閑話5 『金色』の主は身の程を知る(ゴルデン視点)

 ――これは、レント・ワーヴェルも知らない元相棒の末路の話。


 今日もまた『金色の冒険譚』から冒険者が去っていく。

 あの忌まわしいモンスター襲来の日から、人員の流出は止まらなかった。


「待つんだ、君達。本当に出ていくつもりなのか!」


 本拠地のリビングで、挨拶に来たBランク数名に僕は確かめようとした。

 今日までの脱退者の数を考えれば、たかがBランクといえど引き留めなければ。


「『金色の冒険譚』に所属することがどれほどの名誉か、忘れたのか!」


 確かに、今、『金色』は『靭たる一団』の後塵を拝している。

 しかしそれも一時的なものでしかない。そんな差はすぐにでも覆せるはずだ。


 これ以上人が減らなければ、簡単に巻き返せるのだ。

 僕は、この考えなしのBランク共にそれを説明して聞かせた。

 しかし――、


「無理です。もう『金色』じゃやっていけません」


 十分を超える説得にもかかわらず、Bランクの戦士は僕にそう返した。


「何が不満だと言うんだ!」

「何もかもに決まってるでしょう!」


 大声で詰め寄ると、それ以上に大きな声で反論されてしまう。


「今のギルドでの『金色』の扱いを。知ってたら、名誉だなんて言えるわけがない!」

「な、何だと、それはどういう意味だ?」


「ああ、知らないんですね。ギルドに顔出してないですもんね。じゃあ知りませんよね。『金色』の団員ってだけで笑われる、俺達のみじめさなんて!」

「まさか、そんなことが……」


 戦士の大声に僕はたじろぎかけるが、しかし、かぶりを振る。


「いや、だが、そんな悪評は実力で払拭すればいいだけだ! 君達の実力で!」

「まだそんなこと言ってるんですか……?」


 戦士が、反論する僕を見て深く嘆息する。


「この前のゴルデンさんの醜態を、どれだけの人間が見ていたと思ってるんですか? 何人が、ルミナへのあのむごい仕打ちを見ていたと……!」


 あれは、悪いのはルミナだ。どう考えたってそうだろう。

 だが、頭の悪いこいつらには言っても通じない。だから僕が譲るしかない。


「僕も、反省はしているんだ。これからは考えも改める。だから」

「無理ですって」


 僕が譲っても、返事は変わらなかった。


「『金色』の扱いがひどかろうと、俺達にとってゴルデンさんが尊敬できるリーダーだったなら、まだ考えましたよ。でも無理だ。あんたにその器はないよ」

「な……」


 あまりの言われように、僕は絶句する。

 何故、このSSランクの僕が、たかがBランクにここまで言われなきゃならない。


「チビリ野郎のゴルデンさんじゃ、もう誰もついてきませんよね」


 さらには鼻で笑われてしまった。

 それだけではない。周りの連中までもが、僕に失笑を向けている。


「き、貴様ら……!」

「もういいですか? じゃあ、失礼しますね」


 もう口を利くのもめんどくさいとばかりに、Bランク共は話を切り上げる。


「もういい。さっさと消えろ! 目障りだ!」

「ええ、そうさせてもらいますよ。言われずとも」


 そして、Bランク共は去っていった。

 残された僕はしばしそこに立ち尽くして、奥歯を軋ませた。


「ふざけやがって!」


 リビングのソファを蹴り飛ばし、僕は怒鳴り散らす。

 棚に飾られていた置物を床に叩きつけ、机を蹴ってひっくり返す。

 壺を投げ割り、飾られた鎧を蹴倒し、散々に暴れて部屋を荒らし尽くした。


「Bランクの分際で、大した実力も持たないムシケラが!」


 そうだ、あの連中は最初から中堅以上にはなれない二流の冒険者。

 元々、僕の『金色』には相応しくなかったのだ。

 そう思うと、少しだけ溜飲が下がった。汗にまみれた顔に自然と笑みが浮かぶ。


「随分と荒れているな」


 と、さっきの二流などとは比較にならない、力に溢れた声がした。

 僕が振り向くと、額に十字の傷痕がある、大きな体格の重戦士がいた。

 他にも、風格を備えた数名がリビングに入ってくる。


「おお、君達か、待っていたよ!」


 彼らこそは『金色の冒険譚』の主力であるSランクの冒険者達。

 数少ないSランクでも上位に数えられ、オルダームでも広く名が知られている。


「また抜けていったのか」

「ああ、バカな連中だよ。『金色』を抜けて他でやっていけるものか!」


 どのみち、連中は終わりだ。

 あいつらは哀れにも、自ら自滅の引き金を引いてしまったのだ。


「だが、まぁいい。あんなヤツらがいなくとも、君達さえいれば!」


 さっきまでのささくれ立った気分はもう消えた。

 そうとも、僕と、目の前にいる彼らさえいれば『金色』は安泰だ。


 これまでの失点など、失点に数えるほどでもない。

 彼らさえいてくれれば僕の『金色』はこれからも輝き続けて――、


「悪いな、ゴルデン」

「……え?」


 表情を一切変えずに、重戦士が僕に頭を下げてきた。

 そこに纏う空気は、まるでさっき出ていった二流共と同じようで、僕は呆ける。


「俺達も『金色』を去ることにした」

「…………。……はぁ!?」


 一瞬理解できず、そして理解した瞬間に僕はすっとんきょうな叫びをあげていた。


「な、何を言ってるんだ……? 『金色』の柱である君達が、何故?」

「潮時だよゴルデン。もう『金色』は輝かない。メッキは剥がれて、地金も曇った」


 何を、何を言っているんだ、こいつは……?

 メッキが剥がれた? 『金色』は輝かない? そんなはずが、あるものか!


「ゴルデン。おまえは、絶対に見せちゃいけない姿を晒しちまったんだよ」

「特にルミナちゃんへの扱い。あれは付き合いの長いあたしらでもクるものがあったわよ。あんたとの付き合い方を考え直すきっかけになる程度にはね」


 重戦士に加えて、女賢者が言ってくる。

 何が、見せちゃいけない姿だ。役に立たないヤツに役立たずと言っただけだろうが。


「もう『金色』は沈むだけの泥船だ。そこに、俺達が付き合う義理はない」

「レントのときは、本当に役立たずだったから追い出すのも認めたけど、ね」


 レント。……そうだ、レントだ。


「悪いのは、僕じゃない。レントだ」

「おい、ゴルデン。何であいつの話が出てくる。そうじゃないだろう」


「黙れ。悪いのはレントだ。あの野郎がドラゴンを仕留めたなんてデタラメを……!」

「デタラメで、ドラゴン百匹をどうやって仕留めてくるんだ?」


「どうやって、って、そんなのは『靭たる一団』を雇い入れでもしたんだろ!」

「金が足りんよ。それに雇ったところで、戦力が足らん」

「そうねぇ。火竜種百匹なんて『金色』と『一団』が協力しての総力戦体制でも、三週間……、いえ、一月はかかるかしら。ちょっと無理があるわね」


 重戦士も女賢者も、揃って呆れたような目で僕を見てくる。

 何だその目は。何だその顔は。

 格下が、SSランクの僕をそんな目で見ていいと思っているのか!


「とにかく、悪いのはレントだ。レントさえいなくなれば『金色』はまた上手くいく。この街で最高のクランとして、回り始めるんだ。レントさえ、レントさえ……!」

「じゃあ、殺すか?」


 重戦士が単刀直入に言ってきた。


「冒険者は面子の商売だ。泥を塗られたなら、力で報いるのも一つの方法だろう」

「……力で、報いる」

「そうだ。ただし相手を何とかできるという確信があるならば、だがな」


 泥を塗った相手を何とかする。レントを殺す。

 レントを、殺す? レントを。あの、巨大モンスターを一撃で破壊した男を?


「言っておくが俺を頼るなよ。絶対に勝てない」

「あたしもよ~。無駄なことに命を張るつもりはないから、あしからず」


 二人の言葉は、僕には全く届いていなかった。

 僕は、ただ震えていた。

 心の奥底から沸き上がる恐怖に、歯がカチカチと鳴った。


「無理そうだな」

「わかりきってたことよね」


 かぶりを振る重戦士に、女賢者が肩を竦める。

 そして二人が、場を見守っていた他のSランクが、僕に背を向ける。


「ま、待ってくれ! 君達までいなくなったら『金色』はどうなる……!?」


 僕が叫ぶと、重戦士がチラリと僕を見て一言、


「知らんさ。『金色』がどうなろうと、俺達にはどうでもいいことだ」


 それが、十年近く共に切磋琢磨してきた相手からの、離別の言葉だった。

 そして中核であるSランクまでもが去って、荒れ果てたリビングに僕だけが残された。


「あ、ぁ……」


 立っていられず、僕はその場に膝を折る。

 何で、こんなことになった。どうして、こんなあり得ない結末に……。


「あああああああああああ……、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――ッ!」


 考えても答えは出ず、口を衝いて出るのは、ただただ嗚咽だけだった。


 もうイヤだ。

 もう、冒険者は、イヤだ……!

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