第10話


「あ、昨日の怖いおにーさんだ」


 一年二組の霊はニコニコ気分上々だ。隣になながいるおかげだろうか。歯に衣着せぬ感想を述べている。

 一体どんな魔法を使ったのか。ななに問いかけるも「普通にお話しただけだよ?」とあっさり返されてしまった。誰とでも仲良くなれる素質があるらしい。コミュニケーション能力の高さに目を見張る。

 ただ、語弊ごへいがある内容を吹き込んだのか、


「おにーさんは、ななおねーさんの恋人ですか?」

「いや違うが」

「昨日はびっくりしちゃって。ごめんなさい、彼氏さん」

「だから違うぞ」


 霊の女の子は盛大に勘違いしていた。


「なな、お前話を盛ったな?」

「だってぇ、浄霊しに来た霊能力者とかなんとかって、説明が面倒だったんだもん。それに、ななが認めた彼氏って方が、きっとあの子も安心できるって」

「半分嫌がらせだろ」


 悪ふざけも度が過ぎれば許容できない。

 霊相手なのでまだ良いが、生きている人間相手なら後ろ指の集中砲火だ。場合によってはExOUから直々に罰が下され永久追放されかねない。


「俺はこいつの彼氏じゃない。ただの見習い霊能力者だよ」

「あ、そうなんですね。なぁんだ、つまんないの」


 露骨に残念がられても困る。

 色々とに落ちぬ駆郎だったが、くだんの霊との接触に成功したので良しとする。


「それで、君の名前は?」

土倉つちくら友子ともこっていいます。ずっと昔、一年二組の生徒でした」


 一年二組の霊――土倉友子は、二十五年前より教室を漂い続ける古参の霊らしい。もし生きていれば三十一、二歳のアラサーだ。駆郎からすれば母校の大先輩にあたる。


「どうして霊になったんだ?」

「車にかれました。どかーんって、思いっきりぶつかってきて」


 下校中、忘れ物に気付いて通学路を引き返した。その道中、交通事故に巻き込まれて死亡。気付けば霊になっていた。


「やり残したことってのは、その忘れ物が関係してるのか?」

「とっても大事な物だったんです。だから絶対見つけたくって」


 未練はやはり、事故のきっかけになった忘れ物にあるらしい。夕方の教室に出現するのも探し物のためである。


「一体、何をなくしたんだ?」

「キーホルダー……友達と交換した、大切なキーホルダーなんです」


 当時の友子はとあるクラスメイトと仲が良く、たった一人の友達だった。そんな親友と永遠の友情を誓い合い、証としてお互いのキーホルダーを交換し合ったそうだ。

 大凡おおよその外見は、人形が吊る下がったボールチェーンキーホルダー。二十五年前に放送していた魔法少女ものアニメ、“見習い魔天いろは”のキャラクターらしい。名前だけは聞いたことがある。


「コウカちゃんと約束したの。だから、なくしたのが凄く悲しくて」

「そのコウカって子が、風羽ちゃんにそっくりだった、と」

「うん。だからちょっとお話したいなって。でも、いつも追い払われるばっかり」


 これで合点がいった。

 脳内のパズルのピースが噛み合っていく。真相に近づいていると確信する。

 夕方の教室を彷徨っていたのは、なくしたキーホルダーを探していたから。

 風羽との接触を図ったのは、コウカなる親友とうり二つだったから。

 この二点より導かれる答えとは……。


「ねぇねぇ友子ちゃん。その“見習い魔天いろは”ってアニメは面白いの?」


 ななはいにしえのアニメが気になったらしい。知識に貪欲だ。記憶に空白が多い分、中身を取り戻そうと何でも吸収している。まるでスポンジだが、興味のある分野ばかり覚えるタイプらしい。現状、無駄知識ばかりが染み込んでいる。

 そして、質問に対する友子の回答は、以下の通りである。


「もちろん、とっても面白いの。日曜日の朝に放送してるんだけどね、お空の国から、魔法が使える見習い天使がやってきて、街で暮らしながら一人前になろうと修行する話なの。その見習い魔天の名前がいろはっていうんだけど、魔法のドレスがすっごく可愛いの。小学校に通いながら、色んな事件を魔法で解決してくれるんだ。でもうまくいかないこととか、ライバルのせいでピンチとかもいっぱいあってね。くじけずに頑張る姿がとってもかっこいいんだよ!」


 熱量と情報量の濁流だくりゅうが凄まじい。

 聞き手のななはついていけず、ぐるぐる目を回している。純白の脳では処理しきれないのだろう。駆郎ですら思考が宇宙に旅立っていた。

 友子から放たれるのは猛者もさの魂だ。年端もいかぬ少女の大人顔負けの姿勢に気圧けおされてしまう。普段は臆病おくびょうで大人しいのに、好きな分野だと饒舌じょうぜつになる二面性。クラスに一人二人はいた気がする。

 結局、二時間以上語り尽くして、ようやく友子は霧散した。次に現れるのはまた明日、同じ時間の同じ場所だろう。

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