第27話 失敗賢者は吹き飛ばされる

 大魔王バァル・ゼブル。

 かつて大賢者と激しく争った者の名を、その金髪の男は堂々と名乗り上げる。


「……おかしくなっちまったんですか、ゼルバール侯爵閣下」


 軽口を叩いたその瞬間、強烈な虚脱感が俺を襲った。エナジードレインだ!


「うおぉ!」


 俺は全力で気を張って、まとわりついてくる違和感を打ち払った。


「黒魔法の発動を確認。対術防護フィールドを展開します」


 アルカもアルカで、薄い光の膜のようなものを発生させる。そんな能力あったのか。


「ほぉ……」


 ゼルバール侯爵――、いや、もう大魔王でいいか。自分で名乗ったし。

 大魔王が、俺達を見て興味深げに自分のあごをさする。


「そこな小娘、人間ではないな。造られしものか。なかなかの出来だな、大賢者よ」

「あ? 何言ってんだ、おまえ。アルカはアルカだし、俺は大賢者じゃねぇよ」


「フフフ、戯言を。その姿。魔力。魂――、その全てが余が知る大賢者そのものだぞ」

「……うぁ~、イヤなこと聞いちまった」


 やっぱ姿も俺そっくりかよ、大賢者。

 いや、この場合は俺が大賢者そっくりってことか。うわぁ、最低だ、最悪だ。


「奇遇よな。貴様も余と同様に転生に失敗したか。その身体、まだまだ不完全と見える」

「そういうあんたは、その姿は何事だよ。八十過ぎのじいさんが」


 大魔王との間合いを意識しながら、俺は会話を続ける。

 やっこさんの身からは、今もじわじわと黒いモヤみたいなモンが溢れ出ている。


 それは魔力だ。

 目に見えるまでになった強大で濃厚な魔力が、大魔王から発散されている。


「わかり切っていることを問うな。意味がない」


 肩を竦める大魔王に、俺はやや苛立つ。

 肉体を若返らせるほどの莫大な生命力を、こいつは周りから吸い取ったのだ。


「さて、余興だ。楽しむがいい」


 大魔王が気取った様子で右手の指をパチンと鳴らす。

 直後、いきなり地面が揺れ出した。――この揺れ方は、この前にもあったぞ!?


「急激な魔力の増大反応を確認!」


 アルカが言う。

 間違いない、こいつは『巨神魔像コロッサス』出現の前兆だ。


 何が余興だよ。

 やることがワンパターンじゃねぇか。と、思っていたら――、


「魔力反応の総数、十!」

「……なぬ?」


 固まった俺を、陰が覆う。

 多方から盛り上がった地面が山となって造り出した陰だった。


「空の邪魔者の相手は、これくらいでよかろう」


 大魔王がチラリと空を見上げる。魔像の群れは対ラズブラスタ用か。


「安心せよ、大賢者。貴様は余が直々に縊り殺してやるゆえな」


 十体の『巨神魔像』とラズブラスタの戦いが、一足早く始まった。

 すぐ近くに轟く爆音を聞きながら、俺は左手に力を込める。


「一応聞いておくが、俺を縊り殺して、それからどうするんだ?」

「支配をする」


 これ以上ないほどの明瞭な答えが返ってきた。

 そりゃそうだよな。大魔王だモンな。やることなんて決まってるよな。


「じゃあ、もう一つ」

「フン、何だ、言って――」


 今だ。


 俺は地を蹴って大魔王との間合いを潰し、両手に展開した光の剣を振り下ろす。


「――みるがいい。余は寛大であるがゆえな」


 しかし、大魔王は余裕の態度を崩すことなく言葉を続ける。

 振り下ろした光の刃を、そのまま反転させたような闇の剣で受け止めながら。


「何だ、こりゃ!?」

「フフフ、かねてより思っていたことだが、余と貴様は少し似ているな」

「似ているって、何がだよ!」


 俺は後方に飛び退いて再び距離を取り、空中に光の剣を複数展開する。


「見てわからぬか、この通りだ」


 すると、大魔王も浮遊する闇の刃を多数出現させ、俺に合わせてくる。

 その右手には、怪しく輝く指輪が見てとれる。


「行け!」

「射貫け」


 俺と大魔王、二つの声が重なって、光と闇の刃が俺達の間で次々にぶつかり合う。

 その威力に石の床が砕け、地面が抉れて土煙を舞い上げた。


「同等の発想、同等の威力、同質の能力を持った魔道具。似ていると思わぬか?」

「思うかよ!」


 土煙の向こうに見えた大魔王の影へ、俺は身を低くして全速で突撃する。

 その向こうに、闇の大鎌を両手に携えた大魔王が待ち構えていた。


「フハハハハハハハハ、久しいな、この感覚! 実に久しいぞ!」

「うるせぇ、俺は請け負った依頼を果たしに来ただけだ!」


 踏み込み、自分にとって最適な距離を保って、俺は光の剣を横に薙ぐ。

 だが大魔王は大鎌の背の部分でそれを軽く受け止め、反動を利用して俺の首を狙う。


 一度、二度、三度、光と闇が激突して、場に真っ白な火花を残す。

 大魔王の技量は、そう大したものじゃない。武器の腕前でいえば確実に俺が上。


 しかし、やたらと動きが鋭い。

 そのスピードをもって、動きの無駄をカバーしてくる。力任せの戦い方だ。


 マジかよ、こいつ。

 レベル1000を超えてる俺より、さらに速いってのか!?


「大賢者よ」


 俺と互角に切り結びながら、大魔王が何事かを言ってくる。


「やはり貴様は、過去の貴様に遠く及ばぬ。不完全だ」

「うるせぇ、俺は大賢者じゃねぇっつってんだろ!」


 頬に汗を伝わせながら、俺は一瞬溜めて、一気に大魔王の懐に飛び込もうとする。


「遅いな」


 しかし、後手のはずの大魔王の大鎌が横から襲いかかってきた。

 これまでより、さらに速いだと!?


「くっ!」


 武器で受けるのは間に合わない。

 俺はマントを掴んで、そこに魔力を流した。竜翼のマントが防護結界を形成する。


「ぬゥん!」


 大魔王が闇の大鎌をそのまま叩きつけてくる。

 硬いもの同士がぶつかり合う、重くも鋭い激突音が、廃城のエントランスに響いた。

 俺は踏ん張ったが、耐えられなかった。壁へと吹き飛ばされる。


「ぐ、ああ!」


 俺の体は分厚い石壁をズガンとブチ抜いて、全身に激痛が走った。

 光の剣は消滅し、俺は散った破片と共に隣の部屋に転がった。クソ、痛ェ……。


「旦那様!」


 俺が作った壁の大穴を抜けて、アルカが駆け寄ってくる。


「……大丈夫だよ、アルカ」


 俺は何とか起き上がるが、しかし背中やら腕やらには鈍痛が残っている。

 大魔王の野郎、何だよあの馬鹿力は。速いだけじゃなく、力自体もとんでもねぇ。


「旦那様」

「俺は大丈夫だって、アルカ。心配――」

「いえ、違います。アルカから、旦那様に報告することがあります」


 珍しく神妙な顔つきをして、アルカが言う。

 この時点で、俺の中の嫌な予感はMAXを超えてDIE・MAXに達していた。


「……言ってくれ」


 それでも聞かなきゃ始まらないので、アルカに促す。

 すると、アルカは厳しい表情のままで壁の穴を見据えて、俺の耳元に告げた。


「大魔王の能力値が、旦那様を超えています」


 ああ、やっぱりな。

 戦っててわかったよ。俺より確実に強い、って。


 問題は、その能力値とやらがどれほど高いかという点。

 体感、レベル1500以上はありそうに思える。最悪、2000を超えているかも。


「アルカ、あいつのレベルは?」

「はい。冒険者基準に換算した場合の大魔王の能力値は――」


 アルカは言った。


「……レベル5000相当です」


 聞くんじゃなかった、と、俺は思った。

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