第44話 北地の才媛 Ⅲ
アリスとオーロラはノウスサンクタに到着する。夕日が西の空の端へと沈み、淡い
「ふう。もう夕方なのに結構暑いね。数日前まで寒かった気がするのに。もう夏かな~」
「そうね……」
確かに暑い。じんわりと汗が滲んでくる。
まずはマコの店へと向かい、ブランカの家に入る許可を貰いに行く。アリスとオーロラが店の前まで行くと、店じまいの最中であるマコと出くわす。
「あら、アリスちゃんじゃないかい」
「マコおばあちゃん……」
「どうしたんだい。もうじき日が暮れるよ?」
マコが不思議そうな顔をしてアリスを見る。
「あのね、おばあちゃん。私たち、やっぱりブランカさんに会いたくて来たの」
「ブランカちゃんにかい……?」
「無理言ってごめんなさい。今から、会いに行ってもいいかな?」
マコの後をついて、ブランカの住む平屋まで行く。
「しかし、嬉しいねえ。ブランカちゃんのことを心配して、二人も先輩が来てくれるだなんて……」
「もちろんですよ~! 可愛い後輩が困ってるなら、助けてあげなきゃですから!」
オーロラはマコとすぐに打ち解けて話をしている。そういう
アリスは話す二人の後ろ姿をしばし眺める。平屋の前へと出て、相変わらず鍵のかかっていない玄関扉をマコが開ける。
「はい、どうぞ。私は……そうだねえ。少し離れたところで、待っているから」
私がいたらブランカちゃんが話しづらいかもだから、とマコ。
アリスとオーロラは、家の中へと足を踏み入れる。アリスが部屋に向かうのを
「どうしたの? アリス。はやく行こう!」
そう言って、ずかずかと奥へと進んでいってしまう。
「ちょ、ちょっと、オーロラ、まだ心の準備が!」
言うも
「ブランカちゃ~ん! いますか? 士官学校の先輩が様子を見にきましたよ! ブランカちゃ~ん!」
「オーロラ!」
静止しようと叫んだが、オーロラはブランカの部屋の扉を軽快なリズムを刻んで叩く。
「……誰ですか?」
部屋の中から声がする。
「あっ! ブランカちゃん? 私、士官学校二年のオーロラっていいます! 何で最近学校に来ないのかな? 先生は寂しいです!」
「ちょっとオーロラ、ふざけないでちゃんと会話を……」
「……帰ってください」
案の定、冷たい声が返ってくる。オーロラのせいでブランカは心を閉ざしてしまったかもしれない。
だが、オーロラはお構いなしに話を続ける。
「学校に行かずとも、おばあちゃんと一緒にご飯を食べるぐらいはしてもいいんじゃないかな~? おばあちゃんは寂しいです!」
「……話すことはないです。帰ってください」
「もう、オーロラ! 真面目に話してよ! あ、ごめんなさい、私の友人が失礼を……私、士官学校二年のアリスと言いまして……」
「……アリス?」
ブランカと思われる声が震える。何だか怯えたような、そんな声。
「部屋から出れない理由、だけでも教えてくれないでしょうか。マコさんも心配してますし……」
アリスはできるだけ優しく語りかけるが、返事がない。
「……ブランカさん?」
声が、一切しなくなる。
(困ったなあ。もう話してくれないのかなあ。こんなことならオーロラを連れてくるんじゃなかった……まだ
アリスが考えていると、横からオーロラが口を出す。
「ブランカちゃ~ん? とりあえず、姿だけでも見せてくれませんかね~? それとも、姿を見せられないのかな?」
「オーロラ、あまり刺激しない方が……」
聞こえていないのか無視されているのか、オーロラは話し続ける。
「ブランカちゃんは、リリウムになるために士官学校に通ってたんですってね? 凄く真面目なんでしょうね。きっと両親からも期待されてるのでしょう。でも、それって結構辛いですよね。解るな~、似てるんですもん。昔の僕と!」
オーロラの声が少し邪悪な色を帯びる。
「……ブランカちゃん、あなた、もしかして、
瞬間、部屋の扉が吹き飛ぶように開く。
姿を現した人物を見て、アリスは
目の前に、自分を鏡に映したような少女がいるのだ。
銀色の髪に蒼い瞳。着ている服は黒いワンピース——肖像画に描かれた少女と、先日出会った少女と同じものだ。
「リ……リス?」
思わず出た言葉。
すると、アリスそっくりの少女はアリスとオーロラを押し
「あの! 話を……!」
言うが早いか、少女は廊下を駆け、逃げていく。
「追いかけるよ! アリス!」
オーロラが叫ぶ。
「う、うん!」
アリスが少女を追おうとすると、どさり、と何かが倒れたような音がする。
急いで廊下を移動し玄関扉に向かうと、そこにはうつ伏せに倒れるマコの姿があった。
「——おばあちゃん!」
アリスはマコに駆け寄り、抱き起こす。横からオーロラが、マコの額に手を当てる。
「……どうやら先程の子と逃げるときに鉢合わせたようだね。
「大丈夫なの?」
「僕は術を解除してから向かう。アリスは彼女を追って!」
「解った!」
アリスは外へ飛び出し、叫ぶ。
「エクス!」
アリスの薬指の指輪は光を放ち、青年の姿に変わる。
「アリス! さっきのアリスにそっくりの女、
「場所は
「まかせとけ、俺が連れてってやる」
そう言うと、エクスはアリスに手を差し出す。
手を取ると、エクスは剣へと変化する。
剣を握ったままアリスは駆け出す。身体が勝手に動き、いつもの倍以上の速さで風を切る。茶畑を抜け、森へと差し掛かる。地面に散らばる落ち葉の匂いと、ひんやりとした空気を肌に感じる。やがて森が切れ、広い空間に出ると、そこには目を見張るほど美しい泉が広がっていた。
月明かりが泉の表面を照らし出し、銀糸のように全体を包み込んでいる。深さはアリスの足首上ぐらいで、底の石が見えるぐらいに透き通っている。中央に位置する小さな島に、白い花をつけた木が一本。そのすぐ傍に、少女は立っていた。
少女はアリスが追ってきたことに気が付き、ゆっくりと振り返る。空の月を映して、泉の月がゆらゆらと揺れている。
息を整え、アリスは問う。
「あなた……誰なの?」
少女は何も言わずにこちらを見据えている。アリスは胸に秘めた思いを打ち明けるように、静かな口調で、ゆっくりと話す。
「何で……私と同じ顔をしているの? 答えて……あなたは、誰?」
「……ふふっ」
少女はくつくつと笑い出したかと思うと、身体を折り曲げて大きな声で笑う。
夜の静けさの中、少女の笑い声だけが不気味に響き渡る。
「……バレちゃったならしょうがないですよね」
少女は目に滲んだ涙を拭い、アリスを指差す。
「私はアリス」
「え……?」
「ここであなたを殺して、私がアリスになります」
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