第2話 自称転生者のようです



 ルルメリアからとんでもない言葉が次々と出てきた。私は整理するのに精一杯だが、この子がおかしなことを言っている気にはなれなかった。


(…………前世の記憶、か)


 人には前世があるという話は、いつか本で読んだ事がある。しかし、ルルメリアの言うことが本当なら、この子の中身は単純な子どもではないのかもしれない。


 記憶をたどれば、思い当たる節が一つだけあった。


 ルルメリアは両親が死んだ時、一切泣くことがなかった。どこか無表情で、悲しんでいるようにはあまり思えなかったのだ。当時は、まだ“死”という概念がわからないのだろうと考えていたが、もし逆ならばつじつまが合う。


「ルルは私が叔母だとわかっているの?」

「もちろん! おとーさまとおかーさまがおそらにいるのもしってる!」

「……お空」


 ビシッと天井を指さすルルメリア。言っていることは正しい。しかし、あまり悲しさを感じずに死を理解できていることに、私は勝手に胸が苦しくなって目を伏せた。


(それだけ……兄様と義姉様と過ごした時間も、思い出も少なかったのよね)


 行き場のない感情を呑み込みながら、もう一度ルルメリアを見つめた。


「お父様とお母様がいなくて寂しくない?」

「うん! だっておかーさんはいるもん!」

(全部理解した上での言葉、なのね)


 微笑むべきなのかわからないが、この子が無理して気丈に振舞っているのではなさそうだった。

 思考はどうやら、年相応の子どもらしさも残ってはいるようだ。かといって、完璧に五歳児らしいわけではない。


「じゃあルルは、本当に前世の記憶があるのね」

「あるの!」


 そこは万歳して喜ぶところではないが、行動はやはり五歳児だ。

 前世の記憶があるとしても、精神面はまだ未熟ということだろうか。


(……まだ気になることは多いけど)


 ひとまず話はここで終わりにし、夕食を取ることにした。

 これ以上は私の方が理解が追い付かずに潰れてしまう気がしたから。それに、ルルメリアにたくさん話させてしまうのは疲れに繋がる。何せまだ五歳児なのだから。


 ルルメリアを寝かせると、その寝顔を見ながらどうするべきか考えていた。


(まいったな。ルルの教育方針をどうするべきか……)


 兄から忘れ形見として預かった以上、真っ当な子に育てる義務が私にはある。とても男をはべらすようなことを考えているようでは、真っ当とは言えないだろう。


(取り敢えず明日また聞いてみよう)


 幸いにも次の出勤まで日があるので、ルルメリアと対話をして理解を深めることを決めるのだった。



 翌朝、朝ご飯を用意して二人で食べる。

 食べている様子は特に大人びていることはなく、むしろ食べ物を少しこぼしているあたり、まだまだ幼い子どものよう。


「ごちそーさまでした!」


 しっかりと食事の挨拶はできる。これは私がするように教えたのもあると思うが、よく見てみれば手を合わせるのを教えた記憶はない。


(あれは前世の癖なのかな)


 そんなことを考えながら食事の片付けを終えると、ルルメリアと話すことにした。


「ルル、聞きたいことがたくさんあるんだけど」

「なぁに?」


 今日はお絵描きをしていたようだ。うん、絵心はない。絵画のセンスも年相応だ。


「描きながらでいいから」

「うんっ」

「ルルはひろいんで、逆はーれむをしたいの?」

「もちろん!」

「……それはどうして?」

「だってひろいんのとっけんだもん!!」


 ひろいんのとっけん。特権か。ルルメリアの中ではそうらしいが、私の理解は追い付かなかった。ひろいんが主人公で、主人公に特権があるとしよう。その主人公がルルメリアなわけだが、残念なことに没落貴族の末裔にそんな権利はない。


 心苦しく感じながらルルメリアを諭す。


「特権……うちにそんなものはないよ」

「あたしにはあるの! ひろいんはね、なにをしてもゆるされるんだから!」


 そんなわけがあるか、と言いたくなるのを呑み込んだ。

 何をしても許される人などいない。教育者だからわかることだが、学園内では高位貴族でさえ規則を守らなければ罰せられるのだ。


(なるほど。ルルが特権という意味をはき違えているのはわかった)


 どうしてそこまでひろいんが凄いのか、私にはいまいちわからなかった。


「ねぇ、ルル。もっとひろいんについて教えてくれない? ルルはどれだけ凄いの?」

「いいよ!」


 ばっと顔を上げると、絵を描いていた手を止めて紙を手放した。自慢したい子どもにとって、なかなか良い誘導だったようだ。


「まずねー、ひろいんはおうじさまとけっこんできるの」

「王子様……もしかしてルルの言う王子様の名前って」

「まくしみりあんでんか!」


 あっている。私達が住むトルメロイ国王子の名前はマクシミリアン様だ。確か現在五歳……ルルメリアと同じ年である。この子は王子殿下をはべらせようとしているのか。そう考えると背筋が凍った。


「あとねー、たいこーしさま!」

「大公子様って……もしや」

「くれいぐさま‼ くれいぐさまともけっこんできるの!」


 いや、普通に考えて重複婚は法律上禁じられているので無理です。思わずそう突っ込みたくなったが、黙って聞き続けた。


 そもそもルルメリアは、学園に通うことで王子殿下や大公子様に出会うらしい。それが〝シナリオ〟の始まりなんだとか。


 出会うのは他に宰相の息子、騎士団長の息子、教師と名前を出されたが私が知っている人ではなかった。マクシミリアン殿下はまだ百歩譲って知っていた可能性はある。しかし、クレイグ大公子は貴族と関わりのないルルメリアでは知りえない情報だ。


 これをただ夢見る五歳児と片付けられればどれほど楽だろうか。それができないのは、逆はーれむに対する懸念と、この子の前世発言があったからだった。


「……ルルメリアは王子殿下と婚約できないのに」


 没落貴族の末裔が、王子妃になれるほど世の中甘くはない。普通に考えれば、マクシミリアン殿下には相応の婚約者がつくはずだ。それこそ、公爵家のご令嬢のような優秀な家格の者が。


「こんやくはき!」

「……え?」

「まくしみりあんでんかはこんやくはきするの! あたしのために」


 ふふふと得意げに語るルルメリア。


 どうしよう。何だかとんでもないことを言い始めてしまった。


  

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