第14話 ころも揚げ!
何かと交通ルールを重んじる油女のおかげですっかり日が傾いてしまった。
正直ルールを守る事は大切な事だと思うけど、度が過ぎれば悪になるのもまたルールなのだ。例えば高速道路なんて周りの速度に合わせたほうがスムーズなのに馬鹿正直に法定速度を守るとかえって渋滞を招く、特に右車線なんてな。今の油女は『強要はしない』けど周りに迷惑はかける典型である。
以前の油女ころもはクラスという道路の流れを妨げ健全な悪で取り締まるまさに必要悪の警察のようだったけど、どちらがいいと言うわけでなく、適切に取捨選択した状況判断で物事の流れを見極めることが大事ってこと、僕はと言えば、その道路を傍観する鳥のようなものさ触れず関わらず俯瞰しているから排気ガスが煩わしくてしようがないよ。
横断歩道の赤信号は、まあ止まったほうがいい、良い子は真似するなよ、ちなみに僕は未遂だからな。
「ねぇ今、不満そうな顔で何考えてたの?」怪訝な顔で訊く油女。
「いや別に……」
僕は目の前に仰々しくそびえ立つアーチ看板を見上げる。掠れた部分はかろうじて幸楽と読め後に商店街とあった。
「『幸楽商店街』……やっぱり例の失踪事件があったとこだよな……確か八人行方不明になってるって……」
「今は十一人だよ」間髪入れずに油女が言い伏せる。
三人増えたのか、きっと僕が意識を失っていた間に被害者が増えたのだろう。
「お父さんの店はこの中」
油女はアーチ看板をくぐり先をいく。西の地平線を一瞥する、日が傾き夕焼けがじんわりと頬に刺さる。日が沈みかかった雲の多い空は、薄気味悪く黒い絨毯に鮮血を散りばめたように広がっていた。
油女の後追う、商店街の中は西日が徐々に傾くせいか光が奥に逃げていくように闇が呑み込んだ。おあつらえ向き、と言った雰囲気を醸し出す。この空気感かなり嫌な予感がする。大丈夫だろうか?
数メートル離れた位置から油女がこちらに振り返り僕を待つ、事故に遭う前のシチュエーションと似ているなと思い歩き出す。異様な商店街の雰囲気に緊張感から肌身離さず持っている刀袋のショルダーベルトを握る手に力が入る。
「佐野くん、部活なんてやってたんだね、それ剣道?」歩き出した油女は顔を前にしたまま訊ねる。
「いや別にそう言うわけじゃないよ。まあ職場から支給された護身用みたいなもの、かな」
「じゃあいざとなったらそれで守ってくれるんだ」
「ん、ああ……」間違っていないけど、あれ? 何か間違っているような?
「ここがお父さんの店だよ」
商店街を百メートル進んだ辺りで止まり、一つのシャッターの降りた店を指差す。『天ぷらの油神』と看板には記されており、他の潰れた店に比べると真新しく見える。
「随分と大仰な名前だこと……」
「味はね、本当に美味しかったの。そこだけは神に見劣りしなかったな……」うら淋しい表情には思い出を省みるものがあった。
「……美味いものなら是非食べてみたいね、僕は天ぷらは好物なんだ」
こちらを呆気に取られたような顔で見る油女。
「気を遣ってくれたの?」
「他意はない。僕の率直な感想で、それ以上はないよ」
「……ありがとう、ご馳走できるよう頑張ってお父さん探すよ。なんなら私が作ろうか? お父さんからレシピ聞いてるんだよね」
……他意はない。油女ころもの発言に他意はない。それはお礼以外の何物でもなく、けっして僕に好意があるとかないとか、そんな浮ついたものなわけがない……。
日頃から誰にも相手にされていない人間っていうのは自己肯定感が乏しく優しさに飢えている。だからちょっとした優しさを向けられただけでつい心を開いてしまうものなのだ。はぁ、やだやだ、いつから君はそんな弱い人間になってしまったんだ、油女ころもよ。
まぁ確かに油女は気も強いし真面目の化身みたいなやつだけど、容姿はそこそこ可愛い、なんて言うか油女がいじめられてる要因の一つに容姿の良さってのもある気がするんだよな。そりゃ容姿の可愛いやつに手作りご飯作ってもらうって言うのは性格云々を差し引いてもお釣りが来るレヴェル、ならば人生経験の一環として甘んじて受け入れるって言う形で承諾することにしよう。仕方ないよ、そうしたいって言うならば、うんうん据え膳食わぬは男のなんとやらってな、違うか。
「わかったよ油女、君の手料理をいただくにあたって僕も覚悟を決めるよ。まだまだ人生の道半ばの二人だ、結婚にはまだ早いかもしれないけど、今後の話し合いも含めて是非お父さんを見つけよう」
「……冗談でも気色悪いこと言わないで、気持ち悪い」
「すみません……」
しまったつい容姿の良さにうつつを抜かして婚約まで取り付ける所だった。危ない危ない。
「とりあえず入り口はこっち。入りましょ」
「あ、はい」
シャッターの横には従業員が使用するであろうドアが設置されており、油女は鞄から鍵を取り出す。
とりあえず中の調査をしてお父さんの手がかり見つけなくては——静まり返っている商店街に慌ただしく迫り来る足音が響く。
何事かと、足音の方に振り向く——その瞬間、眼前に人が二メートルの宙空に飛び上がりプリーツスカートをぱたぱたと翻しぴっちりとしたスパッツは小ぶりで可愛らしいお尻ラインを形どりスパッツがほのかに太腿に食い込み境目がふっくらと盛り上がっていた。この間コンマ数秒の視覚情報であり、スパッツを履いた人物は宙空で足を変え右膝を前に出している。これはフライングニーキック、迫り来る膝は止まることなく僕の顔面に突き刺さるってか、めり込む——この膝の味は、朝陽さんだ!!
僕は顔面に膝蹴りを喰らい数メートル後方に吹っ飛ばされた。朝陽は華麗に着地を決めて。
「命さん! 見損ないましたよ! いたいけな女子高生をついに拉致監禁しようとするなんて! 略取誘拐罪に余罪も含め死刑です!!」
確かに朝陽には幸楽商店街に行くとは連絡したけど、何故わざわざここに来たんだ? ……まさか。
「朝陽も僕のこと好きなのか?」
「鼻血垂らして何言ってんですか!? しかも朝陽もってまるで、この方が命さんに好意があるみたいじゃないですか……え、嘘そんな」
「ふ、残念だな朝陽。彼女は僕に手料理を振る舞ってくれるそうだ」
朝陽は油女に駆け寄り両肩に手を置き必死に訴える。
「ダメです! 血迷ってはいけません! あんなイカれサイコパス変態夢想少年を選んでは! 一体どうしてそんな事を……はっ、もしかして弱味でも握られているんですか!? 大丈夫ですよ私が弱味もろとも消し炭にしますから安心してください」
朝陽はゆっくりとこちらに振り向き鬼の形相で睨み、懐からいつもの如く拳銃を取り出す。
「ご、誤解だ朝陽!!」
「ちょっと待って!! どう言う展開なのこれは!?」油女ころもが声を大にして訴える。ごもっともだ。
朝陽は僕に襲いかかる寸前の所で油女に体を向け。僕と出会った時と同じように右足を後ろに引き膝を曲げてスカートの裾を軽く持ち上げ会釈をした英国式の挨拶カーテシーだ。
「初めまして私は『賢者の堂』より参りました朝陽と申します。お見知りおきを」
優雅にそして流麗な動きに、しなやかな練り色の髪を揺らす姿はまるで貴族を彷彿とさせ、そして完成された顔貌は人から思考を奪うほどの美しき魔性である。現に油女は
「まじ天使……」語彙力は著しく低下しギャル化している。
朝陽の切り替えも去ることながらすっかり虜になってしまったようだ。さて僕一人で調査する予定だったけど、ここからは朝陽と協力して調査することになりそうだ。
さっさと片付けて帰りたい。切実に。
continuation————。
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