第13話 今日限りの縁ではないようです
聞く人が聞けば、とても魅力的な提案だとは思う。しかし伯爵様にしていただきたいことなど、何も思いつかない。何せ過ごす世界が違うのだから。
「と、特には……今は何も困っていないので」
「そう、ですか……」
やんわりとお断りをすると、伯爵様は目を伏せた。しょんぼりと気落ちしたに見えたのは、きっと気のせいだろう。表情はぴくりとも動いていないので。
「……もし何かありましたら、いつでも仰ってください」
「は、はい」
いつでも。それはつまり伯爵家に行くことになるだろうか。だとすれば、そんな分不相応なことはできない。
取り敢えず頷いておくことにしたが、これまでの縁となるかもしれない。
「……あの」
「は、はい」
まだ何かあるのだろうか。少し身構えながら背筋を伸ばした。私の表情は緊張したままだ。
「また道に迷った時、ご相談させていただけないでしょうか」
「そ、相談?」
思ってもみなかった提案に、私の思考は固まる。確かに一度話は聞いた身だ。それはあくまでも、成り行きなのだ。常時伯爵様の相談に乗れるような力量は、私にはない。
内心困惑し始めるが、伯爵様の話はまだ続いていた。
「はい。助けられた身で頼みごとをするなど、おこがましいとわかっているのですが……よろしければ、私と友人になってくださいませんか?」
「……友人、ですか?」
聞き間違いなのかと思った。
伯爵と没落貴族が今から友人になる意味が果たしてあるのだろうか。特に伯爵様側の利点が何もない。
発言の意図が一体何なのか考え込んでいると、隣から再びバッと手が挙がった。
「あたし、おともだちなる!」
「こら、ルル……!」
思いもよらない娘の発言に、小さく抗議の声を出す。私の焦りなど微塵も感じていないルルメリアは、にこにこと伯爵様を見ていた。
恐る恐る伯爵様の方を見るものの、黙っている状態で表情筋がまるで動かない彼の様子からは、まるで感情も思考も読めない。しかし、視線はルルメリアの方を向いていた。
「いいんですか」
「うん、いいよ!」
わかっているのか、ルルメリア。その方は伯爵様なんだよ……! 近所の子どもじゃないんだよ……!! 諫めたい気持ちがのどまで上がってきた。元気よく挙げた手をどうにか下げさせたかったが、今更感が否めないので静観することにした。
「ありがとうございます」
「えへへ」
そして五歳児に友人を承諾してお礼を言う伯爵様も伯爵様である。
寛大な心を持っているとみるべきか、子どもが好きとみるべきか。それとも変わっていらっしゃるのか。
考えれば考えるほどわからなくなってしまう。
「おかーさんは? おともだちにならないの?」
「えっ」
私の思考を遮るように、ルルメリアは純粋な眼差しで私を見上げた。
「ならないの……?」
まるで念を押されているような気がした。ならないなんて酷いと言わんばかりの視線だ。
幼い子どもからすれば、友達にならないのは印象が悪く映るだろう。伯爵と没落貴族だなんて考えは、この子にはないのだから。
「……なるよ」
作り笑顔を浮かべてルルメリアの疑問と不安を払った。
「……私も伯爵様とご友人になれればと思います」
「本当ですか。ありがとうございます」
深々と頭を下げる伯爵様に焦るものの、顔を上げた彼は少し口元が緩んでいるように見えた。
(喜んでいる、のかな……?)
友人になれたことが嬉しいのか、伯爵様のまとう空気は少し柔らかいものになっていた。
じっと伯爵様を観察していれば、再びルルメリアが私の方を見ていた。
「おともだちになったら、よびかたをかんがえないとだね!」
「呼び方?」
「うん。はくしゃくさまはかわいそうだよ」
「そんなことは……」
ないだろうと思って伯爵様を見ていれば、じっとこちらを見つめていた。無表情では、同意なのか反対なのかわからないなと思っていれば、顔色一つ変えずに彼が口を開いた。
「……是非、名前で呼んでください」
「うん!」
まさか、直々にお願いされるとは。じっと見つめられたままなので、恐らく名前で呼んでほしい度合いは高いのだろう。
「おーすてぃん」
「……様ね、ルル」
「おーすてぃんさん?」
つたない様子で名前を口に出すルルメリア。
様にしよう、様。ルルメリア、お願いだからそんな近しい風に呼ばないで。私の心臓に悪すぎる。
「おーすてぃんさん……うーん」
何を悩んでいるんだろうと、ルルメリアに対して緊張が高鳴る。
「ルル? どうしたの」
「おーすてぃんさんにあだなをつけようとおもって。そのほうが、おともだちっぽい!」
その方がお友達理論は私にはわからないが、直感的に止めた方が良い気がした。しかし、私が制するよりもルルメリアが考えたあだ名を発表する方が先だった。
「おーさん!」
おーさん⁉ あまりの縮めように私は固まってしまった。これは何て言えばいいのかわからないが、変えさせるべきなのだろう。
「おーさん……いいですね。ありがとうございます」
「でしょー」
「では、私はルルさんと。よろしくお願いします」
「よろしくおねがいします!」
あれ? これは私がおかしいのだろうかと思いたくなるほど、伯爵様はすんなりと「おーさん」呼びを受け入れていた。無礼なと怒られてもおかしくはないのに。
「クロエさん、とお呼びしてもよいでしょうか」
「……も、問題ありません。私はオースティン様と呼ばさせていただきます」
「はい。ありがとうございます」
恐れ多いので、家名で呼んで欲しい気持ちがあった。しかし、とてもそんな流れでも空気でもないので、どうにか耐えて「様」呼びをすることにしたのだった。
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