第5夜 打倒、そして決別

村の中央広場より少し離れた市場の外れ、そこが聖教の教会があるところだ。


今や聖教の魔女狩りはアガナ中で大流行し、


こんな国の端っこでも民衆に暇つぶしとして支持されている。


魔女に引き立てられた者は先ず教会の拷問にあい、その次に宗教裁判にかけられ魔女と断定されると火刑に処されて殺される。




何を基準に魔女と決め付けるかというと、聖教徒か否か、である。




つまり聖教徒と聖教に改宗する者、聖教に入る者は生かされ、それ以外は魔女に当たるという寸法である。


ならば聖教に従えばいい話なのだが、他の宗教に篤く信仰する者、宗教に入る意思がない者がこれに反抗し引き立てられ、中にはたった一度の勧誘しかされず訳の分からないままに戯れに魔女に引き立てられた者もいる。


そんな世の中でわずかながら生き残り、反旗を翻そうという者達がいた。




牧師達だ。




明日がどちらだか分からないこの世の中で、少しでも希望があるのならば、と


清教然り、他宗教の人々は密かに集い ある企てをしていたのだ。


牧師も勿論それに参加していた。


だがその折、ターゲットが牧師へとうつってしまったのだ。




これではもはやおしまいだ!




そう思ったのか否か、聖教の圧制に苦しみ徒党を組んだ者たちは次々と彼を切り離していった。


残ったのは彼の親友と、共に修行した学び舎の者のみ…。


この状況で自分が助かる可能性は………。


そう考えれば考えるほど絶望的に思えてきた。




そう、彼はたった今魔女裁判にかけられているのだから。




もう一人の魔女…いや、清教徒のザムザは捕縛されたまま抵抗するも空しく、


黙って裁判が終わるのを見ているしかなかった。


うーうーと小さく唸り声をあげていると、うるさいとばかりに捕縛されている縄を引っ張られる。






(なんとか…なんとかならないのか…!)






そう考えながら牧師を見ていると、






カン  カン  カン






と、裁判官が判決を下す音を鳴らした。


そして音の後、室内全域に聞こえるのではないかというくらいの大きな声で判決を下し始めた。






「天に召します我らが神の名の下に、汝に判決を下す!」






その言葉に室内はしぃんと静まり返る。






「判決は………………………………………」






ごくり、とザムザの飲み込む唾の音が室内に静かに鳴り響く。






「有罪!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」






わああああああああああ!!!!!!!!!!!と歓声が沸いた。


抱き合ったり腕をぶんぶん振り回している人もいる。


 そんな中、ザムザ1人だけ




(何でこの人たちは踊っているんだ…)




と毒づいた。


何だか周りが真っ白に見えた。


辛うじて自分を捕縛している者の手、踊り狂う者は見えるが…そして牧師。


牧師は空を仰いでいた。


見上げた先には空はなかったが、豪華に彩られた天井まで途切れることのない色彩があまりにも美しく見えた。






私は間違っていたのか…。






そんなことばかりが脳裏をよぎった。


そうして自然とうな垂れを見せた牧師の耳を、ザムザの幼く高い声がつんざいた。






「そんなことない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」






牧師はハッとし顔をあげ、そのほかの者も動きが止めると、一斉にその場にいた者たちがザムザを凝視した。






「そんなことない牧師様…そんなことないです!貴方は間違っていない!!!!!!間違っているのは…この世で間違っているのは、この魔女狩りだ!!!!!!!!!!!!!!!!」






思わず、叫んでしまった。


何てことを、とする顔が少し覗かれた。


牧師の顔は驚き、大半の人間は憤怒、そして何を言っているんだという顔と、そして嘲笑。






「あははははははは!!!!何を言っているんだこの小僧は!?私達が…間違っていると!?」






この時代ではこれが当たり前、なのだ。


だがザムザは否定した。






「ええ!!間違っていますとも!!私は舌っ足らずでうまく言えませんが…牧師様は優しいお人だ!断じて魔女なんかではな…………何を…………!!!!」






敵地で喧嘩を売るようなものである。


その場で上半身猿轡にされ下半身は右足首と左足首に鎖の枷をつけられた。






「無礼者めぇぇ、お前も牧師とともに魔女だ!!お前も一緒に葬ってくれる!!!!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「そこを通してもらえますか」


「とっとと行けばいいじゃねーか」


「!!!!このっ…………!!!!」






一方紗生達は先ほどの連中に通せんぼされていた。






「何をそんなに急いでるのさぁ、かわいこちゃん2人で!」


「いっ、市場にチーズを買いに行くんです。それとパンと…」


「市場!チーズだってよぉ!バッカじゃねーのぉ?あははははは!!!!」


「なッ!何がおかしいんですかぁ!」


「市場は今から公開処刑する為の準備で大忙しなんだよ!


 チーズどころかパンだって売ってねー!ぎゃははははァッ!!!!」


「!!!!」


「何ですって!?」






4人は驚愕した。






「そ、そんな…」






衝撃の事実に地面がゆらゆらと揺れる感覚を覚えた。






「駄目だラムソスしっかりして!こいつらは……それを知らせに来ただけじゃないんだから!」


「おっ!分かってるじゃねぇか!」






そう言って手に持っていた鍬を不意に頭の上の高さまで持ってくると、


それを一気に振り下ろした!






「きゃああああああああああああああああああ!!!!」






鍬が危うく耳を落とすところだったが、寸でのところで何とか助かった。


危ないところだった。






「それだよそれぇ!たまんねぇぇぇ…、もっと啼いてくれ…よっ!!!!」






そう言ってまた振り下ろすと、髪の毛がチリッと鳴ったのが聞こえた。


髪をかすめた音だ。






「こ、怖い…怖い…怖い…!」






自分でもガクガクと震えているのが分かる。






「大丈夫だよラムソス、ここを突破して、早く助けに行くんだ…!」






ラムソスに相反して、こちらは流石に頼もしい。


覚悟を決めたからだろうか。




言って紗生は、その胸元にラムソスを抱きしめた。


そうすると、自然とさっき渡されたばかりの剣が目に入った。


そういえばこれがあったんだ!


そう思った瞬間、2人は同時にうなずき合ったかと思ったら、急にすらりと刀の刃を出し、


そのリアルに重い感覚を超越し敵の攻撃を防御した。


先手を取ったのはリーチの長い紗生だ。






「ふっ!!!!」


「凄いぞ紗生ーーーーーーーーーー!」






空に浮かぶスミレも声援を送る。


紗生は相手の胸下に一気に潜り込み鞘ごと剣で鍬の柄を抑えた形になった。






「やった、本当に振り下ろされた鍬を抑えるほどに筋力が戻っている!…やれる!」






一方ラムソスはというと、あと3人をどう片付けるか短刀を構えながらひたすら攻撃から逃げていた。






「ひゃっ!ひゃぁっ!ひゃぁぁっ!!!!」


「げぇっへっへっへぇぇぇ、そっちの女は兎も角、こっちのちっこいのは頂きだぁ!」






そう言ってラムソスをとっ捕まえようとするんだが、なかなか捕まらない。






「ふ、あはは…、僕もなかなか…!」


「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」






もの凄い声に、その場に居合わせた全員が振り向くと、男は鍬を真っ二つに切り落とされ


自分は片耳が千切れていたのだ。






「ぎゃあああああ、ぎゃああああああああああ!!!!


 痛ぇ゛よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「これはあなたの罰だ…よ!


 魔女狩りに遭った人は、もっと痛い思いして…そうよ!してるんだから!!!!」






理由を自分に言い聞かせるように吐くと、紗生は次の相手がくるのを構えた。


が、どうしたことだろう。


全然かかってくる気配がない。


どうしたのかなと様子を見ていると、どうやら怖じ気づいたようだった。


1人負傷者が出たということで、4人組はすごすごときた道を帰って行った。






「よし、これであたし達はなんとかなった…それじゃあ行くよ!」


「…………」






助けに行く気まんまんの紗生に反して、3人は少し臆病になっている。






「どうしたの?」


「どうしたの?じゃないよ!怖いよ、紗生…」


「はあ?」


「耳…!耳…!!!」






あー…と一呼吸置くと、紗生はすうと息を吸ってこう言い放った。






「馬鹿じゃないのあんたら!これから人殺し集団をやっつけにいくのに、


 耳落としたくらいで何よ!?もっとビッとしろ!じゃなきゃ殺されるよ!!!!」






はっと3人は思い返した。


そういえば自分達はこんなことでビクついてるわけにはいかないのだ。






「あいつらの後を追うよ!急げ!宗教裁判始まってたら火炙りだよ!」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




さっきの連中を追い越して広場まで急ぎ来ると、なんということだ。




磔刑は既に終わり、火刑が始まっていたのだった。


罪状を長ったらしく読み上げている聖教の者がいる。


十字架にくくり上げられる牧師と、やはりザムザも一緒だった。






「!!!!」








しかし何ということだろう、牧師は既に火を点けられている!!!!






ザムザは全身に打撲が見られ、顔はわずかながら口の端に血をたたえ、ロープで手足を縛りつけられ師が焼かれるのを見せられている。


牧師は既に下半身が焼かれ大変な苦痛に見舞われている。






ううう、とか あああ、とうめきをあげながら苦しみに耐えている。


早く救わないと命が危ない。






「牧師様ァ!脚に火がっっ!牧師様ぁぁぁぁ!!!!」






ザムザはどうにか抜け出して助けに行こうとしているようだが、如何せんロープを聖教の人間につかまれているので、全てが徒労に終わっている。






「!!!!お師匠!ザムザ!!!!」


「牧師さん!!!!ザムザ君っ!」






周りに押し殺した声で、2人はそう叫んだ。


叫んだと同時に紗生は、何やら内から熱いものがこみ上げて、それが爆発したかと思うと、いつの間にか剣を抜いていて、そしてその剣は…炎に包まれていた!






「!紗生…さん!?」


「紗生ッ」


「〜〜〜〜〜許せないあんなの………許せない!!!!」






そう叫んだかと思うと、紗生は一目散にその場に殺到し逃げる取り巻きを避けて通せんぼする輩達と手合わせをした。






「お前ら、よくもよくも・・・こんな真似が出来たものだな!!!!」


「ははは!これ!すげぇよ!剣から炎が出てるぜ・・・本物の・・・魔女だぁっ!!!!」


「黙れ!お前らの吹聴していることは全部でたらめだ!こんなものを遊び道具にして!何が面白いんだ!!!!」






紗生の勢いは止まらなかった。


1人2人蹴散らかしたと思うと、次々と手玉に取り倒していく。


だがそれもここまでのようだ。


ザムザに刃を向けられてしまった。






「卑怯な!」


「ははは、どっちが卑怯だこの魔女めが!そんな剣を持たれたのでは勝ち目がある筈がない!」


「黙れ!私だって…こんな力…………はっ!いけない…!集中っ!」






紗生はどうやらこの能力が気に入っていないようである。


むしろ嫌悪すら覚えるような…。






「さて、他の者は逃げた、ここには私・司祭とこの2人だけ…どう出るつもりだ?」






困った。


早くしないとうめき声が断末魔に変わってきた。


もしかしたらもう助からないかも知れない…。


でも、助ける意味はある筈だ!




そんなことを考えていると、うしろからラムソスが近づいてくるのが見えた。


どうやら助勢してくれるらしい。


と思った瞬間にぎゃあっ!と醜い声が上がり敵の1人が倒れた。


ラムソスだ!


どうやらラムソスが1人を刺してくれたらしい!


腹を刺されてその場にうずくまっている。


それに恐れをなしもう1人は逃げた。


あとはもう…この司祭だけである。






「ふ…どうするつもりだこんなことをして…こんなことをしたら…今はいいかも知れんが…後がないぞ。お前ら全世界を敵に回したことになるんだぞ。いいのかそれで?」


「おしゃべりしてる時間はないの。そこをどいて。どきなさい…………!!!!」






思いあまってつい突きを出してしまった。


手ごたえからして、骨までイったらしい。


決着はついた。司祭は一目散に教会へと逃げて行った。


それを見送りもせずすぐ様4人は消火作業にうつった。


といっても炎の臭いと色から油が混ざってることが一目瞭然だし、


燃え盛る炎をどうにかするには時間がかかることは歴然だ。




牧師はもう助からない。




そんな考えをその場にいる全員が悟った。






「どうしよう…これ絶対助からないよ…」


「お姉さん!お願いです牧師様を…!」


「分かってる、分かってるわよ…そこに水があるわね!あとは布よ」




と紗生は広場の端にある井戸を指す。






「布!?どうしようそんなの」


「あたしはとりあえずこのマントを濡らしてくるわ!」






先陣切って紗生が羽織っていたマントを濡らしに井戸へと急ぐ。


次いで弟子達も小さいがマントを濡らす。


そして牧師の元へ戻りじゅうじゅうと音をたてて炎を消していく。


それを何分間か繰り返し、ようやっと火が消えたなと思った頃には






牧師は 死んでいた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




親愛なる牧師様の焼ける音がこんなに臭いとは思わなかった。


てっきり優しい臭いがするものかと思ってたのに、思いの外臭かった。


臭すぎて涙が零れた。


あの時水汲みになんて行っていなければ…。


あの時あんなにゆっくり話しなんてしていなければ。




こんなことにはならなかったのに…。




どうしようもない思いだけがこみ上げてきて、2人の弟子は成す術もなく


醜く変形したその顔を見つめていた。






「ねえ、お墓作ろう。いつまでもこうしているわけにはいかないから。


 また聖教の連中がきたら、闘ってる最中に遺体をばらばらにされちゃうよ」




何て言っていいのかわからないから、とりあえず脳裏によぎったことを言ってみたが、案外いいアイディアだったらしく、すんなり2人は聞き入れてくれた。


先に炙られた脚の方はぼろぼろと崩れるので、持てる部分だけを広場を堂々と闊歩して、教会へと帰って行った。


そして教会の裏に、紗生が見つかった場所に葬った。






気がつくともう夕日が沈む時間で、今日あったことがとても長い長い昔のことのように思えた。






親愛なる牧師様。


色んなことを優しく教えてくれた牧師様。


父のようだった牧師様。






木の枝で作った簡易的な墓を作り花を手向け欲しかったであろう水を十字架の墓標にかけると、3人は着替えに急いだ。


日没までにここを出なければ。


でなくては相手は大の男、一度力におののいたとて相手は女子供なのだから、


どうせ次はないのだろうと思って来る筈だ。


2人は〝正装〟し、紗生も教会の〝正装〟を借りた。


2人は覚悟を、もう1人は恩で。




そうら、予想通りやって来た。




3人と2人は持てるだけの食料と水、十字架や聖典を持って村人に追われて村を出た。


妖精2人はもうここからは一緒に行けない、やることがあるからと言い、ザムザに粉を振りかけて約束通り去っていった。






こうしてザムザ、ラムソス、紗生の3人の過酷な旅は、今まさに幕を開けたのだった。












第1部完

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