第16話 まるこげ注意!
暗闇の中、ポケットからスマートフォン取り出し再びライトをつける。朝陽を見ると呼吸を、感じる事ができ、気を失っているだけだとわかり一先ず安心した。
完全に閉じ込められてしまったようだ……何故、油女はあんな事を……。
辺りを照らす。この倉庫のような場所は思った以上に奥行きがあり、地面は柔らかい土のようだ。朝陽の衣服には泥がつき、練り色の髪は血と泥の汚れを際立たせ、普段の華麗な姿からは想像できない状態になっている。
朝陽を揺するが反応はない。
「出口を探さないと……」
力の入らない朝陽を起こし、何とか背中で担ぐ、小柄な人間でも力が抜けている状態は重さを感じる。
担いでる状態ではライトを照らせず暗がりの中を歩く。奥に進むにつれ地面の土が水気を含んでいきぐちゃぐちゃと音を立て、この空間の不気味さに拍車をかける。
次第に地面は凸凹とするようになり、岩のような物に躓き朝陽を担いだまま転倒してしまった。あまりの悪路にスマートフォンのライトをつけ躓いたものを照らす……。
「うっうわぁああっ!!」
そこにあったのは……人の顔、顔以外全て土に埋まった人間の異様な姿が目の前にあった。顔の半分は腐り目玉のあったところには蛆が湧き異臭の元凶はこれだとすぐにわかった。
「ふざけるな、ふざけるな。なんだよこれ……何だよこれ! 何で人が埋まってるんだよ!?」
唾を飲み改めて辺りの地面を照らす。躓いた顔の持ち主は多分男性。そして進行方向の地面を照らすと——さらに顔だけ出した女性の死体が埋まっていた。
「んぐ、これって……もしかして失踪した人達なんじゃ……やっぱりこの中に蝕死鬼が……」
茫然自失と死体を眺めていると、突然倉庫内の照明がバチバチと音を立てつき始めた。手前から順々に気味の悪い赤橙色の明かりが奥に広がり視界は全て赤橙に染まり、倉庫内の全容が明らかとなった。
「なんだよ、これ……」
先に見つけた二体の死体の他にも縦一列等間隔に人間が顔だけ出した状態で埋まっているではないか……数にして十一人。幸楽商店街失踪事件の被害者で間違いなさそうだ。
「いらっしゃいましゃらいいぃぃ」
倉庫内のちょうど真ん中に位置するところに、僕達を閉じ込めた張本人が首を傾げ佇み、もてなしの言葉は歪に歪み原型のない言語になっている。
「あ、油女? どうしたんだよ一体……さっきまで普段通りだったじゃないか」
ギョロリと定まらない視線を僕に向ける、瞼が裏返るのではないかと思うほど目を見開いて僕を睨む。
「ごちゅううううぅもんでですねぇあり蟻がトウぅございぃす定蝕セットでですね…………お待ち下さい」
油女の左手には、血がべったりと付着した木製バットを手にしておりそれをずりずりと引きずり、畑の野菜のように植えられた十一人の死体の一人の首を鷲掴みにし、まるで大根を引き抜くが如く片腕で人間を引っこ抜いたのだ。
引き抜かれたのは女性で制服を着ているように見える……え? あの制服は僕が通う私立滝壺高等学校の制服じゃないか?
「ゴホッゲホッ! う、うぅ」
しかもまだ生きてる!! よく見ればあの女の子、僕のクラスメイトのHだ。油女を虐めていた主犯格のカースト上位種の一人、何でここに!?
「お、おい! 油女ぇ!! でめぇいい加減ここから出せよっ!!」
息も絶え絶えで必死にHは油女に訴える。
「せんど、鮮度が大事なの、で首を捻る作業をいたいたいいしますどうかくるしみぬいてていっ逝ってくださいいぃっででわ痛くししますっ」
油女はHの首を鷲掴みにしたまま片手で身体を持ち上げギチギチと首を締め上げる。Hは足をバタバタと動かし、両手で油女の手を外そうと、爪を立て前腕を引っ掻く油女の右腕は徐々に皮膚がむしられ血が滲みだしているが、お構いなしに首を締め上げる。次第にHの足は動かなくなりピクンピクンと、痙攣するだけになった。
————ズガァアアンッ!!
凄惨な現場の空気を弾き飛ばす銃声が響く——この音は朝陽の回転式拳銃!!
油女の右肩が撃たれた衝撃で鷲掴みにされていたHは地面にどさりと落ちた。僅かに唸り声が聞こえる、まだ生きている。
僕は自分の後方を見遣る。朝陽がうつ伏せの状態から回転式拳銃を構え発砲したようだ。
「命さん!! 人命第一! 救出してください!」
「あ……」
「早くっ!」
朝陽の一声に刀を抜き身にし油女に突進した。
「援護射撃入ります!!」その言葉と同時に背後から銃声が三発聞こえた。
油女は虚無の表情で軟体生物のように身を捻り弾丸を回避しHから離れた。その隙に、僕はHに駆け寄り肩に腕を回し担ぎ上げた。朝陽に視線で合図を送りそれに応えるように油女に銃口を向けたまま近づいてきた。
「朝陽怪我は大丈夫なのか!?」
朝陽の額からは血が滴りそれを袖で拭う。
「大丈夫です……まさか、油女さんが蝕死鬼だったなんて、迂闊でした」
確かに油女の日常を考えても"死"を連想させるには十分すぎるだろう……でもまさか一連の犯人が油女ころもだったなんて……。
「命さん、私が彼女を倒します。戦闘に入ったらその人を連れてすぐ逃げてください。他に生存者がいる可能性もありますが、やむおえません助けられる命を優先してください」
「でも……それじゃあ朝陽は」
ゴシャッゴシャッと木製バットをぬかるんだ地面に何度も叩きつける油女が僕と朝陽の会話を遮る。
「お客様食材をおおかえしください……せんどが、せんどがぁぁあああ!! あガァあぁああああっあぁああああああ!! ばぁばがぁどうううぅしててええええぇわわたししいじめるるるるののにがにぐいいためてあげていだだぎますがぎごえないいいぃよおおぉ!!!!」
油女は自身の頭を掻きむしりながら叫びとも悲鳴ともとれる奇声を発しそれを息を飲み眺めることしかできなかった。
「わだじのしあわぜわぁどこなのおおおぉ!!!!」
発狂しながら油女は木製バットを振りかぶり信じられない速さで僕に突進してきた————
まずい僕を狙ってきやがったっ!! 人間を担いでいて、防御が取れないにしても早すぎる! 完全に人間の域を超えた速度、最早油女は完全なる人となりの崩壊を迎えている。すでに僕の頭上数十センチ先には木製バットが隕石のように降りかかろうとしている。
間違いなく当たれば"死"。
「命さん!!」
朝陽!?
朝陽が咄嗟の機転で僕を突き飛ばす。その時突き飛ばした左手は振り下ろされた木製バットが直撃しボギッと言う骨が砕かれる音が、いや僕の視界には朝陽の左腕が明らかに曲がるはずのない角度に折れ曲がる瞬間を目撃する。
悶絶し卒倒してもおかしくない痛みに朝陽は苦悶の表情を唇を噛み締め耐えぬき、油女に回し蹴りで反撃を加える。見事油女の顔面を捉え後方に数メートル吹き飛ばされた。
朝陽は膝をつき拳銃を地面に落とし折れた腕を押さえる。
僕はガタガタと足が震え現状起きている恐怖になす術なく立っているのがやっとであった。十全十美の朝陽の変わり果てた姿、およそ現実とは思えぬ無数の死体が埋まる惨状に倉庫内の異臭に視界の全てが赤橙に見える照明、ここは地獄の縮図だ。
僕のキャパシティを超える情報量に自然と涙が溢れるそれでも肩に担いだクラスメイトHは手放さなかった。
「命さん……私が彼女の気を逸らしている間に逃げてください。貴方の刀であれば拡張した結界をもう一度切れば外に出られるはずです」
言うと朝陽はホルスターから回転式拳銃の弾薬装填器(スピードローダー)を一つ取り出し、口に加え、落とした拳銃を拾い上げ起用に弾倉へと弾を詰める。スピードローダーをさらにもう一つ取り出し口に加えそのまま朝陽は歩き出し僕を護るように前に立つ。片腕で扱うには不向きな回転式拳銃を油女に向ける。
その背中は語るまでもなく有無を言わさず僕に逃げる選択しかあたえてくれなかった。
油女は朝陽を即座に敵と認識し、今にも飛びかかる四足獣のように両手を地面につけ足を屈伸させている、右手には木製バットを握りしめたままだ。
何を示し合わせたかわからない。だけどこの場にいた三人は何か示されたように互いの思考を読み取るが如く三人は同時に動き出した。油女と朝陽は同時に攻撃をしかけ、僕は出口目掛け走り出した。
いや違う……僕はこの重圧に耐えきれず逃げたに過ぎない。クラスメイトHを助けると言う免罪符を手に入れ安心したんだ。朝陽に刀でもう一度結界を破れると聞いて安心したんだ。だから怖くて必死に振り返らず安堵感を引っ提げて尻尾を巻いて逃げたんだ。
走って走って走って走って走って走って走って逃げた。出口らしき鉄扉目掛け刀を乱暴に振るうと、入って来た時同様に鉄扉に亀裂が入り、僕は亀裂に飛び込みさらに走り続け気づけば元いた天ぷらや油神の店内を通り過ぎ、店先まで出ることができ、震える足は崩れて両膝をつく。
「はははは何が何が何が何が!! 身を挺して守るだ!? ……真っ先に逃げ出した男の言う言葉か? くそっくそくそくそくそくそくそくそおっ!! どうしよう、朝陽ごめん朝陽朝陽」
こんな時どうすればいいんだ?? 朝陽ならどうする? 僕はどうしたらいい?
「ゲホッゲホッゲホッ」
気絶していたHが目を覚まし、肩に回していた腕を下ろす。顔以外は泥の中に埋まっていたせいか泥だらけで衣服の色など到底わかるはずもない。
「……おい、お前誰だよ?」
この女は文頭に、おいと言わないと喋れないのかよと思うと少し冷静になれた。
「佐野だよクラスメイトの。訳あってお前を助けた……そう言えば他に生存者は? 他に生きていたやつは!?」
「……わかんねぇけど、アタシだけだと思う、一緒に捕まった暁美と八重子は全然返事返ってこなかったし……う、うぅ何でグス、グスンこんな、うぐ、目にあわなきゃいけないんだよぉ、お母さんに会いたい……」
嗚咽混じりに泣き出すH。途中から予想していたが失踪事件で増えた三人とはこいつらのことだったのか……。
嫌いな奴の涙ほど冷静になれるのだと気づき、こんな時こそ『賢者の堂』創設者イリスさんに連絡をすればいいのだと気づきスマートフォンを取り出し電話かける。
呼び出し音が十秒ほど鳴り続け、不安と焦りが押し寄せ冷や汗をかく。
ガチャ『私だ』
受話器に落ち着いた中性的な女性の声がする。イリスさんだ、僕は一度深呼吸をし事の有り様を説明する。
continuation————。
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