第18話 悪役、ヒロインを持ち帰る



 俺の血液を少量ほど使い、主従契約の魔法が行われた。


 シズクの左胸上に奴隷紋章が印される。

 これで俺だけの奴隷となり、命令には絶対服従となった。

 もし破れば全身に激痛が走り、いずれ心臓が停止するという恐ろしい呪術だ。


 術が施された瞬間、シズクは「ひっぐ!」と声を上げ苦痛に顔を歪める。

 その様を立ち会っていた、俺は少し心を痛めてしまう。


(ローグの奴……原作じゃ、いくら恋人と思っていたシャノンを寝取られ追放されたばかりとはいえ、幼い子が痛みに耐える様子をしれっと眺めていやがったな。あいつ、やっぱ精神イカれているわ……)


 などと思っているが、同じ事をした俺も同罪のクズだ。

 クズなりに責任を持って、シズクを引き取らなければならない。


「――お客様。これで主従契約は終わりました。ご注文通りに他の工程に移ります」


「ああ、そうしてくれ」


 俺は頷き、シズクに近づき彼女の頭を撫でた。

 まだ薄汚れた状態、頭部に生えた両耳がへたりと折れている。


「ごめんな、シズク……もう少しだけ我慢してくれ。後で美味いもん、いっぱい食わせてやるからな」


「……こほっ」


 シズクは不思議そうに見つめながら無言で頷く。

 時折、咳き込む姿がより痛々しい。



 それから30分後。


 別室からシズクが出てきた。

 灰色だった髪の毛と尻尾は鮮やかな銀色の毛並みとなり、肌の汚れも綺麗にふき取られている。

 ボロ雑巾だった衣装ではなく、庶民の子が着るようなワンピースに着替えられていた。


 さらに咳も見られていない。

 相変わらず痩せっぽっちだが、健康的な白肌となっていた。

 その変わり様を見て、俺を含めガイゼンとパールが「おお~っ」と声を漏らす。


「ご注文通り、生活魔法で身形を整えただけでなく、患っていた病気も治癒しております……しかしお客様、何故に私が所有する魔法やスキルをご存知で?」


「あんたがプロの奴隷商だからな。大事な商品を生かさず殺さずが鉄則だろ? そう予想しただけだ。気にしないでくれ」


 実はこれも原作で知っていること。

 この奴隷商、実は万能キャラでもある。大抵、頼んだことはそつなくこなせる「こんなこともあろうかと」ってやつだ。


 けど当時のローグは、ラッキースケベを働かせて宿屋でシズクを裸にして綺麗にすると称して、何故か奴まで裸になりしれっと一緒に風呂に入ってやがった(ろくに病気を治さないままだぞ)。


 しかも鳥巻大先生、ここぞとばかりやたらと気合が入った生々しい描写だったのを覚えている。

(大抵の戦闘シーンでさえ「キン! キン! キーン!」の擬音で終わる癖によぉ!)


 そして病気も獣人族特有で発生する肺の病であり、完治させるのに超強力な上級モンスターの素材を使用した特殊な秘薬とやらが必要の筈だ。


 主人公ローグは強化されたチートを駆使し、たった一人でそのモンスターを討伐してドヤ顔で素材をゲットするのだが、今のレベル低下した俺には難しい。

 例えガイゼンとパールに協力してもらっても、あいつらも同じく能力値アビリティダウンしている以上、全滅は免れない。

 そもそも時間の無駄だし、それなら奴隷商に金払ってちゃっちゃとやってもらった方が安全だろう。 


 もう鳥巻八号の舞台装置なんて関係ない。

 所詮は主人公ローグをイキらせるためのご都合展開ガバだ。

 今できる俺のやり方で問題を解決してやる。


 ――だから多くの読者達よ。ラッキースケベ展開がなくて悪りぃな……。


「それと本来なら獣人族のフィジカルで戦士職、あるいは剣士職など適正がある子ですが、私の固有スキル《自由変換コンバージョン》により、軽装戦士職ライトウォーリア盗賊シーフ職の適正に変換いたしました」


「ありがとう。これでパーティとして布陣が組めるようになるよ」


 俺達パーティの戦闘バランスを考慮した上での変換だ。


 軽装戦士職ライトウォーリアとは近接戦闘は勿論、俊敏さと身軽さに特化した「回避盾」でもあった。

 主に回避後のカウンター攻撃が得意で、俺とガイゼンと共に前衛として一緒に戦えればと思っている。


 原作だと、シズクは剣士セイバー刀剣術士フェンサーなど前衛を担っており、まるで特攻隊長のような猪突猛進の戦い方ばかりしていた。

 一方のローグは彼女の背後でチート級魔法を発動しては敵をオーバーキルしながら常にイキリ散らかす始末。


 例え戦術とはいえ、無敵の主人公が女の子の背後という安全圏でイキリ散らかすってどーよ?

 それでもシズクは不平不満を漏らすことなく、肯定人形と化して「ご主人様ぁ、凄いです!」と健気に誉めちぎるんだぜ。

 メインヒロインなのに可哀想じゃね?

 やっぱ鳥巻八号の人格を疑っちまうわ……。


 俺のやり方は、あくまでパーティ全員で一丸となり戦うこと。

 寧ろそこに美学を感じているんだ。


 完全な攻撃型アタッカーは俺一人で十分なので、シズクにはガイゼンと俺のフォローに入ってもらえればと思っている。

 ちなみに盗賊職シーフはダンジョンなどで斥候や罠を探知してアイテム回収などに適している。

 弱体化した俺達には必須なポジとなるだろう。


「では、またのお越しをお待ちしております」


 奴隷商に見送られ、俺達は宿屋へと向かう。


(金さえあれば、あの奴隷商は役に立つ。ローグの主人公ムーブを消してやるためにも、今後も何かあれば頼ってみるか)


 理不尽に追放されてムカついたので、無自覚系じゃなく意図的に展開を変えてやろうと思った。



 節約のため低価格の宿屋にする。

 よく考えてみたら貯蓄した俺以外、みんな文無しだった。


 ガイゼンは報酬の大半を盾役タンクとしての装備代と故郷の妻と子への仕送りに当てており、パールは魔導書を片っ端から買いあさる浪費家だ。


「当面は奢ってやるけど、稼げるようになったら必ず返せよ」


 建前上、皮肉を込めて二人に言い放つ。

 まぁ俺のために、わざわざ【英傑の聖剣】を退団してくれたからな。

 共にざまぁされるキャラ同士、面倒を見てやる必要があるだろう。


 それから1階に併設されている食事処に行き、各々好きな物を食べた。

 無論、俺の奢りだ……。


「シズクは好きなモノを沢山食べていいからな」


「は、はい。ありがとうございます、ご主人様……ごくり」


 シズクは控えめな口調とは裏腹に、並べられた料理を前に生唾を飲み込む。

 最初はフォークで少量ずつ遠慮がちに口に運ぶも、次第にへたっていた両耳がピンと立ち上がる。

 そのうち加速するかのように、口いっぱいに頬張りむしゃむしゃと食べ始めた。

 余程お腹が減っていたのだろう。奴隷っ子だから食事マナーが悪いのは仕方ない。


「にしてもアルフ、お前さんは凄ぇな……」


「どういう意味だ、ガイゼン? てか食事中くらい兜を脱げ」


「以前から言っているだろ、オレは恥ずかしがり屋なんだ。それよりも集団クラン級パーティの団長を追放され、能力値アビリティまで没収されたにもかかわらず、少しもめげてねぇ……おまけに結構な貯蓄までしてよぉ。実は他にスキルとか持っているのか?」


「……いやないよ。俺一人ならのんびり細々とやって行こうと思ったけど、こうして俺について来てくれる仲間もいるからな。だから本気出そうと思っただけさ」


「パル、アルフとずっと一緒だからね」


「ありがとう、パール。それと明日、またヘッドハンティングを行う。悪いが付き合ってもらうぞ」


「……まだやるのか? お前さん、どうしちまったんだよ?」


 ガイゼンに呆れられたが、俺にはどうしても仲間に加えたい奴がいる。

 原作では事実上、主人公ローグを無敵にしたキャラだ――。



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