第19話 オークたちの事情

 さて、オークたちを連れ帰り、私がまずやった事は……彼らの風呂と食事だ。

 なお、風呂が先で食事が後である。

 これは譲れない。


 なにせ、ひどい匂いだったからな。

 だが、200体ものオークを一度に洗うのはかなり無理があね。

 とりあえず話し合いに参加煎る代表のオークたちだけ身を清めてもらった。


 残りは近場の浴場で順番に水浴びだ。

 ……実はあまり水が豊富な地域ではないので、意外と風呂は贅沢である。


 そして次に起きた問題は、服だ。

 服にも匂いがこびりついているから、そのままで食事だなんてとんでもない。

 私の繊細な鼻が死ぬ。


 だが……連中の体はデカい。

 小柄な奴で2メートル半。

 中にはベア子と変わらない3メートルサイズの巨人までいる始末だ。

 当然ながら、サイズの合う着替えが用意できない。


 というわけで呼び出されたのが商工ギルドだ。


「とりあえず一枚の大きな布を体に巻き付ける感じにするわ」

 そう語るのは、ギルド長のキャリバン。

 なぜおまえがここにいる?

 オークの体目当てですか……そうですか。


 そんなわけで、スーツ姿の紳士がすっぽんぽんの巨人に布を当てながらキャッキャウフフするという狂気の光景が繰り広げられた。

 ……私の目の前で。


 あいつら、何の躊躇もなくその場で脱ぐし。

 先ほどの全裸土下座要求も、土下座の部分が屈辱で、全裸の所は気にしてなかったのかもしれない。


 え? オークのナニ?

 デカかったよ。

 私の護衛たちが全員自信を無くしてションボリするぐらいには。

 おかげで今日は悪い夢を見そうだ。


 そんなわけでやっとの事で会食と話し合いの場が出来上がる。


「それで詳しいところを聞きたいのだが、まずは素性からだな」


「オデたちは、エビのタニのグリーンオークだ。

 ヤマアイのスコしヒロいタニマでブドウをソダててクらしていた」


 あぁ、エビのタニはたぶん『葡萄えびの谷』だろう。

 エビは葡萄の古語で、葡萄色えびいろという紫の古色にその名をとどめているのだ。


「オークが農業とは珍しいな」


「オデたち、コレだからな」


 オークの代表はその大きな手を私に見せてきた。

 すると、太い指の先にある爪のすべてが緑に輝いていた。

 このキラキラしたラメっぽい感じ、色素ではないな。

 鳥の羽なんかと同じ構造色の緑か。


 つまり、染めたわけではない。

 おそらくは……。


「緑の手か?」


「ソウだ」


 その答えに、横に控えていた従僕たちが沈黙したまま目を見開く。

 ルシェイドやヴァネリスが平然としているのは、とっくに気づいていたからだろうか。

 ベア子はわかってないな。

 丸い顔を軽く傾け、それおいしいの?って顔をしている。


「ベア子、緑の手とは、植物の育成に強い影響を与える特殊な体質だ。

 植物にかかわりの深い精霊や妖霊モーの寵愛によって得られるものらしい。

 この体質を持つ者によって世話をされた植物は、成長が速かったり生命力が強くなったりするだけでなく、作物ならば味が良く大量に取れたりする」


「へ、なんぼかすごいな!

 そった力あったら、ご飯いっぺ食えるっちゃ!」


 当然ながら、どこの領地でも引く手数多なのだが、なにせ大きな街でも数人いるかどうかぐらいと、その数はとても少ない。

 少ないはずなのだが……。


「もしかしなくとも、お前ら全員がそうなのか?」


 私の言葉にオークたちは頷き、その手を見せる。

 全員が緑の綺麗な爪をしていた。

 通常の緑の手は見た目が変わるわけではないが、力が強くなると一本の爪の色が緑にかわり始めるという。

 まぁ、ようするに緑の爪は聖痕ステイグマと呼ばれる類の奴なのだ。

 さらに力が強くなるごとに、緑の爪の数は増え……5本の緑の爪をもつ者が触れれば、季節に関係なく一日で果樹が実るという。


 なるほど、それでグリーンオークか。

 しかも全員が全員、全ての爪の色が変わるほど強い緑の手である。

 よほど力の強い妖霊モーとでも契約しているのだろうな。

 そりゃ種族の名前にでもなるし、ダークエルフにも襲われるか。


 おそらくこの能力のせいで、争わなくとも食料に困らなかったのだろう。

 その環境がこの穏やかなオークたちを生み出したってわけか。

 もはやこいつら、オークの形をした別の生き物だぞ。


 そして、こいつらが難民?

 普通ならば踊りだしたくなるレベルで嬉しいだろうし、ましてや今は食糧問題が発生している。

 渡りに船とは、まさにこの事。

 ……と一見して思えるだろう?

 だが、これは危険な状態だ。


 突出した富とは、多くの人の妬みを買うものである。

 周囲からねたまれて孤立した挙句、隣国から攻められたら?

 救援は期待できないし、さすがに国一つ襲ってきたのに自分たちだけで大丈夫なんてことはあり得ない。


 下手をすれば隣国と隣領地が結託して……なんてことにでもなったら最悪だ。

 もう、物質の供給とか情報の分断とか色々と不味すぎて自分でもどう最悪なのか説明が難しい。


 それゆえに富の分配は必要なのだ。

 さもなくば、妬みから身を護る力が必要である。


 さて、このオークの形をした富を、どう分配する?

 お前ら役に立つから、小分けにして知り合いの所への贈り物にするわ……なんて言われたら、さすがにキレるだろうな。

 私だったら、相手を殺してキッチリ始末をつける算段を立る事だろう。


 はっきりしている事は一つ。

 私がこいつらを保護しなければならないという事だ。


「我が領地に住むことを許可する。

 ただ、無条件で言うわけにはゆかない」


 私が保護しなければ、クラリッサみたいな連中が寄ってたかってこいつらを奴隷にし、あちこちに売りさばく事だろう。

 連中にとっての正義とは、国の法や倫理ではない。

 利益だ。


 結果、隣国が力をつけて、より強くなった状態で攻めてくることにもなりかねない。


 そんな未来を防ぐためにも、囲い込みは必須だ。

 物理的にも政治的にも。

 おそらく国の連中もこのオークたちを手に入れようと何か干渉してくるだろう。


 だから、確認しなければならない。


「お前たち、私を愛せるか?」


 オークたちは真っ赤な顔で目を見開き、一部はなぜか股間を押さえた。 

 

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