第24話 コンスタンツェとカロリーネ
「まあ!エステル様が味方となるのなら、カサンドラ様もお喜びになったんじゃないかしら?」
目の下に真っ黒な隈を浮き上がらせたカロリーネが、書類の束を抱えて執務机に座っている姿を見下ろしたコンスタンツェは、
「カロリーネ様!私たち!パーティー前日は一日ぐっすりと眠って休んだほうが良いように思いますわ!」
と、言い出した。
カロリーネの顔色も酷いことになってはいるが、実はコンスタンツェの顔色も相当に酷いことになっている。何日も満足に寝ていないので、二人とも目の下の隈が令嬢とは思えないほど真っ黒になっている。
気の強そうな顔立ちで、見るからにしっかり者そうな雰囲気を醸し出しながらも、箱入りお嬢様で頼りなかったはずのコンスタンツェが、普段では見せたことのないほどの殺気だった表情を浮かべているため、
「コンスタンツェ様、そもそもこのガーデンパーティーはカサンドラ様がやるべきことなんですのよ」
心配となったカロリーネは、諭すように言い出した。
「なにも自ら苦労を背負って立つ必要もないのです。この後のことはカサンドラ様にお任せするか、もしくは出産後にガーデンパーティーは日にちを改めたとしても、誰も文句は言わないと思うのですが?」
カロリーネの言葉に、ハンッとお嬢様的にはアウトな感じで鼻を鳴らすと、
「私、考えを改めることにしたのです」
と、コンスタンツェは真面目な顔となって言い出した。
「私はバルフュット侯爵家の一人娘ですし、お父様は新しい妻も娶らずに私を溺愛し続けておりますの。普段はしっかり者のお父様でも、私のことになると甘々のあまチャンになってしまいます。周りの人間もそこのところは良く理解しているものだから、箱入り娘の私さえ押さえてしまえば何とかなると思っているのです」
昔から周囲の貴族たちは当たり前のように、コンスタンツェと従兄のパヴロが結婚するものだと考えていたのだった。長男であるパヴロが伯爵家を継ぐべきはずなのに、侯爵家に婿入りするのが既定路線となっていた。
父が後妻を娶らなかった為、侯爵家の子供はコンスタンツェ一人だけ。叔母であるアマリアの後押しもあって、二人は結婚して侯爵家を守るということが決められた話のようになっていたけれど、何故、叔母の意見は絶対とでも言うような風潮が侯爵家内に広がっていたのだろうか?
叔母はカルバリル伯爵夫人なのだから、伯爵家内で差配を振るうのは分かる。侯爵家についてはあくまで善意でお手伝いをしているだけのことなのだから、彼女が女主人の地位に就いたわけでは決してない。だというのに、何故、こんな事が罷り通っていたのかといえば、中で働く使用人を叔母が自分の配下の者に入れ替えて、最終的には家令のコーバンさえも殺して排除しようとしたからだ。
「私はアマリアおばさまに勝ちたいの」
握りしめたコンスタンツェの手は小刻みに震えている。
「絶対にアマリアおばさまに勝つ。だからこそ、絶対にパーティーは開催しなければならないのよ」
「そうなのね・・」
カロリーネは握りしめたコンスタンツェの手を開かせると、爪で傷ついた皮膚にハンカチを当てながら言い出した。
「だったら私たちは、新しい新作のドレスを着てパーティーに参加しましょうよ」
爪が食い込んで血が滲んだ手をハンカチで押さえ付けたカロリーネは、
「ドレスが完成したところだし、お披露目するにはちょうど良い機会ですものね」
と言って、妖精のように儚げで可憐な顔に、何とも言えない悪巧みするような笑みを浮かべたのだった。
◇◇◇
パーティー前日の夜になって、コンスタンツェはテラスから星空を眺めていた。カロリーネには早寝をしようと言いながらも、なかなか寝付けなったコンスタンツェは、庭園を横切るようにしてセレドニオがこちらの方へと向かってくる姿に気が付いた。
軍服姿のセレドニオは2階にいるコンスタンツェを見上げると、何か声をかけるということもせずに、スルスルとコンスタンツェが居るテラスの方までよじ登って来た。
テラスの柵を飛び越えたセレドニオは、引き寄せるようにしてコンスタンツェを抱きしめると、
「明日、侯爵が到着するって聞いたから・・」
と言って、コンスタンツェの紺碧の髪に自分の顔を埋めた。
「セレドニオ様、船の方は?大丈夫なのですか?」
バルフュット侯爵家に婿入り予定のセレドニオだけれど、今はまだ王国軍に籍を置いたままの状態となっている。連日、海軍の船に乗って近海を航行する外国籍の船を調べているのだが、コンスタンツェに会いに来たということは、彼なりに調べ物の目処が付いたということになるのだろう。
「まだまだ先だと思っていたパーティーも遂に明日か」
「そうですね・・」
「パーティー前日は早く寝ると言っていたじゃないか?」
「そうなんですけど・・なんだか眠れなくて・・」
王家主催のガーデンパーティーは昼の2時を回ったあたりからスタートをして、3時間ほどで終わるものとなる。昔、大公妃が利用していたという小ぶりな離宮の前に広がる庭園が会場となり、百人を越える貴婦人たちが招待されることになる。
今回は中立派の貴婦人たちが欠席を表明しているため、大幅に数を減らしていることになるのだが、王妃様は公務により欠席、王太子妃カサンドラもまた体調不良で欠席する予定となっているため、王家主催なのに妃身分の者が誰も出席しないという、前代未聞のパーティーが開催されることになっているのだった。
妃に代わって招待客を出迎えるのはコンスタンツェとカサンドラ、王家派筆頭と貴族派筆頭の侯爵令嬢たちが挨拶まわりに出ることになるため、パーティーの序盤は滞りなく進むことになるだろう。
問題は貴婦人たちがそれぞれの席に着席した後、若輩者の生意気な差配を指摘して、貴婦人たちは嬉々としてクラッシュ行為を始めるだろう。
コンスタンツェは叔母であるアマリア・カルバリル伯爵夫人に、カロリーネは格下のイシアル・イグレシアス伯爵夫人に頭を下げなければ、パーティーはまともな状態には戻らない。
学園を卒業したばかりの二人の令嬢の粗相は仕方がないこと。二人の貴婦人はおおらかな心で若輩者の二人を許すというパフォーマンスをすることで、今後、社交界を仕切るのはカサンドラとその側近ではなく、しばらくの間は、貴婦人の中の貴婦人であるカルバリル伯爵夫人とイグレシアス伯爵夫人であると公に知らしめる。
王家主催のパーティーではあるものの、王妃も王太子妃も参加をしないのだから仕方がない。全てはカサンドラから重要なパーティーを任されたというのに、粗相をしてしまったコンスタンツェやカロリーネが悪いのだし、そんな二人の令嬢に大切なパーティを丸投げしたやる気がない王太子妃カサンドラが悪いのだ。
「明日は俺もパーティー会場の警備に紛れ込むつもりだから、安心して寝たらいい」
頼りなげに自分の胸に顔を埋めるコンスタンツェの髪の毛を優しく撫でながら、セレドニオは囁いた。
「何かあれば俺がいる、最悪の場合は俺がお前を連れて逃げれば良い」
うまくいかなければ鳳陽国に逃げれば良い、侯爵家を手に入れたいだけの伯爵夫人は、わざわざ鳳陽までコンスタンツェを追いかけては行かないだろう。
「お前が行くとなればきっと義父上もついてくるだろうしな」
「それでは私の気が済まないのです」
コンスタンツェはセレドニオの紅玉の瞳を見上げながら言い出した。
「絶対に、ギャフンって言わせてやらなきゃ気が済まないのです!」
そんなことを言い出すコンスタンツェが愛おしくて仕方がないセレドニオは、小柄な彼女の体を抱き上げてベッドへと運んで行ってしまったのだった。
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