幕間「病魔」
物心がついたとき、わたしはすでに体が思うように動かせなかった。
わたしにはおにいちゃんがいて、いつもわたしの傍にいてくれた。
「レスティア、絶対に元気になるからな」
毎日このような声かけをしてくれて、とても勇気をもらっていたんだ。
そんな日々も束の間、両親とお医者さんが何やら神妙な顔つきでお話をしていた。
「レスティアさんは不治の病です。回復魔法もうまく効かず、薬でなんとか体力をもたせるのが限界で……」
その言葉を聞いて両親は泣き崩れていた。わたしは寝たりふりをしていたが、我慢などできるわけもなく自然と涙が溢れてきた。
わたしにはおにいちゃんとお外で遊んだりすることも許されないのだろうか。
不治の病だからではなく、わたしは大好きなおにいちゃんと沢山遊ぶことを夢見ていた。それが叶わないことが本当に辛かったんだ。
「大丈夫だ。俺が必ず助けてやる。そしたら沢山外で遊ぼう」
きっとおにいちゃんも話を聞いている。それでも諦めることはなく、わたしに同じように声をかけ続けてくれた。
俺が助けてやる、と。きっとどこかで無理だとわかっているわたしもいたけど、その言葉に縋らずにはいられなかった。
そのうち、いつもおうちで友達と遊んでいたおにいちゃんは、友達とあまり遊ばなくなり、その代わりわたしの傍にいる時間がとても増えた。
「今日は顔色が良いな。きっと大丈夫だ。諦めるなよ」
「うん、諦めないよ」
わたしの前でおにいちゃんは決して弱音は吐かない。だから、わたしも弱音は吐かなかった。自分の体のことは自分が一番わかる。
日に日に声を出すことすら辛くなってきても、目を開けるのが辛くても、それを決して口には出さなかった。
きっと、おにいちゃんはそれに気付いていた。だから、ただ手を握って隣にいてくれるだけの時間はとても多く、わたしにとってはそれがとても幸せな時間だった。
会話ができなくても、大好きな人の温もりを感じていられたから。
「どうだ? 今日はご飯食べれそうか?」
どんなに願っても病魔の進行は止まらない。わたしはいつからかご飯を食べることもままならなくなっていた。
辛うじて薬だけは飲んでいたけど。
「……」
小さく首を振る。それが限界だった。
「わかったよ。でも食べれるときにはちょっとでも……食べような」
とにかく献身的にわたしをみてくれていた。多分仕事でいないことの多い両親よりも誰よりも、わたしにはおにいちゃんがいた。
わたしの小さな世界はこれが全てだった。十分心は満たされていたのだ。どれだけ不自由でも、傍におにいちゃんがいてくれるから。
だけど、幸せで小さな世界は突如終わりのときを迎えた。
「おにい、ちゃん」
「レスティア!!!」
この幸せな時間は無限には続かない。
静かに視界がなくなっていく。
手足の感覚も失われていく。
苦しくはない。
ただ、おにいちゃん。あなたとの時間が失われるのがとても怖いよ。
最期にわたしの目に映るおにいちゃんは、ボロボロと泣いていた。
わたしのためにありがとうね、大好きだよ。
「レスティア! お兄ちゃんが助けてやるから! 目を開けてくれ!!」
「ありが、と。だいすき、だよ」
全てが黒く染まった。
「レスティア! レスティア!! ――」
「生まれた! やったぞ!」
「ふふふ。この子の名前はね――」
とある小さな天狐族の村で生まれた子。天狐族は一部から『輪廻の一族』と呼ばれている。これは前世の記憶を持つ者が比較的多くいることからそのように呼ばれるようになっていた。
この子は両親にとても愛されていたが、両親はともに体が弱く、子が生まれてから数年で病気により亡くなった。
そして、その子は村での孤独に耐えかねて一人で新天地を求め、ひっそりと村を出た。
「……大丈夫かい?」
だが、一人で新天地を求めるのには無理がある。そうして、体力の限界を迎え、倒れていたところとある男性に拾われた。
「とりあえず、これを食べて」
差し出された食料を一心不乱に食べる。まだ歩けるだけの気力は戻らないが、空腹は満たされた。
「私はレスターというんだけど、君の名前は?」
「……リリ」
「私は孤児院というものをやっているんだけど、一緒に来ないかい?」
「ご飯は食べれる?」
怪しい人でもなんでも縋るしかない。このときはそれくらい追い詰められていた。
「もちろんだよ」
「ん、いく」
結果としてとても良い場所に来ることができたのはとても運が良かった。そして、その後の出会いは奇跡に近いだろう。
「おにいちゃん」
リリは目を覚まし、付き添って寝ているディルを見つめる。
「わたしだけの、おにいちゃん。夢は叶ってたんだね」
その視線は今まで以上に強い何かを孕んでいた。
「やっと、思い出せた……」
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