第4話 人の物を取ってはいけません



 食べ終えると、今日は根本的かつわかりやすく話してみようと考えていた。ルルメリアが大人びた言葉を覚えても、そこまでなのだ。


(法律……決まり事の話は五歳児にはまだ早かったな)


 昨日の感覚だが、ルルメリアは難しい言葉は理解できてもあくまでも言葉だけなのようだ。複雑な仕組みは理解できない、もしくはする気がない。それなら、まずは考え方を変えるべきなのだ。


「ルル、昨日とは違うお話をしよう」

「いいよ! なかなおりしたから!」


 何て単純な子なんだと思う反面、こんな子がはーれむだなんて言っているのは少し信じがたかった。今日もまた床に座ってぬいぐるみで遊んでいた。確かあれは、ルルメリアの一番お気に入りのくまのぬいぐるみだ。


「ルルは、王子様と結婚するんだよね」

「そーだよ!」

「でも、王子様には婚約者がいるんだ」

「いるの! でもルルをえらんでくれる!」


 屈託のない笑顔は、そう未来があると信じて疑わないものだった。


「そっか……」


 小さく返すと、私はルルメリアに別の話を始めた。


「ねぇルル。そのくまさんのぬいぐるみ、私にちょうだい?」

「えー、やだ! おかーさんでもだめ」

「嫌なの?」

「うん、だってあたしのものだもん」

「そっか、じゃあ勝手にもらっちゃうね」

「えっ」


 ひょいっとぬいぐるみを奪うと、ルルメリアはぽかんとした。状況を理解できると、泣きそうな顔で抗議をし始めた。


「おかーさん、それあたしのぬいぐるみ……」

「そうだね、これはルルのぬいぐるみだね」


 頷く私に、ルルメリアはますます不満そうな顔になっていく。


「でもルル。ルルが王子殿下と結婚するのは、婚約者さんからこうやって取っていることと同じなんだよ」

「えっ」


 表情が変わるルルメリア。不満そうな顔は既になく、驚いたものへと変化していた。今ぬいぐるみが奪われたルルメリアは確実に不満と悲しさを抱いていた。


「……あたし、そんなつもりじゃ」

「そっか。でもね、ルルが王子様を取っちゃうと、婚約者さんが今のルルみたいな気持ちになっちゃうんだよ」

「……こんやくしゃさんがかわいそう」

「うん。人から物を取ること、奪うことはいけないことなんだよ」


 しょぼんとするルルメリア。それでも私がひろいんだから、と言われてしまえばそれまでなのだが、ルルメリアはそこまでがめつい子ではないと信じていた。少しの沈黙が流れる。ルルメリアは考えているようだった。


「あたし、うばわない。うばうのはわるいこ。ひろいんはいいこなの」

「うん、ルルはいい子だね」


 ぬいぐるみをルルメリアに返すと、よしよしと頭を撫でた。

 これで王子から略奪しないと決まったわけではないが、一つ一つ教えれいけば、真っ当な子になるはずだ。こうやって一つずつ教えていこう、そう思った矢先だった。


「それじゃ、あたしがさきにであえばいいんだよね!」

「そう来たか」


 思わぬ返しに、前途多難な空気を感じる。だが、一つ希望を見いだせた。

 やはりルルメリアは前世の記憶があるが、それに全て引っ張られているわけではないようだ。精神年齢は不思議と年相応で、教育すれば改善される余地が見られた。それなら私がすることはただ一つ。

 

 この自称転生者かつヒロインを立派に育て上げることだ。


(決めた……教育方針は、ルルを立派な淑女にすること!)


 男を侍らせず、よそ様の婚約者を略奪しない、常識的な子に育てようと私は強く決意した。


 そう決めた所で、ルルメリアの疑問に答え始める。


「先に出会うのは難しいんじゃないかな?」

「なんで?」

「だって私もルルも、貴族であって貴族じゃないから」


 今まで質素な暮らしをしていたことで、没落貴族だとルルメリアでも気が付いていると思う。だから私は躊躇いなく真実を伝え始めた。


「ルル。私達はいわゆる没落貴族なの」

「しってるよ! びんぼーなんだよね?」


 貧乏……教えたことのない言葉を知っていることは理解できていたが、娘に貧乏と言われてしまうのは胸にくるものがあった。


(どうやらルルは、精神的に未熟で語彙力だけ大人びてるみたい)


 ほんの少しだけ落ち込みながらも、私は悲しい目で頷いた。


「そうだよ、私達は貧乏なの。だから王子様に先に会うことは難しいんだ」

「あいにいけばいいよ!」

「うーん……無理やり会いに行くのはできないの。まずお城に入ることはできないから」

「どうして?」

「ルル、お城に入るのはね、来て良いですよっていう手紙がないとできないんだ」

「しょーたいじょーだ!」

「そう、それ」


 残念ながら名ばかりの没落貴族には、招待状が送られることはまずない。万が一に奇跡があって送られたとしても、王城に行けるようなドレスは持っていないのだ。


「だから、先に会うっていうのは難しいよ」

「しょーたいじょーもらえるようになれば、あえるよね?」

「……それは、そうだけど」


 王城に入ることができれば、王子に会える可能性は出てくる。


「でもねルル。うちにはドレスがないから。それに招待状をもらえるような家じゃないし」


 そう諭そうとすれば、ルルメリアは満面の笑みで私を見上げた。


「だいじょーぶ! あたしきぞくのむすめになるから‼」

「……一応今も貴族の娘ではあるよ?」

「ううん、びんぼーじゃない、ちゃんとしたきぞくのむすめ‼」


 一瞬、戸惑いが生まれた。

 ルルメリアは貧乏という言葉を理解している。そうだとすれば、対照的に挙げられたちゃんとした貴族と言うのは、恐らく機能している貴族ということだ。

 

 ルルメリアが私のことを嫌っていたとしても、私は兄と義姉の忘れ形見を手放すつもりはない。


「……ルル、私はルルをよその子にするつもりはないよ?」


 恐る恐るそう伝えれば、ルルメリアはきょとんとしながらとんでもないことを言い放った。


「でもおかーさんはしんじゃうんだよ?」


 真顔で言い切るルルメリアに、私の思考は停止した。


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