五 気の進まぬ詮議

 葉月(八月)九日。明け六ツ半(午前七時)。

 長女の雪は親を斬殺された翌朝だ。こんな状況の明け六ツ半に、殺害状況を訊いて良いものか・・・。藤堂八郎は気になりながらも、長女の雪が伏せっている離れの寝所に入った。寝所に次女は居なかった。なぜ次女が居らぬのか・・・。大番頭が手をまわして他所へ移したか・・・。次女の行方が気になる・・・。


「お嬢さん、御両親を亡くしたこんな折にすみません。許してください。

 もう一度訊きます。夜盗の顔を憶えていませんか」

 大番頭の与平は感情の無い表情で雪にそう尋ねた。

 両親の斬殺の場を見た娘に、なぜこんな訊き方をするのか。何か妙だ・・・。再び藤堂八郎は大番頭を不審に思った。


「暗かったし、覆面をしてたから・・・」

 雪の表情は能面のようで話し方に抑揚が無かった。

 妙だ・・・。この娘、親の死に対して無関心に思える。親が斬殺される現場を見たせいで記憶が飛んだままか・・・。いや、そうとは思えぬ・・・。藤堂八郎は、雪の無表情が意図したものように感じた。

 雪は、父を斬殺した夜盗の昇り龍の彫り物を記憶していた。夜盗二人の身体つきは大番頭と番頭に似ていた。そしてもう一人は妹の多美に似た女だ。夜盗が両親の寝所に押し入った折、離れの私の寝所に妹はいなかった。妹も信用できない・・・。そう思って雪は警戒し、気になる事を誰にも話さなかった。


「夜盗の身体つきを憶えてますか」

 寝首かき一味の体つきくらいは憶えているだろうと藤堂八郎は思った。

「大番頭さんと番頭さんに似た体つきでした。奥庭で見張っていたもう一人は、体つきから思えば、あれは女でした。腰が括れて尻が大きめでした」

 この時も、雪は夜盗の昇り龍の彫り物について話さなかった。大番頭に訊かれた時と同じに、昇り龍の彫り物は誰にも話していけない気がしていた。


「女の背丈は如何ほどでしたか」と藤堂八郎

「私くらいだと思います」

「夜盗は父上に何と言っていましたか」

「お宝がどこにあるか、と」

 雪は俯いた。

「父上が斬られる前、夜盗はどんな様子でしたか」

「穏やかに話してました。私は父が首を斬られるとは思ってもいませんでした」

 俯いたままそう言った途端、雪は激しく泣きだした。


 雪の話だけでは手掛りにならぬが、夜盗は殺しに慣れている。しかも、夜盗は明らかに大黒屋の商いの品に精通していた・・・。藤堂八郎はそう思いながら、

「お宝と呼ばれる商いの品を、誰が知っていたか、全て教えて下さい」

 と大番頭に訊いた。

「お宝と呼ばれる品の商いは内密で、扱う品は全て暗号で取り引きされ、実物が何かを知っているの主だけです。私どもをはじめ、主は奉公人の誰にも商いの品の内訳を話しておりません。

 また、お宝の品は金蔵かねぐらに納められていましたが、鍵は主が肌身離さず持っていました」

 大番頭はもっともらしくそう言い、扱った品名を明かさない。


「奉公人が商い品を知らずに、商いができるのか」

 藤堂八郎は大番頭を睨んだ。やはり何か妙だ・・・・。

「はい。主だけがわかる商い品の箱書きで、お宝の品を確認しておりますので」

 大番頭はそう言った。

 しかし雪の説明から、明らかに夜盗は大黒屋の商い品を知っていた。夜盗は大黒屋と関わりある者だ。まずは大黒屋の主とこの大番頭と番頭の身柄を探らねばならない、と藤堂八郎は判断した。


 まもなく大黒屋清兵衛夫婦は竹原松月によって消毒がなされ病死とされた。

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