成宮亮という異質すぎる情報屋

「なるほどね。聞けば聞くほど、アダルトビデオそのまんまじゃねえか。何を考えているのかねえ」


 竹川希望の話を聞いた高村獅道は、誰にともなく呟いた。直後、大きな溜息を吐く。呆れた、とでも言わんばかりの表情だ。

 語り終えた希望の方は、死人のような顔つきで下を向いている。今まで、他人に明かしたことがなかった秘密……まだ十代の少年にとって、ある意味では死ぬよりも恥ずかしいことだろう。男たちに犯されたなどと、絶対に言いたくはなかったはずだ。本来なら、墓場にまで持っていかねばならぬ秘密のはずだった。

 だが、希望は洗いざらい話してしまった。獅道への恐怖が、恥の意識を上回ったのだ。



 

 不意に、獅道は立ち上がった。床に置かれてた生首を掴む。

 それを、宙に放った──

 唖然となり、彼の行動を見ている希望。だが、獅道は少年の視線など完全に無視だ。落ちてくる生首に、ポンと膝蹴りを見舞う。

 宙に浮いたかと思うと、また落下してくる生首。それを楽しそうに、反対側の足で蹴る。その時になって、希望はようやく目の前の男が何をしているのかを理解した。この狂った青年は、人間の生首でリフティングをしているのだ──

 思わず顔を歪める希望の前で、獅道は「球」を高く蹴り上げる。すると天井にぶつかった。グチャリ、と嫌な音を立てて落ちてくる。

 彼は、落下したものを両手でキャッチした。直後、希望の方を向く。


「言っておく。俺は、とても怖い人間だ。学園で大きな顔をしていた不良生徒や変態教師なんかよりも、遥かに恐ろしいことが出来るんだよ。それは、理解してくれたね?」


 生首を持った男にそんなこと言われて、逆らうことなど出来るわけがない。希望は、ウンウンと頷いた。


「もうひとつ言っておこう。俺は、あの学園を叩き潰すつもりだ。今の話に登場した樫本直也たちは、死ぬよりも恐ろしい目に遭わせてやるよ。そこでだ、君に是非とも協力してもらいたい」


「きょ、協力?」


 困惑し、口ごもる。獅道の語る話は、あまりにも突拍子もなかった。あの学園を叩き潰すとは、どういうことだろう。

 だが、獅道は構わず話を続ける。


「そうだ。今まで君は、樫本の命令に従い奴隷として生きていた。だが、それは昨日までの話だよ。君の御主人さまは、この俺に変わったんだ。今日からは、俺の言う通りに動いてもらうよ。わかったね?」


 何を言っているのか、理解不能だ。希望は何も言えず、ただただ異様な青年の顔を見つめるばかりだった。

 次の瞬間、その顔がずいっと近づいてくる。


「わかった、よね?」


 あまりに一方的なセリフである。だが、その奥には有無を言わさぬものがあった。希望は慌てて頷く。すると、獅道はニッコリ微笑んだ。


「素直でよろしい。では、契約成立だ。俺の名は高村獅道だ。よろしくな」


 言いながら、右手を突き出してくる。希望はわけがわからぬまま、目の前の手を握った。

 獅道は微笑みながら、さらに言葉を続ける。


「いいかい、これは君にとっても得な取り引きなんだよ。奴らを叩き潰した暁には、君の母親である竹川唯子さんを救出する。また。元通りの生活が出来るんだ」


「ほ、本当ですか!?」


 希望の表情が一変した。死んだ魚のような目に、光が戻る。


「ああ、本当さ。俺の命令を、ちゃんと聞いてくれればの話だけどね」


「わ、わかりました」


 頷く希望だったが、その時になって気づく。命令とは何だろう? 自分は、何をすればいいのだろう?

 まさか、人を殺せとでも言われるのだろうか?


「あのう……僕は、何をすればいいんですか?」


 おずおずと聞いてみる。しかし、返ってきた答えは想定外のものだった。


「そうだなあ、とりあえずは何もするな」


「えっ?」


「余計なことはしなくていい。今は、ここで生活すること。それが命令だ」


「そ、それだけ、ですか?」


 戸惑う希望に、獅道はぐいと顔を近づけた。


「不満なのかい? 変態親父に、ケツ掘られる生活の方がいいのかい?」


「い、嫌です!」


 希望は、慌てて首を横に振った。


「よろしい。では、ちょっと待っていてくれ」


 そう言うと、獅道は生首をゴミ袋の中に入れた。さらに、床に並べられた模型のようなバラバラの人体を、ゴミ袋に詰めていく。

 バラバラ死体を袋に詰め終わると、ドアを開けて外に出していく。やがて、獅道も外に出て行った。コツコツと、遠ざかる足音が響く。

 ひとり部屋に残された希望は、呆然とした表情でドアを見つめていた。何が起きているのか、未だによく飲み込めていない。

 ただ、母が戻って来る……その提案は無視できないものだ。奴らにさらわれ三ヶ月経った。しかし、母の姿を見ていない。一度、樫本に母と会わせてくれと頼んだが、まだ駄目だと断られた。納得いかず足にすがりついて頼んだら、腹を数回殴られた。挙げ句、皆の見ている前でひどい辱めを受けた……。


 その時、ドアが開き獅道が入って来た。右手に水の入った二リットルのペットボトル、左手には布の袋を持っている。

 入ってくるなり、床の上に腰をおろす。ペットボトルを床に置き、袋の中の物を取り出して床に並べていく。ビニール袋に入った粉末、トイレットペーパー、大きなコップ、消臭剤のスプレー、黒いビニール袋の携帯トイレなどなどだ。

 次に獅道は、ビニール袋の粉末を大きなスプーンですくい、コップに入れた。さらに水をコップに注ぎ、かき混ぜて粉を溶かしていく。どろりとした茶色い液体が出来上がった。

 そのコップを、希望に差し出した。


「こいつは変な薬じゃない。タンパク質と炭水化物と脂肪がバランスよく入ってる。ビタミンやミネラルも含まれているし、カロリーも高い。今は、何も食べる気になれないだろう。まずは栄養を取るため、これを飲んでおけ。死体の解体なんか見た後じゃあ、固形物は食えないだろう」


 語る獅道の顔には、優しさが感じられた。希望は戸惑い、思わず目を逸らす。先ほど、冷酷な表情で死体を解体していた男と同一人物には思えない。

 すると、獅道の表情が険しくなる、


「早く飲むんだ。君は今日、カロリーを摂取していない。胃の中にも、食べ物は残っていない。体は、かなり衰弱した状態だ。最低限、これくらいは飲んでおけ。これは命令だ。母親と再会する前に、病気で死にたいのか」


 声と共に、コップが突き出されてきた。有無を言わさぬ雰囲気だ。

 正直、食欲はない。だが、飲まないわけにはいかないようだった。希望はコップを手に取る。

 目をつぶり、中のものを一気に飲み干した。どろりとして飲みにくく、甘すぎる。だが、心なしか体内に力がみなぎって来たような気がした。

 すると、獅道は立ち上がる。


「俺は今から出かける。おとなしく、ここで待っているんだ。自分が吐いたゲロは、きっちり掃除しておけ。あと、クソとションベンは、この携帯トイレにするんだ。いいな」


 そういうと、呆気に取られている希望を残し部屋を出て行った。




 それから二時間後──

 獅道は、真幌市内のとあるマンションの一室にいた。普段の安いスーツ姿で応接室のソファーに腰掛け、真っすぐ前を向いている。

 そんな彼の目の前には、スーツ姿の男が座っている。見た感じの年齢は、二十代後半から三十代前半か。獅道よりは年上に見える。中肉中背で、いかにも軽薄そうな雰囲気を漂わせていた。もっとも、顔立ちそのものは悪くない。人懐こい笑顔は、大抵の人から好感を持たれそうだ。

 もっとも、その見た目に騙された者はとんでもない目に遭わされる。彼こそは、裏の世界の情報通として知られる成宮亮ナリミヤ リョウなのだ。今いるのも、この成宮の事務所である。


 さらに成宮の横には、奇妙な少年が控えていた。彫りの深い顔立ちは、外国人もしくは外国人の血が混じっていることを窺わせる。肌は浅黒い色だ。身長はさほど高くないが、鍛えぬかれた体つきなのは黒のトレーナー越しにも見てとれる。短髪に鋭い顔つきは軍人を連想させるが、同時にあどけない雰囲気をも漂わせていた。先ほどから突っ立ったまま、獅道に鋭い視線を送っている。

 なんとも不思議なコンビだ。




 口火を切ったのは、獅道だった。少年の方を向き、口を開く。


「久しぶりだなぁ、レン。まさか、ここにいるとは思わなかったよ」


 親しげな口調で言われ、少年は微笑んだ。先ほどまでの雰囲気が一変する。


「うん。俺、成宮さんの下で働いてるんだ」


「へえ、何でまた?」


「伊達恭介氏に頼まれたんだよ。レンを、しばらく使ってやってくれってな。こいつは、腕は立つが常識が無くてな。困ったもんだよ」


 横から、成宮が口を挟む。すると、レンと呼ばれた少年はこくりと頷く。

 

「で、今日は何しに来たんだ?」


 成宮に聞かれ、獅道は真剣な表情で答える。


「実はですね、今ちょっと白土市で仕事してるんですよ。で、もしかしたら岸田真治という男とやり合うことになるかもしれないんですよね。てなわけで、奴の情報を、出来るだけ詳しく教えてもらいたいんです」


 聞いた途端、成宮の表情が歪んだ。


「岸田ぁ? そりゃまた、厄介な相手だな。マジでやり合う気か?」


「そうですね。避けられそうもないです。で、情報料はいくらですか?」


「タダでいいよ。その代わり、お前と岸田がやり合うって情報を、ある筋に流させてもらうぜ。いいな?」


 いきなり想定外のことを聞かれ、獅道は思わず首を捻る。どういうことだろう。


「そりゃ構いませんがね、ある筋ってどういう連中ですか?」


「ある筋は、ある筋だよ。まあ、いろんな連中がいるのさ。岸田が死んで喜ぶ奴、死なれると困る奴、その他もろもろ。中には、お前と岸田のどっちが生き延びるかで賭けする連中もいるだろうな」


 その言葉に、獅道は思わず苦笑した。


「なんとも悪趣味な方々ですね。ま、構いませんよ。情報さえいただければね」


 ・・・


 白土市の四方を囲む山は、初心者でも簡単に登れてしまうようなものだ。ベテランの登山家も、久しぶりに登山をする時はリハビリ代わりに訪れることがあるという。一般旅行客には人気のない白土市だが、山はそこそこ人気がある。

 そんな山のひとつに、岸田真治の別荘が建てられている。もっとも、別荘とは名ばかりだ。変人の岸田に相応しい、奇妙な造りだった。何せ、広い部屋の隅にソファーとテーブルとテレビがあるだけで、家具らしきものは他にない。あとは、無意味に広いスペースがある。何も置かれていない、真っ白に塗られた壁と床が広がっているのだ。広さは、数十人の人間を収容し集会が開けるほどである。

 そんな異様な室内で、岸田は楽しそうな表情を浮かべてソファーに座っていた。真っ白いガウン以外には、何も着ていない姿だ。


「なんだこれは……実に奇妙奇天烈だな」


 言いながら、目の前に置かれたガラスケースを手に取る。大きさは縦十センチ、横五センチほどだ。きちんと密閉されており、中は液体に満たされている。液体はホルマリンのようだ。

 ホルマリンの中には、ふやけた肌色の物体が浮かんでいた──


「これは、人間の足の指のようですね」


 傍らに立っている立花薫が呟くように言った。その表情は冷静そのものである。たくましい肉体を、漆黒のジャージで覆っていた。


「誰のものだ?」


 言いながら、岸田の手が伸びた。立花の太ももを、いやらしい手つきで撫でる。だが、立花はその手を払いのけた。


「恐らく、これを送ってきた本人のものでしょう。まずは、これを観るとしますか」


 そういうと、立花はUSBメモリをセットした。やがて、収録された映像が流れる。

 カメラは、奇妙な場所を映し出していた。家具らしきものが、何も置かれていない部屋だ。コンクリートの壁が剥きだしになっており、生活の匂いが全く感じられない。

 そんな部屋の中央で、ひとりの少年が立っている。Tシャツに半ズボン姿と、小学生らしい姿だ。ただし、その顔には異様な表情が浮かんでいる。

 そんな彼から、とんでもない言葉が飛び出た──


「前回のネタは、面白くなかったそうなので……今回は、体を張った一発ギャグやります!」


 叫んだ直後、右足をすっと上げる。カメラは、彼の足の裏を映す。

 その足は、小指が無かった。そう、切断されていたのだ。切断された痕は、完全には癒えていない。切断面には、肉や骨の痕跡が生々しく残っている──

 さらに、少年は叫ぶ。


「これが本当の、指切りげんまん!」


 直後、少年は倒れこんだ。荒い息を吐きながら、カメラの前で土下座する。


「もし、今回もお気に召さないようでしたら、また別のネタを送ります。ですから、面白いと思ったら連絡をください! お願いします!」


 そこで、映像は終わった。




 突然、拍手の音が鳴り響く。岸田が、静かな表情で手を叩いているのだ。もっとも横にいる立花は、憮然とした顔である。


「いやあ、大したものだ。ネタそのものは、面白くも何ともないがね。ただ、足の指を切り落として送る根性は見上げたものだ。僕は、彼に敬意の念を抱いたよ。ちょっとくらい会ってあげてもいいな」


 語る岸田の顔には、感嘆したような表情が浮かんでいる。だが、立花はにこりともしていない。不快そうな様子で口を開く。


「どうせ、親がやらせたのでしょう。あなたへの御機嫌とりのために、てめえの子供の指を切断するとはね。どうしようもないクズですな」


 吐き捨てるような口調で言った。だが、岸田の楽しそうな表情は変わらない。


「まあ普通ではないよね。こんなものを送り付けてくる親子が、普通であるはずがない。だからこそ、面白いのさ」


 そういうと、岸田は微笑みながらガラスケースに視線を移す。ぞっとするような目で、ホルマリン漬けの指を見つめた。彼の美しい瞳に、狂気の光が宿っている。

 立花は、彼の顔から目を逸らした。話題を変えようと口を開く。


「ところで、妙な噂を耳にしました」


「妙な噂? なんだい?」


 聞き返す岸田に、立花は冷静な表情のまま答える。


「白志館のバカどもが、街中で人を探しているそうです。何でも旅行客と揉めて、数人の生徒がケガを負わされたとか」


「そんなくだらないことが、僕に何の関係があるんだい?」


「実は、その旅行客が竹川希望をさらった……という噂も流れているのですよ」









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