第11話 回避策は淑女教育です



 連日ルルメリアから出会いイベントを聞いて、整理ができた。

 結論、何としてでも淑女に育て上げなければならないということだ。


 残り三人との出会いもあまり素敵とは思えないものだった。


 宰相の息子は、望まぬ婚約者に悩んでいるところに何故かルルメリアが相談に乗ることになった。いや、おかしいだろう。どうして婚約者のいる男性と二人きりになっているんだ。あり得ない。

 

 騎士団長の息子には、いじめられているところを助けられるのだとか。


 ルルメリアがいじめられる⁉ と不安に思ったのも一瞬で、実情を聞くとルルメリアが礼儀作法が適当過ぎて学園の風紀を乱していた所、ご令嬢方に声をかけられただけとのことだった。……これは、そのルルメリアが悪い。いじめなんてものでなく、真っ当な抗議だ。


 教師は、ルルメリアが苦手な教科で赤点を取って補習を始めることが出会いだと嬉々として語った。ルルメリアよ、喜ぶところではない。少なくとも赤点を取るのは、母親である私が教師である以上見過ごせない。


 ルルメリアが語ったシナリオの未来が本当なら、私も本格的に対策を考えなくてはいけない。ただ、嘘でも本当でも、シナリオに心酔しているようなら、淑女教育は欠かせない。


 清く、美しく。そして理知的に動いてほしい。そうすれば、ルルメリアには本当に素敵な恋ができると思うから。


 悶々と教育方法を考えているうちに、学園に到着した。

ルルメリアの言うシナリオはここで起こる。……信じがたいことではあるが、その疑念は日に日に晴れていた。何せ、一度も学園に来たことがない、見たこともないルルメリアが、学園の外見と内装を詳細に知っていたから。


「……さ、切り替えなきゃ」


 ここからは仕事に集中しよう。

 それでもって、先日マイラさんに迷惑をかけた分今日は早く帰ろう。


 

 授業を終えると、いつも通り夕方前に帰ることができた。


(今日は買い物する必要ないな。まだ食材は家に残ってるし……)


 次の出勤日まで日がるので、今度はルルメリアと一緒に買いに行ってもいいかもしれない。そんなことを考えながら、早歩きで学園を出た。


「あっ……」


 歩き始めると、背後で呼び止められるような声がした。


「ここにいたんですか?」

「すみません、すぐ戻ります」


 振り向くと、別の先生が職員に話しかけられていた。

 よかった、私ではなかったようだ。そうとわかれば帰るのみ。


 帰り道は、何から教えようと考え込むことになった。


 ハンカチが無ければ王子殿下との出会いはひとまずなくせる。常識を身につければ、婚約済みの男性には近付かない。礼儀作法を頑張れば目を付けられることはない。……それに、大公子様の目に留まることもなくなる。

 最後に。嫌がられること間違いないが、勉強しておけば赤点を取ることもない。


 うん。頑張れば回避できそうだ。私は希望を抱き始めていた。


「マイラさん、今日もありがとうございます」

「クロエちゃん、おかえり! ごめんね、今手が離せないんだ」

「お気になさらないでください。本当にありがとうございます」

「いいんだよ。ルルちゃん、お母さん来たよ!」

「おかーさん、おかえりー!」


 お店の奥からルルメリアが変わらない様子で、タタタッと駆けてきた。


「ただいま、いい子にしてた?」

「もちろん!」


 マイラさんにお礼を言うと、早速家に戻ろうとする。手を繋いで帰ろうとしたが、何故かルルメリアの足は動かなかった。


「ルル?」

「……ねぇ、おかーさん。あそこにいるいけめんって?」


 ルルメリアの指差す方へ振り向くと、確かに私の後ろにはカッコいい男性がいた。


「ねぇねぇ。あのひと、おかーさんのしりあい?」

「いやぁ……」


 ルルメリアの問いかけに首を傾げる。


 私にいけめんの知り合いはいない。綺麗に整えられた銀髪に、こちらの目が眩むほど美しい顔立ち。そしてすらりと高い背。立ち姿だけで品の良さを感じるあたり、間違いなく貴族だとは思う。シャツにズボンとシンプルな服装ではあるが、漂う雰囲気が高貴な人のものだった。


「知らない、かな。もしかしたらマイラさんのパンを買いに来た人かも」

「そーなの? でもずっとおかーさんのことみてるよ?」

「気のせいじゃ……」

「でも、ほら。まだみてる」


 ビシッと男性に向けてもう一度指さすルルメリアの手を。慌てて下げさせた。


「こら、ルル。人を指さしちゃいけません」

「はーい」


 素直に手を下ろしたはいいもの、確かに男性はこちらを見ていた。確かに視線は気になるもの、知り合いではないのだ。無視するのが正解だろう。

 そう判断した直後、男性がこちらへと早歩きで近付いてきた。急に動いたことに驚いて固まってしまう。


「あの」

「は、はい。何かご用でしょうか」

「クロエ・オルコット様、ですよね?」

「そう、ですが……」


 近付いてきた男性は、とにかく輝いていた。美の暴力とはこういうことを言うんだろうな、と思うほどの精巧な顔立ち。特に空色の瞳が透き通るほど美しいものだった。


(……あれ? この瞳見たことがある)


 正確には似たような瞳、だが。私が見たのは、もっと曇っていた瞳だと思う。


「先日は、助けていただき誠にありがとうございました」

「先日……あっ。もしかして馬車の」

「はい、そうです」


 どうやら突如現れた男性は、死相が出ていたあの日に私が助けた人だった。


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