ギャグ補正の勇者の世直し道中~無意識のうちに異世界救済~

明日葉いお

ゆでだこ宰相の綿毛事件

第1話 おおゆうしゃよ!ほしになるとはなさけない

「これは、一体……」


 アング王国の王城。隠された地下室で、王女セリアは呆然と呟く。

 いや、隠された地下室というのは、今となっては正確ではない。

 薄暗くかび臭い部屋の天井には大の字になった人型の穴があり、そこから温かな日の光と新鮮な空気が皮肉気に流れ込んでいた。


「姫様……私にも……分からないのです」


 魔術師団長がセリアの呟きに答える。

 ぼろぼろになった地下室と同じく、彼の姿もまた酷いものだ。

 貴族らしく艶やかで長かった髪はチリチリのアフロになり、魔術師団の制服もススだらけになっている。

 彼だけではない。部屋の中にいたもの全員がアフロでススだらけのみすぼらしい有様だ。


「陛下! 申し訳ありません! 私が側に居ながら、お守りできず……」

「いや、よい。勇者の規格外さは百も承知。スキルが暴走したにも関わらず、死者が出なかった。それだけでもよしとしようではないか」


 腹を切らんばかりの勢いで謝る騎士団長に、アング王国九代目国王アトリは大らかさを見せつける。

 勇者召喚。教会から禁術に指定されているそれを、アング王国は秘密裏に実行した。

 魔王国に隣接し、常に紛争状態にあるこの国は強力なスキルを持つ異世界の勇者の力を欲していた。

 汚職で教会を追われた大司教を抱き込み、召喚術を起動することには成功した。

 しかし、アング王国は勇者を制御することが出来なかった。

 勇者を呼び寄せることはできたものの、自身に内緒で召喚術を行われたことに腹を立てた王女セリアが地下室へ突撃。

 突然の乱入に驚いたのか、異世界の勇者はスキルを暴発させてしまったのだ。


「しかし、このタライは一体……」


 傍らに転がるタライ。

 セリアが荒々しく扉を開けた途端に、室内にいた全員の頭上にタライが降って来た。

 ガシャーンと盛大な音を立てたタライを受けて、全員が盛大にずっこけた。


「恐らく、勇者のスキルでタライが生成されたのでしょう。しかし、一切魔力を感じませんでした」

「なんと!!」


 悔し気に言う魔術師団長の言葉に、アトリは驚く。


「我が国最高峰の魔術師であるそなたさえも気づかぬとは。勇者のスキルというのは、それほどまでに強力なのか」

「陛下! このタライを持ってみてください!」

「なんじゃ。たかが金属製のタライではないか。何をそんなに興奮して……これは!!」


 傍らに控えていた宰相さいしょうに促されてタライを持ち上げたアトリは、クワッと目を見開く。

 金属製のタライ。一抱えもある金属の塊を持つために、アトリは気合を入れた。

 しかし、その覚悟は肩透かしになってしまう。

 アルミ製のタライは思いのほか軽かったのだ。


「な、なんだこの金属は!」

「こんな金属、見たこともありません。軽いのに、丈夫な金属。これがあれば我が国は……」


 この世界ではまだ精錬されていないアルミニウム。

 その軽さにも関わらず金属のしなやかさをもつ物体を手に、宰相さいしょうは想像を膨らませる。

 この金属があれば、アング王国の産業はどれほど進歩することか。


「申し訳ありません。私が彼に手をかけてしまったばかりに……」

「ぬ、ぬぅ……」


 巨体を小さくして謝罪する騎士団長に、アトリは呻く。

 取り逃がしたのは騎士団長のせいではない。

 そんなおおらかさを見せたいが、逃がしてしまった勇者のスキル。

 未知の金属を生成するその有用さが想像以上で、言葉が出てこなかった。


「しかし、騎士団長の攻撃を受けて逃げおおせるとは……」


 この国で最高の戦力。最前線に立って魔族の猛者もさを造作もなく蹴散らす騎士団長の一撃。それをもってしても、勇者を仕留めることはできなかった。


「いえ、私の攻撃だけではありません」


 王女が扉を開け、タライが落ちてきてずっこけた直後。

 控えていた魔法師団員の一人が、勇者に向けて火球を放った。

 勇者の力は規格外。

 それをぎょせなかった時には始末しなければならない。

 扱えない力はただの脅威でしかないのだ。

 召喚術で消耗しきった状態で咄嗟とっさに火球を放つ。

 軍人としてこれ以上ない働きを見せた一介の魔術師。騎士団長は、彼に感服すると共に、瞬時に反応できなかった己を恥じた。

 しかし、勇者の力はその上を行った。


「私の火球を受けても、かすり傷一つありませんでした」


 人を呑み込む程の大きさの火球。勇者は真正面からそれを受けた。

 思わず身をすくませるほどの破裂音と爆風。

 その余波を受けたアトリはわずかに申し訳なさを感じると共に落胆した。

 準備に多大なコストを必要とした召喚術。

 そうして呼び寄せた勇者があっけなく散ってしまった。

 期待していた一騎当千の力。そのあてが外れてしまったことにがっかりした。

 だが、仕方ない。

 また次の勇者を呼べばいい。

 能天気にそんなことを考えていたアトリは、次の瞬間得体のしれない恐怖に震えた。


 火球の煙。

 地獄の業火の残滓ざんしの中から、やつは現れたのだ。

 髪をチリチリのアフロにして、何でもなかったように「爆発落ちなんてサイテー!!」などとよく分からないことを叫ぶ勇者に、その場にいた誰もが恐怖した。

 しかし、皆が恐怖で身を竦ませる中で騎士団長だけは剣の柄に手を掛け全力で踏み込んだ。

 あまたの戦場を駆け抜けた彼にとって、恐怖とは己の身をすくませるものではなかった。動けなければ死んでしまう。

 血煙ちけむりの中を突き進む内に、自然と身に付いた胆力。

 恐怖に背中を押された彼は、本能のままに思い切り剣を振りぬいた。


 スパーン!!


 小気味の良い音。

 徐々に遠くなっていく「あーれー」という気の抜ける声と共に、豪快な人型の穴を天井に開けて勇者は星になった。

 比喩ではない。

 澄み渡る青空に勇者は吸い込まれるように落ちていき、最後はキラーンと甲高い音をあたりに響かせて星がまたたいた。

 上空に打ち上げられた勇者。

 しかし、そこにいた全員が彼の生存を確信していた。


「陛下、これをご覧ください」

「これは……」


 騎士団長が手に持っている謎の物体。

 蛇腹状じゃばらじょうに折られた細長い紙。


「あの者を斬る直前、フッと手元が軽くなったのです。剣を振りぬいた後、私が握っていたのは、この妙ちくりんな紙でした」


 ハリセンだった。


「ふむ」


 それを見て誰もが戸惑う中、宰相さいしょうが大きく頷く。


「恐らく、あの者のスキルは物を別の物体に変化させるのでしょう。いえ、物だけではありません。火球を受けてぴんぴんしていたということは、エネルギーまでも別の何かに転換させてしまう」

「なんだ、それは! そんなもの、卑怯ではないか!」

「いや、それが勇者なのだ。我らの想像を超えた超常の存在。常識をくつがえす特異点!」

「得体も知れない謎のスキル。あのスキル名を見た時は外れかと思いましたが、まさか、これほどのものとは」


 魔術師団長の呟きに、全員が無造作に転がる水晶に目を向ける。

 勇者の持つ能力を鑑定する水晶玉。

 そこにはこれまで誰も聞いたことの無い文字列が並んでいた。


「ギャグ補正」


 畏怖いふをこめたアトリの呟きに誰ともなくハッと息を呑む。


「我らはとんでもない化け物を世に解き放ったのかもしれんな。先人が禁忌とした召喚術。よもや、これほど恐ろしいものだったとは……」


 悔やむようなアトリの言葉にシーンと室内が静まり返る。


「ふふっ、ふふふふふふふ……」


 その室内に控えめな笑い声が場違いに響き渡る。


「セリア、何を笑っているのだ」

「だ、だって」


 あきれるようなアトリの声。

 それを受けて、セリアは息も絶え絶えに言う。


「み、みなさまったら、そ、そんな珍妙な格好で、真面目くさったことを言っているんですもの。もう、おかしくって、おかしくって」


 言い終えると、せきを切ったようにセリアが快活に笑う。

 ススだらけで、チリチリのアフロ。火球が破裂した時、勇者だけではなく室内の全員がアフロになっていた。

 全員がそんな姿で恐れおののく様は、とてもシュールだった。


「く、くくく」

「ぷっ」

「ふ、ふふふ」


 セリアの笑い声につられお互いの姿を見ると、誰からともなく笑い声が漏れてくる。


「うはははは! なんだお前、その恰好は! ススだらけになって、炭焼き職人にでも転職したのか!」

「へ、陛下だって、なんですか、その髪型は! そんなにふわふわさせて、どこかへ飛び去って行くつもりですか!」

「ふん。わしよりも宰相さいしょうを見てみろ。白髪であんな髪型をしているから、タンポポみたいだぞ! ふーっと吹きかけたら、綿毛みたいに飛んでいくのではないか!」

「な、なにを!」


 王の言葉に宰相さいしょうが顔を真っ赤にする。白いアフロとのコントラストが芸術的だった。

 そこに天井の穴からスーッとさわやかな風が入り込む。

 新鮮な風は優しく肌を撫でて、宰相さいしょうのアフロを削り取っていった。

 その様はまさしくタンポポの綿毛。

 風に乗って白い種は地下室をふわふわと漂う。

 後に残ったのは、禿げ頭をつやつやと照り輝かせる真っ赤なタコみたいな宰相さいしょうだった。


「ぶわはははは!!」

「あははははは!」


 そんな宰相さいしょうを見て誰もが笑い声をあげる。

 息が続かなくなって、顔を真っ赤にしてひいひい笑う。

 最初はカンカンだった宰相さいしょうも、最終的には毒気どくけを抜かれて笑い声の輪の中に加わった。


 その日、アング王国の王都に大量の綿毛が舞い降りた。

 地面に空いた人型の穴から突如吹きだしたふわふわと最高のさわり心地の綿毛は、王都の人々をくすぐり、都民はみな快活に笑った。

 短い間ではあったが、戦火でよどんだ王都に何年かぶりに活気が舞い戻ったのだ。


 ゆでだこ宰相さいしょうの綿毛事件。


 のちにそう呼ばれる事件を引き起こして、外れスキル『ギャグ補正』の勇者『南方源みなかたげん』はこの世界にやってきたのだった。

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