第9話 シナリオについて聞いてみます


 いてもいなくても変わらない私の死にこだわらなくなったルルメリアは、満面の笑みを浮かべていた。


「おかーさん、ながいきしてね!」

「あ、ありがとう。ルル」


 ルルメリアの涙が止められたのを喜ぶべきなのだろう。だけど私の胸は確実に打撃を受けていた。


「おかーさん、おなかすいたー」

「……待ってね。今作るから」


 ご機嫌そうに注文を飛ばすルルメリアとは対照的に、私は少し重い足取りで夕食の準備を始めた。ちらりとルルメリアの方を見れば、お絵描きをしている。


(それにしてもシナリオ、か)


 あの日聞き流してはいけない言葉だったのかもしれない。そう反省をし始める。食べ終えたら詳しく聞いてみることにした。




「ごちそーさまでした!」


 残さず食べきるのはルルメリアの良いところだ。未だ嫌いな食べ物を見たことがない。そういうところを大人びていると取るべきかはわからないが、おいしそうに頬張って食べる様子は年相応だと思う。


「どうしたの、おかーさん」

「えっ」

「じーって、あたしのことみてたから」


 目を見開きながら体を乗り出して、実演つきで教えてくれるルルメリア。そんなに見ていたのかと、少しの恥ずかしさを覚える。


「ごめんね。少し気になることがあって」

「きになること?」


 きょとんと言いながら首を右の方に傾げるルルメリア。思わずくすりと笑ってしまうほど可愛らしい動作だ。


「うん。この前ルルが言ってた〝シナリオ〟が、どんなものなのかなって」

「あたし、おはなしするよ!」

「いいの?」

「うん! だってあたしがひろんのおはなしだもん‼」


 ふふんと自慢げに笑うルルメリア。私に話したくて仕方ない様子が、ひしひしと伝わって来た。向こうがその気なら話は早い。できる限り詳細に話を聞きたかったので、ルルメリアにお願いすることにした。


「ルル、私はそのお話よくわかってないから、最初から知りたいな」

「さいしょ……おかーさんがしんじゃうとこ?」

「うっ」


 悪気のない純粋な眼差しが、私に突き刺さる。脇役の脇役という言葉を思い出す。

 年齢的にはそこらへんが最初なのだろう。「そうだね」とルルメリアに頷きながら、どうにか心を立て直した。


「うんとね。おとーさまとおかーさまが死んじゃって、あたしはおかーさんとくらすの」


 そこまでは今と一緒だ。違うのは、この先私が死ななかったことだろう。


「でも、おかーさんがしんじゃって、びんぼーじゃないきぞくにひきとられるの」

「……ルル。その貴族の名前ってわかる?」

「うん。ぶるーむだんしゃく!」


 ブルーム男爵。その名前には聞き覚えがなかった。オルコット家とは関わりのない家だ。もしや父や兄と縁があった人なのだろうか。


「知らないな……私が死んだ後に、ブルーム男爵がここに来るってこと?」

「ううん。あたしはいっかいしせつにいくの」


 施設。その言葉を聞いて、疑問が解消された。


 そうか、ルルメリアは施設で貴族の目に留まって養子にされたのか。

 まぁ確かに、うちのルルメリアはとても可愛い。親のひいき目だとしても、愛らしいのは間違いない。それに、没落であっても貴族の末裔であるからか、黙って座っていればそれなりの雰囲気はある。……多分。


「じゃあ、そこでルルメリア・ブルームになるのね」

「そうだよ!」

「それならシナリオの主人公……ヒロインの名前って――」

「るるめりあ・ぶるーむ!」


 あたしのことだよ! と言わんばかりに目を輝かせながら主張するルルメリア。

 果たしてこの子は気が付いているのだろうか。このままでは……私が生きたままでは、〝ルルメリア・ブルーム〟になれないということに。


 言うべきか、黙っておくべきか悩みながら、ルルメリアをじっと見つめる。純粋無垢な視線に、私はへたくそな作り笑顔を見せた。


「……ほ、ほんとだね」

「でしょ!」


 迷った末に出た言葉は、考えの保留を意味していた。


 本当なら我が子の為に、それだと違うんじゃないと指摘をしたい所。しかし、それだとルルメリアの気持ちが複雑なものになってしまう。何よりも「じゃあ、おかーさんがいきてたらだめだ」と言い出しかねない。それを言われるのは正直悲しい。


「でもあたし、るるめりあ・おるこっともすき!」

「そっか……」


 嬉しそうに言われてしまうと、胸に来るものがある。

 何故ならオルコット家とブルーム家では、没落していることで明確な差があるから。恐らくルルメリアはそれを意識しないで言っているのだと思う。


 ここで嘘をついて黙っていても、ルルメリアならどこかで気が付いてしまう。


 そう判断すると、私は保留にした言葉を伝えることにした。


「ルルメリア……今のままだと、ブルーム男爵家には養子になれないんだ。私いる限り、ルルメリアはオルコット家の子だから」

「はっ!」


 真実に気が付いたルルメリアは、大きな口を開けて固まってしまった。目をぱちぱちとさせて驚いている。私はどこか申し訳ない表情になりながら、ルルメリアの反応を待った。


 とても五歳児がするとは思えない難しそうな顔をし始めた。


「うーん……うん?」


 またもこてんと首を傾げたルルメリア。表情はもはや大人顔負けの悩んでいる人のものだった。もっとしっかりと説明した方が良いかと思っていれば、ルルメリアが私の方をじっと見た。


「でも……るるめりあは、るるめりあでしょ?」

「それは……そうだけど」

「あたしがるるめりあなら、あたしがひろいんだよ。だからだいじょーぶ!」


 大丈夫、なのか……? と口に出したくなったのを呑み込んだものの、その論はあながち間違いではないのかもしれないと、今度は私が悩み始めることになるのだった。



▽▼▽▼


 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。サブタイトルを追加いたしました。よろしくお願いします。

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