第25話 失敗賢者は竜に乗る

 ギルドを出て、俺はまずオルダームの街の外へと向かう。


「現地には、こいつで向かう」


 俺はアルカに、左手の『光魔の指輪』を見せた。


「……火山地帯でなされたように、ですか?」

「ああ、光の道のことか? さすがに今回は遠すぎるから、あれは使わないよ」


 話しているうちに、遠くにオルダームの景色が望める場所まで来た。

 この辺まで来ればさすがに『呼んでも』大丈夫だろう。


「――上手くいってくれよ」


 俺は目を閉じて、左手を自分の目の前まで持ってきた。

 まぶたの向こうに、かすかな温かみを感じる。それは指輪の宝石が放つ熱だ。


 火山地帯でのあいつの言葉を思い出す。

 一度だけなら力を貸してくれると、あのときあいつはそう言った。


 だったら今がそのときだ。

 俺は、指輪の赤い宝石に念を込めて、左手を高く掲げた。


「頼む、来てくれ! ラズブラスタ!」


 左手の指輪から赤い光が天へと迸る。

 空を見上げて待っていると、アルカが小さく反応する。


「高熱源体が接近。かなりの高速でこちらに向かってきています」

「来てくれたか、ありがてぇ!」


 見上げる空の一点に、赤い何かが見えてくる。

 それはどんどんと大きくなって、すぐに形がわかるくらいにまでなった。


 約半月ぶりに見る、真っ赤な巨体。

 赤く雄々しいエルダードラゴン、焔帝竜ラズブラスタが俺達の前に降り立った。

 あの魔像の方が大きいが、威厳や神々しさではこちらが遥かに上回る。


『私を呼びましたね、レント』

「ああ、ちょっと連れて行ってほしい場所があってな」


 臆面もなく言うと、ラズブラスタの赤い瞳がスゥと細まる。


『私を乗り物にしようというのですか、不遜な人間ですね。おまえは』

「力になってくれるって言ったのは、そっちだろ?」


 俺はラズブラスタとタメ口で話した。

 見た目は迫力十分で、風格もある。でも気性が穏やかで、話しやすいのだ。


「むぅ~」


 ……あれ、何でむくれてるんですか、アルカさん。


『フフフ、いけませんね。おまえの妻からねたみを買ってしまったようですね』

「え、ねたみ? ……ヤキモチなの、アルカさん!?」

「わかりません。アルカはわかりませんが、今とてもむぅ~っとなっています!」


 それ、ヤキモチじゃーん! ごめんってば!


『仲睦まじそうで何よりですね、二人とも』

「おう、おかげさまでな」


 アルカを撫でてなだめつつ、俺はラズブラスタに事情を説明する。


『――そうですか。卵強奪の首謀者が、その地にいるのですね』

「ああ」

『……なるほど』


 と、目的の廃城がある方向に目をやって、ラズブラスタが軽くうなずく。


『確かに、とても大きな邪気を感じますね。どうやら、卵強奪の首謀者はすでに何らかのよからぬはかりごとを実行に移しているようです』

「すでに!?」


 ラズブラスタに乗せてもらえば、時間的に余裕できると思っていた。

 だが、そんなにうまくはいかないらしい。侯爵さんったら、何する気なんだか……!


「ラズブラスタ!」

『わかりました。二人ともお乗りなさい。すぐに発ちましょう』


 俺とアルカを背に乗せると、ラズブラスタは翼を広げて空に上がった。

 風に晒されるかと思ったがそんなことはなく、実に静かな飛び立ちだった。


「そうか、竜翼が風除けの結界を発生させてるのか」


 ラズブラスタの背は風も音もなく、気温も一定でかなり過ごしやすい。

 高度を上げ、雲を突き抜け、ラズブラスタの真っ赤な巨躯が雄大に空を舞う。


「わぁ、見てください、旦那様! 雲がいっぱいです! 世界が小さいです!」


 アルカなどは、初めて間近に見る雲や、地上の景色にキャッキャしている。

 俺もそれは初めて見るものだが、正直あまり騒ぐ気にはなれなかった。


『緊張していますね、レント』

「……まぁな」


 ラズブラスタには見透かされてたか。

 実は、その通りだ。冒険者生活十余年。今が最も、緊張している。


「相手が相手だからよ、今回は……」

『大魔王の生まれ変わりである可能性が高いのでしたね』


「あくまで、俺の推測だがな」

『残念ですが、レント。その推測は十中八九、当たっていますよ』


 何てこったよ。よりによってラズブラスタからお墨付きをいただいちまった。


『向かう先にある邪気と同じものを、私もかつて感じたことがあります』

「……大魔王の、ってことかよ」


 返す俺に、ラズブラスタは沈黙で応えてきたが、ニュアンスから肯定だとわかる。


「まぁ、何とかやってみるさ」

『私に助けを求めたりはしないのですね』


 求めていいならそうしたいのは山々だが――、


「助力は一回きりなんだろ? 廃城に連れて行ってもらうので、使い切ったさ」

『あるいは、おまえが必死に頼めば、私の心も変わるかもしれませんよ』


 と、ラズブラスタがなかなかに抗いがたい誘いをかけてくる。

 しかし、俺はそれに肩を竦めて応じた。


「神頼みってのは、にっちもさっちも行かなくなったときにするモンなんだよ」

『そうですか。おまえは強い心を持つ人間ですね』


 そう言ってくるラズブラスタの声は、どこか弾んでいるようにも感じられた。

 俺が、それについて確かめようとしたとき、急にアルカが声を固くする。


「強大な魔力反応を感知しました。南西の方角、距離は――」

「どうした、アルカ?」

『どうやらアルカも感じたようですね。おまえにはわかりませんか、レント』


 わかりませんかって、一体何の話……、いや、待て、何だこれ。

 言われてみれば、イヤな感じがする。ザラついた何かに肌をなめられるような。


『さぁ、そろそろ見えてきますよ』


 ラズブラスタが飛ぶ先には、巨大な白い山がそびえている。

 この国の最高峰であり、霊峰とも呼ばれているフロスランデルの山だ。


 壁となって俺達から廃城を隠しているその山を、今、炎の竜が飛び越えていく。

 そして、ついに見えた。俺達の目的地、ゼルバール侯爵が潜む廃城が。


「……勘弁してくんねぇかなぁ」


 だが、そこに見た景色に、俺は軽く頭を抱えた。

 事前にギルド長に聞いてた話じゃ、廃城は深い森の中にあるはずだった。


 確かに、城は森の中にあった。

 城の周りの木、全部枯れ果てちまってるけどな!


 ついでにいうと、今は真っ昼間の時間帯。

 なのに城の周りだけ夜なんだよ。城から溢れる何かで、真っ暗に染まってんだよ!


『うむ』

「はい」

『「これはかなりマズいですね』」


 二人揃って声震わすの、やめろォ!?

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