡してくれるはずだ。
その為にも、俺はその形見の剣を持っているであろう「スコクス・シャズ」とアポイントメントを取ろうと思ったのだが、これが難航している。
俺が思っていた以上にこの世界の身分の差というものは大きく、一介の旅人に過ぎない俺では取り次いでもらう事さえ出来ない。
文字通りの門前払いだ。
物語によくあるようにこっそり忍び込んで……とも考えたのだが、忍び込む為のスキルが俺にはない。
というか見回りの警備が物凄く有能で、うろついていたら職務質問される、というかされた。
それでマークされてしまったので、今はもう彼の屋敷に近寄る事さえ出来なくなったのだ。
仕方がないので真砂さんに紹介してもらった情報屋に忍び込めるような人材いないか尋ねたところ、普通に犯罪だからダメだよと怒られてしまった。
言われてみると確かにそうである。
正直、八方ふさがりであった。
一週間後には真砂さんが戻って来る予定だ。
それまでに解決できると思ったのだが、このままだとかなり怪しい。
彼の手を借りるという事も考えたが、これは俺が始めた物語だ。
俺の手で終わらせたい。
俺は、焦っていた。
そんな日の夜、俺たちの宿に一通の手紙が届いた。
差出人の名は「スコクス・シャズ」、その人であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◇シャックス兄貴のイメージは某オ〇ガ・イツカさんです。
被害者役が良く似合う。
◇次も甘井くんのお話。
彼は口は達者だけど他者の気持ちにやや疎い所があります。
まぁ、ボンボンの大学生だから仕方ないね。
◇ドラクエ終わったから次何やるか悩んでます。
こう、ちょっと明るいゲームやりてぇな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます