第14話 僕の顔をお食べ

「お、おう。それはまた、なんというか……大変だったな」


 特にやることも無いし、ルームメイトと話して暇をつぶそうとした源は、重い身の上話を聞かされて戸惑っていた。

 少年の名前はイルミ。

 アング王国の南に位置する街に生まれた。

 しかし、四年前に八歳の彼が魔法を暴走させたことにより街の住民は全滅した。


「病気魔法なんて、欲しくなかった……」


 病気魔法。名前の通り、病魔をまき散らす魔法だ。

 魔法の暴走で町の住民は全員ペストに罹患りかん

 黒い吹き出物から血を流しつつ、苦しんで亡くなった。


「だからね、ゲンさんも僕に近寄らない方がいいよ。ほら、僕って疫病神だから。街のみんなもそう言ってたんだけどね。ハハッ」


 住民たちの呪詛と両親の最期の言葉を思い出して、イルミは乾いた笑い声をあげる。

 初めのうちは年若いイルミの無事を知って、皆安堵した。

 しかし、無事だったのは彼だけと判明した時、疑いの声が上がる。


 イルミが元凶なのではないか。


 当初は皆イルミを庇ったが、病状が進行するにつれて余裕はなくなっていく。

 そして、病の苦しみの矛先は、ただ一人無事だったイルミに向けられた。


 疫病神、呪いの子、人殺し。


 憧れていた近所のお姉さんや、遊び仲間の子供たちのなじる声。

 自分よりも幼い子供があげる泣き声。


 どれもイルミの魂に刻みつけられていたが、イルミを最も強く縛り付けているのは、母親の最期の言葉だった。


 あんたみたいな疫病神、産むんじゃなかった。


 両親は、住民たちの心無い言葉を否定してイルミを肯定してくれた。しかし、母親が最期に呟くように残したそんな言葉がまとわりついて離れなかった。

 そんな身の上話を、イルミは堰が切れたように語る。

 一人きりでずっと考え込んでいたところに、格好の話相手が現れたのだ。歯止めがきかなくなって、何でも話してしまうのも仕方ないだろう。

 しかし、その捌け口にされた源は戸惑うしかできなかった。


「あー、ちょっと分かるかもしれない。俺も突然変なスキルが芽生えてさ」

「分かるもんか! ゲンの魔法と僕の魔法を同じだと思わないで! 僕の魔法はみんなとは違う! 人を殺すしか能のないどうしようもない魔法なんだ!」

「えー……」


 源が同調しようとすると、イルミは覆いかぶさるように否定する。

 どうしたものかと、逃げ場のない牢獄で源は頭を抱える。

 その間も、イルミは自身の悲劇をどこか陶酔とうすいした様子で語る。

 そんなイルミに、源は懐かしさを覚えた。

 高校生の頃を思い返せば、自分ばかりが不幸だと思い、それに耐え忍ぶ自分の健気さに酔っている時期があった。

 あまり思い出したくない記憶ではあるが、当時の自分と重なる部分があって、目の前の少年が、少しだけ微笑ましく思えてくる。

 悲劇のヒロイン気取りで身の上話をまくし立てる少年と、それを菩薩のような境地で聞き流す源。

 そんな二人のかみ合っているようでかみ合っていない時間は、永遠に流れるかに思えたが、突如遮られてしまう。


 きゅぅぅ。


「あっ」


 尾を引くような可愛らしい音に、イルミが驚き、恥ずかしさに顔を赤らめる。

 その音の発信源は、イルミのお腹。

 牢にぶち込まれて以来、満足な食事を与えられていない。そんな中で身の上話にエネルギーを費やしたせいで、イルミの体が悲鳴を上げたのだ。

 イルミは、自身のお腹の音をかき消そうと語りを再開させようとする。

 しかし、それよりも早く源に電流が走る。


 こいつが自分を卑下して面倒くさくなっているのは、お腹がすいているせいではないか。

 源の脳裏に数か月前までの生活が蘇る。

 激務に追われて昼食を食べ損ねたり、カロリーメイトだけで9時間もたせることもしょっちゅうだった。

 あまりにお腹が空き過ぎると、集中力も無くなり、ネガティブなことばかり考えてしまうものだ。

 年端もいかない少年がそんな想いをするのはあまりに不憫ふびんすぎる。

 イルミが再度口を開くまでのわずかな時間の中に生まれた使命感に突き動かされて、源はすぐさま行動に移す。


「イルミ。お前は色々と考えすぎだ。でも、まあ、お腹が空いていると、ろくでもないことばっか考えてしまうよな。よくわかるよ。とりあえず、これを食え」


 そう言って源は自身の耳をもいで、イルミに差し出す。


「え、あ……え?」


 それを渡されたイルミは、戸惑いの声をあげるしかできない。

 無理もないだろう。

 僕の顔をお食べと言うのは、アンパンマンだけに許された博愛の行動なのだ。

 人が人に言ったとしたら、それはカニバリズムを強要する狂気でしかない。


「あ! そうか。確かにいきなり耳を出されたらびっくりするよな。でも心配するな。これ、パンの耳だから。ほら、食パンについてるだろ?」

「ああ、なるほど」


 源の解説を聞いて、イルミはようやく納得する。

 源が差し出したのは、やたらリアルな造形をしたパンの耳だったのだ。

 気づけば、不快臭しかしなかった牢獄に、小麦の焼けた良い匂いがほのかに漂っている。


「ほら」


 グイっと手をこちらにやって、耳をすすめてくる源。


「……美味しい」


 人肌の温度の優しいパンの味に、イルミはポツリと感想を漏らす。一心不乱に耳をむさぼるイルミを見て、源は満足げに頷いた。

 イルミの身の上話を聞かなくていいし、イルミも腹が膨れるしで一石二鳥だ。


「もっとちょうだい」

「へ?」


 そうこうしている内にパンを食べ終わったイルミは、お代わりを求めて源の耳に手を伸ばす。


「ぎゃあああああ! 痛い! イルミ! ステイ! ステイ!!」


 源がリアルパンの耳を作り出したのは、彼のスキルの産物だ。

 それを生成するには、どこぞのマジシャンの持ちネタである耳がおっきくなっちゃったを行う必要がある。

 手品によるすり替えであり、源の耳は健在だ。

 しかし、それを知らぬイルミは、お腹に物を入れたせいでより強く掻き立てられた空腹に従って、源の耳を求める。


「あっ、あっ、舐めるのやめて! なんか扉開いちゃう! いや! 直接噛むのはまずい! や、やめ……ぎゃあああああ!!」


 源の耳に付いたどこかコミカルな歯型は、丸一日消えなかった。

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