第36話 没落貴族の意地




 演奏会という名の社交場に到着した。

 かなり有名な楽団なのか、数多くの貴族が集まっていた。


「クロエさん」

「ありがとうございます」


 オースティン様のエスコートの元、馬車から降りる。周囲の視線が自分に集中し始めた。


「見ない方ね。どちらの令嬢かしら?」

「わからないな」

「それにしても、レヴィアス伯爵に婚約者なんていたのか?」

「初耳よ」


 見定めるような視線をはねのけるように、私は背筋を伸ばして令嬢らしく振る舞った。


 後ろを振り向けば、ルルメリアが馬車から降りてきた。再び貴族達のこそこそとした声が聞こえる。


「誰かしらあの子」

「まさかレヴィアス伯爵家の隠し子か?」


 そう思われても仕方ない状況だが、オースティン様はそれを踏まえて馬車に乗せてくれた。


「ルルさん」

「ありがとう、おーさん」


 独特な雰囲気に緊張しているのはルルメリアも同じなのか、いつもより落ち着いているように見えた。


 お姫様ごっこと淑女教育が役立っているのか、立ち振舞いはこの場に遜色ないように思える。


「可愛らしい方ね」

「どこかの令嬢なのか?」


 周囲の反応を見る限り、ルルメリアは貴族らしく見えているようだ。


「クロエさん、行きましょう」

「……はい」


 オースティン様の柔らかな微笑みが、いつも以上に頼もしく感じた。再び彼の手を取ると、私達は演奏会場であるホールへと向かった。


「レヴィアス伯爵様!」


 会場の入口にたどり着けば、弾むような声がオースティン様の名前を呼んだ。


「ミンター男爵令嬢」

「お会いできると思いませんでしたわ……!」


 一瞬沈黙が流れたかと思えば、足元の空気が変わった気がした。チラリとルルメリアの方を見れば、物凄く嫌そうな顔でミンター男爵令嬢を見つめている。


「レヴィアス伯爵様、お久しぶりです」

「ミンター男爵。はい、久しいですね」


 どうやらミンター嬢は両親と鑑賞に来ていたようで、彼女の背後には男爵と男爵夫人らしき方がいた。


「レヴィアス伯爵様。よろしければ、お隣に座ってもよろしいでしょうか?」


 私とルルメリアがいるにもかかわらず、オースティン様を誘い始めるミンター男爵令嬢。


 正直、二人の会話に割って入れるほどの力はないだろう。オルコット家は没落しており、機能しない貴族だから。


(それはわかりきったこと。でも今は、何もしないという選択はない)


 今私は、誰が何と言おうとオースティン様のパートナーなのだ。


「ごきげんよう、ミンター嬢」

「えっ」


 動揺する声と共に、誰? という視線を向けられる。オースティン様も少し驚いた様子で私の方を見た。


「ごめんなさい。どちらの方ですか」


 私は自分から名を名乗るか一瞬考えた。オルコット子爵家は、没落したとはいえ子爵家。男爵家より爵位は上なのだ。


 それでも名前を知られていないのは、社交活動をしてこなかったのは私の落ち度なので名乗ることにした。


「オルコット子爵家長女、クロエです」

「オルコット……子爵家?」


 聞いたことがないという様子のミンター嬢の後ろから、ハッと鼻で笑う声が聞こえた。


「なんだ。没落した家の娘か」


 ミンター男爵が娘に代わって、私を見下ろした。


「ヘレナ。気にすることはない」

「そうなんですの、お父様」

「あぁ。没落し、当主は死去。もはや貴族とは言えない、肩書きだけの家だ」

「まぁ。それは貴族と言えないのでは? それなのにこの演奏会に来るだなんて、非常識ですわ」


 そう批評されるのはわかりきっていた。だからこそ私は、必死に頭を働かせるのだ。


「まぁ。相手に名乗らせておいてご自分は名乗らないのが、ミンター家の教えなのでしょうか」

「っ! ヘレナ・ミンターですわ」


 少し雑な挨拶を受けると、私は優雅に微笑んだまま続けた。


「オルコット子爵家は没落したとはいえ、まだ爵位を返上したわけではございません。そう考えれば、私はれっきとした貴族の一人ですわ」

「そうかしら。貴族同士の交流の場でも見かけないのに」

「参加は強制されておりませんので。貴族か否かの判断基準は、爵位があるかどうかですので」


 私は淡々と正論を返した。ミンター嬢はぐっと押し黙ってしまう。それをしっかりと確認した上で、私は畳み掛けた。


「それに。一度お誘いを断られたのにもかかわらず、もう一度誘うことこそ非常識では?」

「ーーっ!」


 落ち着きながらそう伝えれば、オースティン様が追撃してくれる。


「クロエさんの言う通りです。ミンター嬢、以前お断りした通り、貴女と演奏会に参加することはありません」


 キッパリと断られたからか、赤面し始めるミンター嬢。


「し、失礼いたしますわ!!」


 そう声を荒げながら、彼女はその場を走り去った。


「お、おいヘレナ!」

「ヘレナ……!」


 その後を慌てて男爵夫妻が追うのだった。


 嵐が過ぎ去ったことに一息吐くと、ルルメリアが真面目そうな声色で漏らした。


「はしるのはひんがないことなんだよ」 


 その言葉に私は驚きながらも、小さく笑うのだった。

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