第25話 はじめての料理
オースティン様と一緒に購入した材料を取り出しながら、夕食の準備を始める。
「……おかーさん、いいことあった?」
「えっ」
後ろでお絵描きを始めようとしたルルメリアが、じっと私の方を見ていた。
「ど、どうして?」
「にこにこしてるから」
「……そ、そうかな」
反射的に自分の頬に触れる。そんなに口元が緩んでいただろうか。
「いいことあったなら、よかったね!」
「……ありがとう、ルル」
いいこと、かはわからないが直近であったのはオースティン様との買い出しだ。緊張から解放されると同時に、少しだけ寂しさを抱いていた。
……三日後か。
料理の練習をすると断言したオースティン様。上手くいくと良いなと思いながら、手を動かすのだった。
◆◆◆
〈オースティン視点〉
料理の練習をしたいと告げたら、料理長は目を見開いていた。ただ、すぐに微笑みを浮かべて「何を作りましょう?」と切り替えてくれた。
何を作るにしても材料が必要になる。
買い出しは自分で行くことにした。これ以上仕事を増やすのは申し訳ないと思った。
……今日がクロエさんの出勤日で、あの通りに行けば会えるかもしれないというよこしまな気持ちがあったとは誰にも言えない。
運の良いことに、彼女に会うことができた。
できるだけ長くいたくて、細かいことまで聞いた。おすすめをされれば、喜んでその食材を買った。
買いすぎたなと思う反面、それでクロエさんのふとした笑みを見られたので、自分で足を運んで大正解だった。
送りたいという気持ちと同時に、まだ一緒にいたいという思いが強くて引くことができなかった。結果、送り届けることができた上にルルさんにも挨拶ができた。
幸せな時間を胸にしまいながら、屋敷へと戻った。
厨房へと向かうと、大量に買ってきた食材を見て料理長がまためを丸くしていた。買ってきた甲斐があったのか、真剣さを買ってくれた料理長が、早速練習に付き合ってくれた。
「オースティン様。何を作られますか?」
「……サンドイッチを作ろかと」
「サンドイッチですか! 良いですね」
俺が幼い時からずっとレヴィアス伯爵家の厨房を任されてきた料理長。彼への信頼は揺るぎないものだった。
「では、まずは野菜の準備が必要ですね」
「野菜はそこの紙袋に」
「はい。たくさん買っていただいたので、ここからいくつか使いましょう」
「わかった」
慣れた手付きで食材を選別する様子を見ながら、まずは何をするのだろうと考えていた。
「オースティン様、包丁を持たれるのは初めてですか?」
「……刃物なら持ったことはある」
「それは剣のことですね」
あれでは経験に入らないのか。
料理長が持ってきた包丁に視線を向ける。確かに剣より短い。
野菜はまず洗うのだと教えられると、次に実践へと入った。
「では、野菜を切るところから始めてみましょう」
「……切る」
用意された包丁を持ってみるが、どうやって切れば良いのか想像がつかない。じっと料理長を見つめれば、彼はにこりと微笑んで野菜を手にした。
「切る時は猫の手ですよ。手を切ってしまうと危ないので」
そのような下手はしないと思いつつ、言われた通り野菜の上に手を置いた。
「こうぎゅっと」
「ぎゅっと……」
ぐっと拳を作った状態にすると、料理長は大きく頷いた。
「そうです。これで野菜を押さえつつ、切っていきます」
トマトを迷いなく切り終える料理長。その動きは非常に鮮やかで、無駄がなかった。
料理長の動きを真似するように、自分もトマトを切ってみる。簡単な動作だったので上手くいくだろうと思えば、案外不格好になってしまった。
「……均等にならなかったな」
「とてもお上手ですよ」
切れたは切れた。見た目はあまりよくないことだけ引っ掛かった。
「形を綺麗にするのは慣れですから。オースティン様でしたら、すぐ上達されますよ」
「あぁ。努力する」
ぎゅっと再び手のひらを握ると、どんどん野菜を切り始めた。
料理長の動きを見ては真似をするのを繰り返して、少しずつ無駄のない動きを目指した。
「野菜を切ったので、次はパンに挟みます。せっかくなので、下に引くソースを作ってみましょうか」
「ソースを作るのは難しいのか?」
「今回は混ぜるだけなので、簡単ですよ」
料理長の言うことは本当で、調味料とベースとなるソースの分量をはかって混ぜ合わせるだけだった。
「今作ったソースを、パンに塗っていきます」
「……こう、だろうか」
「はい。お上手です」
チラリと確認をとれば、にこにこと頷く料理長に安堵する。
「これで野菜を挟めばサンドイッチ、か」
「はい。簡単でしょう?」
「あぁ。これなら俺でもできる」
できあがったサンドイッチを試食してみる。よかった、無事美味しいものができた。それと同時に、向上心が芽生え始める。
「……他の料理も挑戦してみたいんだが、時間は大丈夫か?」
料理長はこの申し出が意外だったのか、今度は目をぱちぱちとさせた。それでもすぐさま頷いて「もちろんです」と返ってきた。
サンドイッチは作れた。それは嬉しいことだ。ただ、クロエさんとルルさんに返すなら別のものが良い。そんな気がしたんだ。
ふうっと息を吐くと、次の料理に取り掛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます